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02社会において憧れる若者は結局のところ養分

「えー……護衛の際に荷物を一部破損させていますよね? さらに酒に酔って輸送日程に遅れを出したと……。依頼者より損害請求として報酬からの減額が要求されています」


 僕は胸ぐらを掴まれながら、依頼者の記した達成報告を見て伝える。


 原則として依頼者が直接を支払うことはない。トラブルを減らす為にギルドが報酬額を受け取り、仲介料や税金を引いてギルドから冒険者へと支払われる。


 故に依頼を失敗した際などには、ギルドは預かっている依頼報酬を返還しなくてはならない。規定通りだし道理だ。


「もちろん今から詳細や事実確認も行いますし、この報告に間違いがあることが確認出来れば追って残りの九割をお支払いしますが……この報告に間違いがないことが確認出来た場合は依頼者へ返還しま――」


 説明を続けた所で乱雑に突き飛ばされ。


「……覚えとけよ坊主」


 そんな恫喝を吐き捨てて一割の報酬を受け取り去って行った。


「…………では次の方――」


 僕はくたびれた黒いスーツを正して、仕事を続ける。


 ある程度終わったので、今度は他の書類仕事を行ってからギルド統括へと『通信結晶』へと連絡をする。この時間なら十五回くらいかけ直せば繋がるはずだ。


「……は? しらねーよ、おまえの管理不足だろ? こっちは忙しいだからしょーもねえことで連絡してくんな! それと、おまえんとこ先月の収益達成ギリギリだったんだからこんなことしてる暇あったら営業でもかけてこい馬鹿! おまえみたいな田舎者が都会で暮らすんならこのくらいの仕事はこなせねえと話にならねえんだよクソガキ! 冒険者の管理もろくに出来ねえクズが他に出来ることなんかねーんだよ‼ いいから今月も達成させろよ馬鹿が‼」


 捲し立てるように統括の人はそう言って、一方的に通信を切断した。


 忙しいわりによく喋ったな……、結局飛んだとこの補填は僕に丸投げってことか。損失計算と損失分の補填をギルド予算から捻出……つってもギルド予算もカツカツだ。値切るわけじゃないけど、菓子折り持参でなんとか納得してもらうしか……。


「……はあーあ…………、また徹夜か」


 僕はそんなことを軋む椅子の背もたれに身体をだらりと預けて呟く。


 現在、僕はこの冒険者ギルドの業務を一人で回している。


 いや冗談じゃなく、これはマジで言っている。


 度重なるパワハラ。

 矢継ぎ早のトラブル。


 そんな職場に人が集まるわけがない。

 ここは社会不適合者たちの掃き溜め、まともな人間ならすぐに辞めるしまともじゃないなら犯罪者として去る。


 現状を打破する知恵もなく、田舎者で世間知らずで小心者な僕は良いように使われているわけだ。


 納得してはいないけど、学歴もなくて田舎者なただの若者が都会で生きるのに仕事を選べる立場にないのも事実。


 憧れに夢見た結果、僕はブラックギルドでワンオペ職員をしている。


「…………よし……終わった…………はぁ」


 計算が終わって、伸びをして呟いたところで時計を見ると深夜二時過ぎ。


 こりゃあ家に帰っている時間はない……。

 軽くシャワーだけ浴びて仮眠をとることにした。


 これが僕の日常だった。


 だった。そう、過去形である。

 いや、これから過去形になる……? 最早、進行形なのか未然形なのか。


 まあこれから起こる出来事で、僕の日常は一変することになる。


 ――――ッ!


 微かな物音で目を覚ます。

 時計を見ると深夜三時半過ぎ、僕が眠りについて一時間も経っていない。

 こんな真夜中にギルドに来るような働き者はこのギルドに存在しない。


 泥棒の類い……? まあ少なくとも不法侵入者だ。


 恐る恐る、面談室のソファから出て物音のした執務室へと向かい。


「…………何をやっているんですか……?」


 僕は執務室の棚や金庫を漁る人たちへと声をかける。


 見覚えがある顔ぶれ……、ああ昨日胸ぐらを掴んできた冒険者パーティか。


「⁉ てめえ……っ、取り押さえろ! 逃がすなぁ!」


 僕に気づいた冒険者がそう言って、乱暴に掴みかかり床へと組み伏せられる。なんだ痛えな逃げる素振りなんか見せてないだろ。


「てめえが金払わねえからこっちから取りに来てやったんだ! てめえが、悪いんだからなっ‼」


 興奮した様子で冒険者は僕を指さして捲し立てる。


 いや泥棒の方が悪いだろう、流石に。


 まあ刺激しない為に心の中に留めておくけど……。


「俺だって……っ、『魔剣士』がありゃあ、スキルがありゃあ今頃は……」


 うわ言のように冒険者は言う。


 酩酊状態……? いや、何かしらの薬物を摂取している?


 つーかしらねーしわかんねーよ……、別に魔法も剣も頑張れば覚えられるだろうに。

 スキル無くてもなんとかなるって見解で、実際なんとかなっているから今の世は成立している。


 うちの両親……、特におふくろはどうやらかなり強力なスキルを持っていたらしいが何だかんだなんとかやっている。


 つーか、そもそも生まれた時から僕の世界にスキルはないのだから、それがどれだけ重要なものはわからないし少なくとも僕の周りの大人はなんとかなっている。


 努力が足りないなんて、そんなイカれた傲慢なことを言うことはないしないけど。なんとかする方法は確かに存在はしたはずなんだ。


 どうしようもなかったわけじゃあない。

 【大変革】の後に生まれて、激動の時代を何も知らない若造だし、この冒険者たちのことも何も知りゃあしない。


 つーか、んなこと知ったこっちゃあねえ。


 なんかあったのかもしれねえ、いやなんかあったんだろうな。誰だってなんかはある。統計を取るまでもなく、生物が生存を目的として同じ次元で物理的に活動していたら何だって起こりうる。


 真面目に働いていたら突然組み伏せられて怒鳴られることだってあるんだ、何だって起こりうる。


 それで? 泥棒だーあ?


 …………やばい、いや……、良くない。駄目だ……、落ち着かないと。


「金庫の暗証番号を言え‼ それと……、過去のギルドが纏めていたスキルに関する資料全てだ!」


 組み伏せられたところから髪の毛を掴まれ顔を起こされて、さらに怒鳴られる。


「…………sw3263827。中にあるC8の鍵で資料室8番の棚を開けば過去のスキル関連資料が保管されています」


 僕は抵抗することなく、金庫の番号と資料の場所を伝える。


 金庫には依頼者からの報酬が入っているので理解出来るけど、スキルに関する資料……? 過去に囚われすぎだろ。歴史的な価値は……いや、まだ高々二十年前くらいの情報にそれほど価値があるのか? 多分帝国軍でのデータベースやらサウシスとかの学校の方がちゃんとした資料があるし見ようと思えば誰でも見れるだろ。


 ……まあなんでもいい。


 僕は、怖いんだ。

 恐ろしくてたまらない、小心者なんだ。


「……なに見てんだよ、おいっ‼ 馬鹿にしてんのかぁ⁉ ああっ⁉」


 突然怒鳴られて顔を蹴り上げられる。


 ええ……、見てもないよ……、薬物による錯乱か? いい加減にしろよコイツ……、シラフじゃ泥棒も出来ねえようならやめとけよ馬鹿。


「てめえも努力が足んねえとか……っ、才能がねえとか、馬鹿にしてんだろぉ⁉ てめえも何の努力もしてねえで、こんなクソみてえな仕事しか出来ねえクズの癖にッ‼ 舐めんじゃねえ‼ 死ね‼ ここでぶっ殺すッ‼」


 馬乗りになり、ボコスカと僕を殴りながら捲し立てる。


 何の努力もしていない……?

 僕のことを言っているのか……?

 殺す……? 殺されるのか僕は? いや、殺されるか……古今東西、目撃者は消されてしかりだ。


 ああ、駄目だ。

 恐ろしい、怖くてたまらない。


 僕は小心者なんだ。

 怖いんだ。


 でも、殺されてやる義理も道理もねえ。

 つーか、いよいよ腹が立ってきた。


 僕は別に優しくもないし、賢くもない。


 


「……なあ、あんたらさ――――」


 殴られながら、僕は切り出す。


「魔力枯渇でぶっ倒れるまで魔法を練習したことが何度ある?」


 冒険者に殴られながら、おふくろとの魔法訓練を思い出す。

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