僕はキール・ダイヤルビー。8歳。この国の第二王子です。
僕には、とても頼りになるお兄さんがいます。だから第二王子とはいうものの、国を継ぐ気はありません。なにより、こんな僕では国王の器ではないことは分かっているのですから。
そんな僕ですが、お兄さんのカールと、騎士団長の息子ケールと一緒に、教会の占いで魔王を退治に行くかもしれないとの結果が出たみたいです。
僕、そんなことできるわけない。
今日は兄とケールが戦いの特別訓練に行ったの。僕も誘われたんだけど、お腹が痛いって言ってずる休みしたんだ。
四日ぶりに帰って来たお兄さんは、ボロボロでクタクタだった。どんな訓練だったのって聞いても答えてくれない。きっと、命がけの訓練だったに違いない。僕はそんな訓練に行かなくてよかったよ。お兄さんがこんなになる訓練なんて、僕には無理だ。
◇
学園の入学式。魔物が現れた。ハエみたいな、人間みたいな、とても恐ろしい姿のそれは、窓ガラスを突き破り、天井近くを飛び回っていた。
怖い! どうしたらいいの!
特別席の僕と兄さんのまわりを騎士たちが囲んだ。動くこともできない。
魔物がステージへ向かった。新入生代表の女の子に! 滅多に合わないけど僕たちのおばさまに当たる同い年のリリア。兄さんからは近づいたらダメだって言われている子。
え? 殴った? 羽をむしっている?
騎士たちもあぜんとしているよ。なにこれ?
リリアは学園の紋章が入っている深紅の旗を大きく振った。深紅のドレスと、はためく旗が一体となってカッコいい! って、魔物に旗の先を刺した?
飛び散る赤い血が、旗に、彼女にかかる。血みどろの彼女は、それでも美しく見えた。
旗の先に魔物を突き刺したまま頭のはるか上に掲げた。勝利宣言だろうか。
大きく旗をなびかせながら、彼女は魔物を振り落とした。
僕は血まみれの彼女から、目が離せなくなった。
その後、兄さんと彼女の婚約が発表された。
◇
二日ほど、彼女は学園に来なかった。あれだけの事をしたんだ。なにか病気にでもなってないのだろうか。魔物の血で呪われたとかなければいいんだけど。
って心配していたら元気そうだ。先生と言い合いしている。
決闘? 兄さんも戦うの? え? 全員? いくらなんだって女の子だよ。
あの魔物、弱かっただけみたいだし。
みんな言っているよ。僕たちが勇者に指名されたのに、彼女が入っていないのは、あの魔物が弱かっただけだからって。僕たちの方が強いって言われたようなものだよ。
本当は僕たちが倒せばよかった魔物だよ。弱いに決まっているよね。
兄さん、そこまで言わなくても!
「では、僕の時は手加減しますので、すぐに降参してください」
僕はそう言うしかなかった。他の人を止められたらいいんだけど、兄さんには逆らえない。
せめて休息だけでも取らせてあげたい。
って、思ってた僕って何なの!
先生のお腹が……。一撃? うわぁ……。容赦ない攻撃で勝利をむしり取ったよ。
兄さんの顔が! 潰れた! うわぁ~、見ていられない!
え、僕? ヤダヤダヤダヤダ! 無理やり押し込まないで!
絶望した僕に、彼女は笑いながら言った。
「キール王子。あなたはわたくしに、手加減するから早く降参するようにと声をかけて下さいました。その言葉をお返しします。少し痛いですけどがまんしてくださいね」
そして、優しく平手打ちをした。
痛い。でもなんだ? このドキドキは。もう一度叩いてほしい。……え? 何考えているの、僕は!
「参りました。降参です」
「受け入れます」
これでお終い。ああ。本当はずっとそこにいたかった。もう一度ぶって欲しかった。
「大丈夫でしたか? キール様。私が癒しをかけてもいいでしょうか?」
エリーヌ嬢が僕に近づいて心配そうに声をかけてきた。
そう、僕のパートナーはエリーヌ嬢。小さくて大人しくてかわいい女の子。僕の好みにぴったり……なんだけど。
美しく暴れるリリアについつい目が行ってしまうのはななぜだろう
「大丈夫だよ。手加減してもらったからね」
僕はエリーヌ嬢の癒しを断り、頬に残る痛みを愛おしく感じることにした。