俺、ショッテ・マーケンは帝国セブン地域の西に位置する新シャーストの街で鍛冶屋の家で育った鍛冶屋見習いだ。
このまま家業を継いで鍛冶屋として生きていくんだと思っていたけど。
転機が訪れた。
俺は子供の頃から新シャーストにあるレイト流武芸道場に通っていた。
歴史のある武術ってわけでもなく、創設自体はかなり最近で基本的には護身術がメインの道場だ。
トラブルなどに巻き込まれた際に、自身を守ったり、身近な誰かを守ったり。
そのための制圧方法、捕縛術なんてのも教えてたりする。
元々はこの街が【大変革】前に一度魔物によって滅んでいることから、この街で魔物と戦った冒険者の生き残りであるテンプ・レイトが復興していく街が変な輩に襲われても守れるようにと立ち上げた道場である。実際道場の立ち上げ当初から、テンプ先生が道場を構えているというだけで犯罪抑止効果があったらしい。
うちの父親とテンプ先生が友人だった為、道場立ち上げ時から入門した。
何だかんだで研鑽を積んでいた幼少期に第三騎兵団のジャンポール団長の模擬戦が公開されて、わっと【総合戦闘競技】ブームが起きた。
その流れで道場にも人が増えて、道場からも色んな大会に出場したり道場主催で興行を行うこともあった。
俺も少年部の大会や学生大会に出場し、わりと好成績を残してきた。
そして、四年ほど前にレイト流道場も全帝国総合戦闘競技選手権大会セブン地域代表決定予選出場権を獲た。
一応、道場の代表として過去三回は俺が出場しているが最高成績は一昨年の予選決勝敗退。
これは思っていた以上の成績だ。
ただの鍛冶屋の息子で、俺もそのうち鍛冶屋を継ぐと思っていた。まさか自分が地元の星のような扱いを受けると思ってなかった。
予選でも決勝まで行ければそれなりの賞金が出る。
父親からも、やれるだけやってみろということで翌年は出場を見送り一年は鍛冶修行を休んで鍛錬を積んだ。
こうなったら一花咲かせたくなるのが男だ。
今年こそは本選出場、俺は【総合戦闘競技】で食っていく人間になる。
これが俺の転機だ。
一昨年は決勝で大盾使いの巨乳お嬢さんに惜しくも負けてしまったが、今年はしっかりと対策済み。
一昨年の敗因は精神面。
盾の裏で揺れる巨乳に目が奪われた隙に、風系統の魔法でズタズタにされた。
あの乳は見るだろう……邪念とかじゃなくて、あったら見るもんだろ。
仕方ないが負けていたら仕方ないじゃあすまない。
当初俺は巨乳に慣れるために貯金を叩いて歓楽街に出向き巨乳の女を抱きまくって慣れようと行動したが。
二人ほど抱いたところで
危うく予選出場権を剥奪されそうになったがテンプ先生と一緒に平謝りして難を逃れた。
その後、めちゃくちゃテンプ先生に怒られた後に。
「……ショッテ、おまえが対策すべきは巨乳云々じゃあない。つーかいくら乳のでかい商売女を抱いたところで脳裏から巨乳は拭えない、別に乳だろうが尻だろうが好きなのは構わん。おまえに必要なのは集中力。それか例え小娘の乳が揺れてんのに目を奪われたところで余裕で勝てるくらいの強さだ」
テンプ先生は煙草をくゆらせながら、呆れるように俺に語る。
「集中力は絶対におまえが負けられないと思えるほどの何かを心の真ん中に持つしかない。本来なら戦いは命懸けだ。否が応でも頭に家族や恋人や好きなものがチラついて集中せざる得ない。だがこれは競技が故に命懸けとはならない、おまえ自身が何かを心の真ん中に持つしかないんだ」
真摯な口調でテンプ先生は続ける。
「強さに関してはもう鍛える他ない。鍛冶屋なら解るだろう、熱して折って叩いて鍛錬を繰り返して鉄は強くなる。おまえはまだまだ脆い、だがそれは伸び代があるということでもあるんだ」
煙草を灰皿に押し付けながらニヤリと笑い。
「死ぬほど鍛えるぞ。ここまで鍛えたのに負けたくないと思えるほど徹底的に、ここまで鍛えたからこそ余裕が出来たと思えるほど執拗に、血反吐を吐いて血便と血涙が出るまでやり込むぞ」
先生がそう言ったのと同時に、俺は顔面に前蹴りを食らって吹き飛んだ。
なるほど、もう始まったのか。
俺はそこから毎日毎日自分を追い込んだ。
ただひたすらに走って、ただひたすらに叩いた。
ただひたすらに叩かれ、ただひたすらに鍛えた。
レイト流は基本的に近接格闘、近距離戦を想定した武術だ。
屈強さと頑強さ。
これを徹底的に鍛え抜いて、何を貰っても倒れないからこそ当てられる。
泥臭くて古臭いし根性論的な割合が高い武術だ。
だが、テンプ先生はこの思想で【大変革】より前の時代を冒険者として駆け抜けた。
教科書にも載っている、まだここらがセブン公国だった頃に起こった魔物の氾濫を抑えた【西の大討伐】に参加して生き延びた。
そんな地獄の中でテンプ先生はそこで知り合った東の果てから来た冒険者たちの強さに憧れ、彼らの強さが先生の中での最強として設定し基準として生まれたのがレイト流らしい。
先生曰く。トーンの冒険者たちがいなかったら、回復役を生き残らせる判断がなければ、勇者パーティは間に合わずにセブン公国はもう少し早く滅んでいたという。
道場の教えの中には「トーンの冒険者とはやり合うな」というものがあるくらいだ。よほど衝撃的だったのだろう。
故に、レイト流はかなり実戦にフォーカスした武術な為に全ての技が競技的に噛み合うものでもないのだが。
それでも、俺はレイト流の看板を
負けられない。
それだけの鍛錬は積んできた。
そして、セブン地域代表決定予選の日。
「ショッテ、おまえはこの一年で確実に俺を超えた。俺に教えられることはないほどに、もう免許皆伝だな。だから見せてくれ、レイト流がどこまでやれるのかをな」
テンプ先生はそう言って俺の胸を軽く叩く。
「はい‼」
俺は力強く返事をする。
「それでは予選一回戦第三試合を開始しまーす。選手の方は第二格技場へお願いしまーす」
大会運営係員が周知をかける。
さあ、始まるぞ。