この状況で「何かあった?」なんて聞くのは馬鹿のやることだ。
何かあるのは当然でしかない。大事なのは何があったかどうかだし、それも聞く前に考えればわかることが多いしね。
「まあ肉体労働だけどね。本の移動とか棚の移動とか、確かに私向きなのかも」
私は穏やかにチャコを分析しながら返す。
何だ? あの件以外で私に気まずそうにする理由…………。
女…………?
え、もしかして他に女が出来た……? 会わなかった三年近くの間に……、旧公都に出てきて垢抜けたのか? 確かに私もその間にいい感じになった男の子は居なかったわけじゃあない、まあ結局上手くはいかなかったけど。
あんなにちちくりあっていた相手が現れて気まず…………いや、違う。だとしたら変わらなすぎだ。
久しぶりに会った女が綺麗になっていたら他に男が出来ているって話は逆も然りだ。男の子も色気づいて何か雰囲気が変わる。そんな様子は見受けられない、なんなら前よりくたびれ気味だ。チャコの可愛さがわかるような女が旧公都なんかにいるわけがない。
じゃあ何だろうこの違和感は……。
何てことを頭の裏側で巡らせながら当たり障りのない私の近況を返していると。
「おまたせしましたー。日替わり定食でーす」
店員さんが料理をテーブルに置く。
それを見て私の頭の中で色んな情報が噛み合って、分析を終え。
そのまま、真っ直ぐに。
「――――チャコ、あんた仕事辞めたでしょ」
私は不敵に、話の流れを断ち切るように分析結果を述べる。
「………………す、鋭すぎるよライラちゃん」
チャコは驚愕しながら肯定を返す。
どうやら当たったみたい。
私はパパから「分析して攻略を組み立てることさえ出来れば戦いの七割は終わっている」と聞いて育ったので私もパパほどじゃあないけど考える癖がついた。
チャコは私と出会って気まずそうにした。
基本的にチャコが私と会えて嬉しく思わないわけがない。驕りとかじゃなく、これは絶対にそう。チャコは私が大好きだし、私もそれは同じだ。
過去のトラブルからのものだと思えばそれだけじゃあない、チャコは自身の近況報告を
他の女の影もなく、逸らした話題の方向が私の仕事の話。
家族の話ではなくて仕事の話、幼なじみのチャコならパパやママの健康や関係について聞くだろう。
つまり、問題があるのは仕事関連の可能性が高かった。
チャコの仕事は冒険者ギルド職員、いっちゃあなんだけど待遇も環境も良いとはいえない仕事だ。
でもだからこそトラブルなんて茶飯事のはずだし、仕事関連で何かがあるのは当然で通常。
異常なのはチャコが今、この時間にここに居ること。
別に昼食を食べに出かけることくらいはあるだろうけど、ここの近くに冒険者ギルドはない。
まあ転移魔法を当たり前のように使いこなすチャコに距離や時間はそれほど関係がないからそこまで気にはならなかったけど、それでも別に遠くに行く理由もそれほどない。
そんな違和感を確信に変えたのが、日替わり定食だ。
私はチャコと同じものを普通盛りで注文した。
特に食べたいものもなかったし初めて入る店だしとりあえずで同じものを頼んだ、美味しそうなチキンカツ定食だし普通盛りでも中々にボリューミーだ。
問題はチャコが頼んだのと同じ量だったこと、チャコが普通盛りを注文したこと。
チャコは物凄い食べる。
身体が大きいのもあるし、代謝も良くて生きているだけでめちゃくちゃエネルギーを使う。私も大概食べる方ではあるけれど比にならないくらいにチャコは大食らいだ。
でもチャコは普通盛りを頼んでいる。
別にチャコだってそんな腹が減ってないこともあるだろう、体調がすぐれないこともあるだろうけどチャコは健康だと言っていた。
じゃあこんな、男子学生でも晩飯までは持たないくらいの定食を食べているのか。
急いでいるわけでもない、私もチャコも親の影響でかなり早食いだ。冒険者は短い時間で腹を満たす癖がついているし、冒険者に憧れていたチャコは大食らいな上に早食いになった。チャコならこの程度の量の定食は二分もあれば完食できる。
理由は節約。
店の壁に貼ってある日替わり定食の値段を見る限りかなりリーズナブルだ。この量でこの値段ならかなり安い。でもそれはランチ限定の価格で、大盛りは対象外。そこまで大きな差ではないけど損した気にはなる差異だ。
仕事の話を気にしている。
職場から遠いところでの昼食。
大盛りでない食事。
急いでもない。
食費の節約を意識するような経済状況。
そして、チャコが冒険者に憧れて旧公都にやってきたことを知っている幼なじみの私。
これらの情報を加味すれば、ある程度推測は出来る。後は何でもお見通しという雰囲気でハッタリかましながら言葉にするだけだ。
「……実は、ほんの数十分前の話なんだけど――――」
チャコは語り出した。
どうにも冒険者ギルドは想像を絶するブラック環境だったらしい。
さらに冒険者による強盗傷害事件……、それを取り押さえても罵倒……。
チャコは言葉を選んでいたけど、要は憧れの職業に夢を見た若者をやりがい搾取していたクソ職場に見切りをつけてきたと。
すごいな……、二年くらいはいたんでしょ? 私なら三日目には馬鹿冒険者共を畳んでいる。
自身を小心者だと評価しがちだけど、チャコの忍耐力は凄まじい。
「――――冒険者になる! なんて大見得切ってこのザマだ……。こんなかっこ悪いとこ、ライラちゃんに知られたくなかった」
バツが悪そうにチャコは話を締めくくる。
はあ……、いやマジかよこいつ……。
可愛すぎるでしょ。
もう今この瞬間にチューしてやりたい……流石にしないけど。
いーやもう本当に可愛いやつなのよチャコは。
昔っから努力家で、私の後ろにくっついて回って、怖がりだけどいざってところで男らしくて、初体験でまさかあんな豪快な体位をするなんて……まあそれはさておき。
これは、好機だ。
「ってことは今は暇なのよね?」
私は複雑な心境であろうチャコに、不敵に笑って話を切り出す。
日替わり定食を早々にペロリと平らげて、チャコと共に店を出てチャコの長距離転移魔法でサウシスへと跳んだ。
本当ならもうちょいゆっくり旧公都でデートして、会えなかった時間を埋めるべく三日くらいただれた日々を送っても良いのだけれど。