開始と同時にチャコは圧縮空気弾の魔法を放つ。
もちろん無詠唱で手を構えることもしないし溜めもないノーモーションでの魔法発動。
これだけで、そんじょそこらの輩よりも強い。
でも出力が弱すぎるし、風系統の魔法はパパも得意とする。
故にテリィでも対応は出来る。
「――舐めんなァッ‼」
テリィは物理障壁の防御魔法で空気弾を受けて、武具召喚で片手に剣を構える。
剣に意識を向けたところで、拡散電撃を放つ。
雷系統の魔法は単純に着弾が速いので躱しにくいし、拡散させると凄まじい雷鳴が轟くので聴力も削ることが出来る。
悪くない。
でも、相手はチャコだ。
「……へえ、すごいな。確かに全然大丈夫だ」
チャコは左手以外を各種防御魔法で完全に防いで、会えて攻撃を受けた左手を見ながら呟く。
チャコの魔法防御は私をも上回る。
流石に大盾を使わせたら私の方が上手いけど、魔法防御はチャコのママや妹のスズちゃん相手に鍛えられたものだ。
雷系統のチョイスは悪くないけど、消し炭にするつもりの範囲魔法級で行かなきゃチャコは動かない。
「よそ見してんじゃあ――――」
テリィは、そんなチャコにイラついて距離を詰めて剣を振り上げた瞬間。
テリィの『纒着結界装置』から
流石というか……、流石がすぎる。
テリィが件を振り上げた瞬間に、チャコは完全な無音無動作で螺旋光線を放った。
理論上最高速度である光線魔法を螺旋状に回転させ、魔力導線などの防御魔法を巻き込んでねじ込むように貫通させるチャコのママが作った魔法。
ちなみにそもそも使うのが難しい光線魔法の変化はさらに難しいというか、まともに生きていたら絶対に出来ないことだ。
もしこれが競技でなく実戦であればテリィは脳天を撃ち抜かれて即死していた。
そんなことを当たり前のように行うチャコのママやミーシア理事長やスズちゃんやチャコがおかしい。というかあの一家がおかしい。
それはさておき。
「はい、チャコの勝ちー。テリィわかった? 別にあなたが弱いとかじゃないし、私がチャコを好きだからとかじゃなくて。多分この世界にこの技量を持ったフリーの若者は存在しないのよ」
何が起きたかわからず呆けるテリィに私は淡々と説明する。
「なるほど……このくらいの威力の魔法なら問題ないのか……でも消滅とかの結界自体を消し飛ばすような必殺級の一撃には耐えられないってことは……うーん」
私の説明をよそに、チャコは自身が纏う『纒着結界装置』を見ながら呟く。
でも……、そうか。
やっぱりチャコは意図的に魔法の出力を落としている。
本気の本気であれば、試合開始と同時に終わっていてもおかしくないくらいの技量はある。
安全だと言われても、安全性を確認しても、人に魔法を向けることを恐れている。
原因はやはりあのトラブル……。
チャコは三年ほど前、
スーパー過保護親馬鹿フルマキシマムである私のパパが、チャコにブチ切れた。
その前に一回、思いっきりチューしてるところを見られた時にもチャコはボッコボコにされたりとかもあったけど。
それ以降はママがたしなめていたのでこそこそとイチャイチャするくらいなら大目に見られていた。
でもある日、パパはブチ切れた。
まあ仕方ないっちゃあ仕方ない、娘が全裸で半裸の男を押し倒していたら大抵の父親は怒る。
でも問題は、うちのパパが強過ぎたこと。
パパは【大変革】前の生まれでは珍しく無詠唱で魔法を使う。昔は偽無詠唱という技術を駆使していたようだけど、魔力との親和率が上がったことでさらに鍛え直したらしい。
別にそれだけで、あの母親を持つチャコに魔法で優位に立つことはないけど。
パパは狡猾に戦う。
実戦に卑怯も何もないし、生きて目的を達成した者が勝者となるから何でもやる。
相手の挙動や癖から分析して攻略法を導き出して。
風魔法で酸素濃度を調整したり。
魔法使いのくせに合気杖術で投げたり極めたり。
言葉巧みに虚偽の情報を与えたり煽ったりして設置魔法に誘導したり。
そんな姑息な手段をするわりに徹底した魔法防御で攻撃は通さない。
私のような競技者ではなく、根本的に思想と思考が冒険者なのだ。
だからブチ切れたパパは、本気でチャコを殺そうとした。
でもチャコも大概強いので、パパはかなり卑劣に妹のスズちゃんを狙う素振りを見せて動きを誘導しようとした。実際に巻き込む気はもちろんなかったけど、チャコが反応せざるを得ないように仕向けた。
それがチャコの逆鱗に触れたらしい。
具体的にチャコがパパに何をしたのか見ていないからわからないけど。
パパは人の形をしていなかったらしい。
たまたまその日は名医のクライスさんが居たから、今も元気に暮らしているしパパも気にしてないというか「次は抜かりなく狙い通りに畳む……あの野郎、親から良いとこ受け継ぎ過ぎだろちくしょう」なんて、嬉しそうに言ってたくらいだ。
でもこれがチャコにはトラウマとなった。
自分が力を振るうと、過剰に人を傷つけてしまう。
根っこが穏やかで優しいチャコには強いストレスとなった。
それが三年前のトラブル。
その日以来私はチャコに会えていなかった。
会いたかったけど、チャコが大丈夫になるまで待つしかなかった。
だからこの偶然の再会は、とても嬉しかった。
閑話休題。
つまりチャコは人を傷つけるのが怖い努力をした天才魔法使いだ。
こんなにも【総合戦闘競技】に向いている人間はいない。
「どう? 出来そう? とりあえず次の仕事探す為の貯えを負けるまで貯めてみるってのは」
私は『纒着結界装置』に興味津々なチャコに対して、問いかける。
「……やってみようかな」
チャコは可愛く笑いながら答えた。
打算まみれで幼なじみを巻き込んだわけだけど、やっぱり半分はまたチャコと一緒に居られることがただ嬉しい。
ここから【総合戦闘競技】にアジャストした戦い方や、セオリーを教えたり。
チャコ自身がテリィに魔法を撃ってもらって『纒着結界装置』の許容範囲を入念に確認したり。
ミーシア理事長に頼んでチャコをサウシス魔法学校に入学させたり。
ちょいちょい長距離転移魔法でチャコが旧公都に戻る時に着いて行ってイチャイチャしたり。
テリィがめちゃくちゃチャコをライバル視して気合い入れ直したり。
そんなこんなで始まる、全帝国総合戦闘競技選手権大会セブン地域代表決定予選。
しかし、これがまた予想通りとは行かず。
想像を絶するチャコの快進撃や、テロ組織による大会の妨害など色んなことが起こって私たちは巻き込まれるんだけど。
私の分析もまだまだなんだと悔しく思うのが半分。
チャコの新しい面が見られる嬉しさ半分という。
そんな不謹慎なバランスで、私は出来ているみたいだ。