僕、チャコール・ポートマンはライト帝国の西の果てに位置するセブン地域旧公都の冒険者ギルドに勤める、いわゆるギルド職員だ。
主な仕事としては――。
「大変申し訳ありません! 補填に関しては現在上長へ報告を行い、準備を進めております! つきましてはまず本日の輸送に関しましては僕が請け負います! 本当にご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした!」
正確には謝罪と尻拭い、冒険者たちが飛ばした仕事を依頼主の元へと伺い謝って補填をして時には代わりに依頼を行う。
その他にも依頼受付に依頼達成報告書類や、ギルドの掲示板に貼り出す依頼書の作成、依頼報酬の管理、冒険者の加入や脱退の受付、ギルド自体の清掃やら……。
いやまあ本来は謝罪やら尻拭いなんて方がイレギュラーで、その他の方が通常業務なのだが。
「はぁ……、いやもう今後は冒険者ギルドには依頼しません。ホント、酷いっすよ。補填とか云々は当然にしてもこっちはお客さんからの信用もあるんすから」
「本当に仰る通りでございます……。申し訳ございません」
依頼者のこれ以上ない正論にテンプレートな謝罪を返しながら、元々うちの冒険者が運ぶはずだった荷物を受け取る。
はぁ……、こりゃあマジにもう依頼はこないな……。
依頼受注後のバックレ……まあまだマシな部類か? 前は荷物を受け取ってから荷物ごと飛んだ奴も居たからな……流石にとっ捕まえて法的に処置したけど。
荷物は無事だし、輸送先が距離的にギリギリ間に合う場所だったので何とか依頼は達成出来た。
ここからギルドに戻って報告書を纏めて……依頼受付から依頼書の制作もしなくちゃ……。
これが僕の日常だ。
なぜ僕が、やりがいもなく不本意ながら全然自分が悪くないのに謝ってばかりの生活を送っているのかと言えば。
僕が田舎者で小心者で馬鹿ということに、他ならない。
僕の暮らすセブン地域は元々セブン公国というまあまあな国力を持つ国だったが二十年前の【大変革】とほぼ同時期に行われた公都制圧作戦により、セブン公国は帝国領となった場所だ。
だから帝都から遠いわりに人口が多い、そこそこの都市。旧公都から北の果てにあるド田舎で生まれ育った僕は、仕事を求めて旧公都へとやってきた。
親父は木こりというか、林業と木材加工所への卸しを生業としていて筋骨隆々で馬鹿でかくてとんでもない怪力男だが臆病者を自称するくらいに穏やかな性格。
お袋は個人で魔道具や魔動機械の開発をして、ちょこちょこ帝都の魔動結社デイドリームに買い取ってもらったりしている。
妹はまだ学生で今は帝都にある学園で寮生活をしている。僕なんかよりずっと頭も良くて要領も良い。
僕は木こりにもそれほど興味もなく、母ほど魔法に対しての探究心もなく、妹のように勉強も得意じゃあなかった……というか馬鹿者なので村を出て一番近い都会へとやってきた。
仕事として冒険者ギルドの職員を選んだのは単純に、冒険者に対しての憧れがあったからだ。
冒険者。
かつてこの世界に魔物という脅威が蔓延っていた頃に、魔物を討伐したり魔物や野盗から町や人々を守ることを生業とする者たち。
軍などの国家機関とは別で民間の戦闘系スキルや攻撃魔法などの技術を有する者たちが集まり魔物と戦う。町に常駐するも、拠点を渡り歩くも自由。
僕はそんな冒険者に憧れた。
親父はその昔、冒険者だった。
だから親父や親父の友人である魔法学教師のおっさんとかから冒険者の話を子供の頃から聞いていた。
連携と鍛錬、危機と打破、奇策と根性、個性豊かな冒険者たち。
美化もされているおっさんたちの青春の日々に、心を踊らせた。
だから僕は進学はせずに家を出た。
お袋は反対したけど親父もその昔、憧れで田舎から出たクチだったので珍しく力強い口調で送り出してくれた。
だが、僕も親父譲りの小心者。
図体だけがデカく育って、基本的にはビビりというか慎重になりがちな肝の小さい男。
冒険者ギルドに行ったらなんかの手違いというか勘違いで、冒険者ではなくギルド職員として雇われることになってしまった。
都会の空気や都会の人と話すという緊張から、超田舎者な僕は気圧されてそのままなし崩し的にギルド職員の道を進むことになった。
親父たちからも、かつてはギルド職員にかなり世話になったという話もあったので悪くはない…………。
なんて、僕は思っていた。
馬鹿な幻想だったんだ。
戦いの日々を駆け抜ける勇敢な冒険者なんてものは存在しなかった。
まあそりゃあそうなんだ。
この世界にはもう、魔物はいないんだから。
【大変革】によって魔物が消え去ったことにより、冒険者の主な業務である魔物討伐も消え去った。
その際に多くの冒険者は軍へと移ったり、軍傘下の治安維持や犯罪捜査を目的とした警察組織に流れたり、野生動物への狩猟や魔道具技師などへ転職していったり、野盗のような反社会的勢力へと落ちていったりした。
当然だ、もう世界に必要のない職業なのだから。
でも、冒険者しか出来ない不器用な者……いや新しい時代に順応出来なかった人々は冒険者を続けた。
公的機関だった冒険者ギルドが民営化をして、対人戦しかない世の中で今まではメインではなかった傭兵依頼や採取系の依頼をメインに切り替えて、何とか冒険者を続けたがそれだけで食べていけるわけもなく輸送代行や建築の雑用、ゴミ収集や時には草むしりなんかも行った。
つまり、何でも屋と同義となった。
別にこれは問題ではない、何でも屋も立派な仕事だ。どこに頼んだら良いのかわからないものを頼める場所があるというのは素晴らしい社会貢献だとも思う。
だがしかし、次第に冒険者ギルドは【大変革】によって社会からはみ出した人々が集まる場所へとなった。
ギルド職員歴二年とちょっとな僕が、過不足なく遠慮も配慮もせずに事実を述べるなら。
冒険者ギルドは、社会不適合者の馬鹿共の掃き溜めと化した。
酒を飲んで依頼をすっぽかしたり、気分で依頼を受けなかったり……まあこのくらいのルーズさなら【大変革】より前の冒険者たちの茶飯事だったが、それは魔物と戦い続ける暮らしの中、いつ死んでもおかしくないので一秒でも多く楽しい時間を過ごしたいという背景があってのルーズさだ。
命懸けだから容認されていたことだったが、今はそうはいかない。
しかしギルドに残った冒険者たちは、命懸けでなくなってもルーズさはそのままだった。
【大変革】後の混乱で集まった人員も、そんな冒険者たちのルーズさに影響を受けてどんどん怠惰に、駄目になっていった。
その果てが今の冒険者ギルド。
バックれ、虚偽報告、窃盗、暴行傷害、そんなものが横行する社会不適合者たちの掃き溜めである。
「おいてめぇどこほっつき歩いてんだ! さっさと手続きしろウスノロ馬鹿ッ‼」
ギルドに戻ると早々に、受付を荒く叩きながら冒険者が僕を怒鳴りつける。
どうやら依頼を終えて報酬を受け取りに来たパーティが待っていたようだ。一応何時頃には戻ると手紙を貼り出しておいたんだけど……流石に識字率が下がってるなんてことはないよな?
「……ああ、すみませんね。すぐに達成証明を確認しますので」
僕は適当に返して受付台の内側に入ると、舌打ちと同時に書類を投げつけられる。
散らばりきる前に書類を手にしてそのまま目を通す。
あー、商品輸送の護衛依頼か……。かなり落ち着いたとはいえこの辺りにはまだ野盗みたいな強盗が出たりするからね。
しかし、これは……。
「…………確認しました……が、報酬は九割減額となりますので残り一割のお渡しとなります」
僕は手続きの結果を伝える。
「……はあっ⁉ ふざけてんのかてめぇ‼」
冒険者は僕の胸ぐらを強く掴みながら怒鳴り散らす。