かなり荒っぽいが空っぽにしてから魔力を自然回復させると、魔力との親和率が上がりやすくなる。安全性に配慮すればかなり魔法使いとして伸びやすくなる。
「親父のように大きくなれと、毎食自分の体重の三割近くの飯を食わされたことがあるか?」
冒険者に殴られながら、山盛りの鶏肉と野菜を思い出す。
僕の親父は二メーター以上あって頭より腕の方が太い大男で死んだ爺さんって人も親父と同じく大男だったから、僕も同じように大きくなる為に食いまくった。
まあ、結局二メーターには至らなかったし親父ほどふとましく筋肉はつかなかった。
「良質な筋肉を育てるために手のひらが
冒険者に殴られながら、親父の仕事を手伝っていた頃を思い出す。
魔法が達者じゃない親父は木を切るのに斧を振る、斧を綺麗に振るには必要な筋肉を総動員させつつ不要な力は抜かなくてはならない。
背中や腰まわりによく効く、身体を作る上で非常に大切な筋肉だ。
「疲労骨折で大腿骨が砕けるまで丸太を担いでスクワットしたことは?」
冒険者に殴られながら、親父と並んで屈伸をしていたことを思い出す。
下半身の大きな筋肉は代謝を上げるし、どんな武術も足腰の強さは大事だから神経系を鍛える意味も込めて高速で丸太を上げていた。
親父ほどじゃあないが、大抵の物は持ち上げられるようになった。
「丸一日
冒険者に殴られながら、妹のジャングルジムとなっていた日々を思い出す。
徹底的に身体操作というか転がされることで身体の中の力の流れを感じる訓練をした。
站椿功、まあいわゆる
「女の子とチューしたら
冒険者に殴られながら、ファーストキッスを思い出す。
幼馴染みの女の子とこそこそとちちくりあっていて、なんか自然といい感じになってチューして胸に手を添えた瞬間に幼馴染みの父親……、親父の友人に杖術でボッコボコにされた上に風系統の魔法を使った高純度の酸素で殺されそうになった。
まあ結局その後も目を盗んでちちくりあったりするが、高確率で見つかってボッコボコにされた。おかげで戦略や戦術や分析に対して理解が深まったけど。
「盾一枚と防御魔法で魔法の雨あられを防がされたことは?」
冒険者に殴られながら、前衛盾役修行を思い出す。
幼馴染みの母親から幼馴染みとチューするのを父親に邪魔されないようにと、守る力を鍛えられた。
おふくろと妹に的当てゲームの的にされるのを、指示通りにただひたすら捌いた。ワンミスでズタボロの緊張感の中、立ち向かい続ける根性が身についた。
「怪我を負う度に医学的な知識を刷り込まれながら自分を回復魔法で治療したことは?」
冒険者に殴られながら、医学カリキュラムを思い出す。
おふくろの友人の医者に怪我をしたら怪我をした部位や損傷の程度や身体を構築する要素や治癒する際の具体的なイメージを学んだ。
実際この医者は自分の身体を切り開いて、医学を学んだという。それに比べたらかなり優しい勉強方法だ。
「てめ……っ、喋り過ぎ――――」
「全部千回超えてから、僕は数えるのをやめた」
業を煮やす冒険者にそう言って馬乗りになっている奴以外を重力埋葬の魔法で、埋める。
床と地面を材質変化魔法で泥に変えて、重力魔法で生き埋めにする……おふくろが創った魔法だ。
流石に口元まで埋めて鼻だけは出していた、鼻炎持ちが居たら申し訳ないが別に配慮する理由はこちらにはない。
馬乗り状態の冒険者を脚で胴を挟んでサイドに転がして剥がして立ち上がる。
「…………だから、あんたのヘッポコパンチなんか効きゃあしねえ」
僕は服の埃を払いながら、そう宣う。
これは事実だ。
この程度の打撃で怪我するような鍛え方はしていないし、殴られるのと同時に回復魔法を内側からかけているので全く通らない。
「努力したんだ……、五つの頃から徹底的に執拗に過剰に苛烈に……全ては冒険者になる為に。親父やおふくろ、その友人たちに頼んで稽古つけてもらったんだ」
慌てて立ち上がる冒険者に向けて語る。
まあ僕が強くなりたくて、冒険者に必要なものを身につけていくのは楽しかった。
でも楽しさを上回る、辛さがあった。
六……いや七……八割は辛い修行の日々だった。
それでも、結局。
親父ほどの腕力は手に入らなかったし。
おふくろほど魔法理解度は高まらなかったし。
幼馴染みの父親のように狡猾にならなかったし。
幼馴染みの母親のように鉄壁じゃないし。
医者のおじさんのように何でもは治せない。
僕は全部中途半端で、人を傷つけることにビビって戦うことも苦手な小心者。
だから冒険者じゃなくて、ギルド職員に甘んじた。僕は逃げたんだ。
「……なんなんだてめえはよっ! 偉そうにっ、ガチャガチャ努力だなんだ宣っても、てめえはこのゴミ溜めでギルド職員しか出来ねえゴミじゃねえかっ‼ 何なんだよてめえは⁉ いいから死に晒せやぁあッ‼」
冒険者は身構えつつそう
確かに。
僕は何なんだ?
何をやっているんだ僕は。
冒険者になる為、修行して、意を決して都会に出て……。
僕は確かに半端者で、冒険者も夢のない職業だった。
でも、少なくともこれじゃあない。
僕がやりたいことは、これじゃあない。
ああ、
「死ね――――」
「――ありがとう」
僕は猛る冒険者に感謝を伝えて、迫るナイフの刃をごと圧縮空気弾の魔法で砕いて冒険者を吹き飛ばす。
冒険者はギルドの壁を貫いて、隣の建物に埋まった。
だ、大丈夫かな? いや、大丈夫だ。
ちゃんと一番殺傷能力の低い魔法を使ったし……、でもやっぱり人を傷つけるのはしんどいな。
申し訳なくなってしまう。
「……まあ、それはさておき――――」
僕は一旦切りかえてギルドの『通信結晶』で警察に通報した。
そこから事情聴取やら、過剰防衛に当たらないかなどの実況見分が行われ。
「ご協力ありがとうございました」
そう言われ、警察署を出たのは昼過ぎだった。
腹減ったな……、どっかで昼飯を……いや結構眠いな。
なんて考えながら『携帯端末結晶』を開くと。
「うわ……っ」
凄まじい着信履歴の数に思わず声を漏らす。
全てギルド統括の人からの着信だ。
僕が出勤してないしギルドに警察はいるしで、とにかく連絡してきていたらしい。
「はぁ……、お疲れ様で――」
「何やってんだおまえ‼ さっさと仕事しろ馬鹿野郎が、ふざけてんじゃねえぞ‼」
こちらから架け直すと、繋がった途端に怒声が浴びせられる。
「強盗が入りまして……、今まで事情聴取を――」
「知るか馬鹿! 関係ねえからぁ‼ 馬鹿共が依頼受けらんねえとか、俺んとこまで連絡来てんだよ‼ おまえの仕事だろ馬鹿‼ そもそもなあ――――」
経緯を説明しようにもガチャガチャと捲し立てられて話にならない。
……まあ、ちょうどいいか。
「もう、辞めます」
一方的に
「……はあ? 何言ってんだおまえ? 辞めるってなんだよ、調子乗ってんじゃねーぞ! おまえみたいな田舎者の馬鹿が都会で、他に出来ることがあるわけねーだろ‼ つーか、今日の損失どうすんだ! おまえの親兄弟んとこ行って払わせ――――」
僕はそんな安い恫喝を聞き流しつつ通信波を経由してギルド統括の人の魔力感知に成功したので、安全性確保のために何度かに分けて転移魔法で。
目の前に跳び。
昼間っからソファで酒を煽るギルド統括の人に対して、ローテーブルを蹴り砕きながら。
「辞めると言った」
そう言って、僕はギルド職員を辞めた。
晴れて無職。
この後何をしようとかの不安はうっすらとはあるが、それを上回る爽快感。
清らかなる気持ちで、僕はとりあえず昼飯を食いに行くことにした。