【ヒロイン視点】
気がついたら異世界転生していた。
鏡に映る姿が日本人じゃない。ここどこ? ラノベやゲーム世界だと平民? この部屋で貴族はないよね。えっ、貴族じゃないの? こういう時って普通貴族だよね。
私なにしてたんだっけ。えーと、新卒で入った旅行会社の事務員の仕事、世界的なパンデミックのために旅行する人が減って潰れたんだよね。
給料も2ヶ月未払い。職業安定所に行ったり、伝手を頼ってアパート代やりくりしたり。もう疲れ果てていた。
私の心の栄養。それが『LOVEパワー~愛の力で魔王を倒せ~』っていうソシャゲ。恋愛シミュレーションね。
癒されたわ。残業続きでささくれていた私を癒す唯一の存在。
私の押しは第2王子のキール様。第一王子と違う可愛らしい王子。ショタね。隠れキャラもいろいろいるんだけど、王道ショタが一番!
今晩から72周目スタート。
……のはずだった。
ノートパソコンを立ち上げ初期設定画面へ。今度はどんな名前で回ろう? 私の名前、
………………………………心臓に痛みが走った。
電話……、救急車呼ばなきゃスマホどこ?………………………………動けない。苦しい。……苦しい。
私が最後に見たのは、痙攣した指で押された 『あああああああ』 という名前の入力画面だった。
って、私あそこで人生終わったの⁈ それで異世界転生?
まあ、仕方ないわね。身寄りも仕事もなかったし。でもどうせ転生するなら、LOVEパワーの世界に転生したかった。そうね、子爵令嬢のエリーヌがよかったわ。ロリっ子だったらキール様の好み。
侯爵令嬢のイリーナでもよかったのに。お姉様キャラとショタ。組み合わせは完璧ね。
でもここどこ? どう見ても平民だし、ちょっとかわいい程度な容姿の私。まずは私が誰で、ここがどこなのか確認しなくては。
「いつまで寝ているの? 早く起きなさい」
母親らしき人が、母親らしく声をかけている。うん、きっと母親だろう。
そのとき、この体の記憶が私の中によみがえった。えーと、私の名前は。
『あああああああ』
え? 名前が『あああああああ』? この世界ではそれが普通の名前なの?
朝ごはんのトーストを食べながら名前の由来を聞いた。
「あら、またなの? まあ受験前で不安なのね。あなたの名前はね、神様から付けてもらったのよ。あなたが生まれた時、夜だったのに部屋の中に光があふれてね、『その子の名は、『あああああああ』と付けなさい』って声が響いたの。絶対あれは神様からの祝福よ。だからあなたは魔法持ちとして生まれ、学園の試験を受けることができるのよ。がんばって聖女になってね。私のお姫様」
えっ? 私は、ゲームをしようとして倒れた、前世最後の記憶を思い出した。キャラクターの名前の入力『あああああああ』の文字列。
「学園! 学園の名前ってなんだっけ?」
「何を言っているの? オイスター学園に決まっているじゃない!」
やっぱり! 学園にオイスターなんてふざけた名前つけるのLOVEパワーくらいじゃない? なんで
「ここ、スプリング・ウインド王国よね」
「当たり前じゃない。緊張しておかしくなったの?」
これは! もしかして私ヒロイン? そうよ。ヒロインは普通の女の子設定。だからこの容姿なのね。ちょっと残念。いや、名前! 名前『あああああああ』? 改名したい! 改名できないの! このまま上手くいってもキール様に「愛しています、『あああああああ』」ってささやかれるの? いや~~~~!
「ちょっと、本当にどうしたの? 魔力があっても、特待生で入れなかったら家には授業料払う財力はないのよ。なんとしても10位以内に入ってね。特待生以外は入学辞退しないといけないのよ。すぐに働きにいかないといけなくなるわよ。分かってる? 『あああああああ』!」
そうだ。今考えるべきことはトップ合格。ゲームの世界を味わうには学園に入学しなくては。そして成り上がるのよ、私!
「分かってる。学園に入学して、勉強していい仕事に就くか、玉の輿狙うわ。お母さんに楽させてあげる」
「その意気よ、『あああああああ』。いい男捕まえなさい」
午前中の試験は楽勝だった。こっちは大学出の旅行会社勤務だったんだ。
文字は見たことがなかったが理解できた。小さい頃から勉強頑張っていたみたいで、この体の記憶が役に立っている。
計算は三桁の足し算と引き算ができれば合格みたい。掛け算と割り算は特待生狙う子供向けに何問か載っていた。これは解けなくていいみたい。って余裕だよね。レベル低いな。地理と歴史は、私がどれだけこのゲームやり込んでいると思っているの? 設定集も読み込んでいるし、同人誌も集めていたのよ!
知り合いもいないから、ボッチでお弁当を食べ、午後の体力測定に向かった。
◇
筆記試験は、何クラスか分かれて行われたんだけど、グランドは広くて一つしかないのか、全受験生が集められた。
場違いな赤いドレスを着ている人がいる。あ、あの顔はリリア・ゴールドラッシュ! 悪役令嬢ね。
そうだ。ここで名前を変えられそうになるんだっけ。王子との接近フラグ! よしチャンスを待ちましょう。それまではおとなしくして真面目に特待生を目指しましょう。
ふはははは、下町の体力、貴族のお嬢様達に負けるわけないわ! て、リリア様、あの格好でよくやるわ。負けられない! 特待生にならなくては。あ、王子達がいる。早く近づきたい! ダメよ、焦っては。チャンスを待つのよ。
本当にLOVEパワーに転生したんだと実感してきた。明るい未来を勝ち取るぞ~!
最後の魔法測定の時間になった。王子達、魔力があるのね。さすがに目立つわ。カッコいいね。
って、なにこの光! リリア様? 規格外にもほどがある。ゲームでこんな場面なかったよね? あれ? リリア・ミスリル? ゴールドラッシュじゃないの?
ゲームキャラたちが次々玉を光らせている。
リリア以外は覚えている通りね。顔と名前も一致する。
しかし、二次元と違ってリアルな三次元は美しさが別格ね。皆さま美形すぎません? 目の保養にはなりますが、私の容姿と比べてしまうと……。
本当に悲しくなるわよ!
私ヒロインよね。さあ、もう最後、平民最後の私の番。設定通りなら、思いっきり玉が光るはず。みんなを驚かせるわよ!
玉に手をかざすと、ピンク色の光が広がる。うん、いい感じ。これくらい強い光は貴族でも出なかったはず。ダメよ、どや顔にならないようにしないと!
人が集まってくる。うん、注目されているわ。ヒロインとして当然ね。
「静粛に! どうせ分かることですから名前を公表します。ただ今、魔力測定を行ったのは『あああああああ』さん。平民です。『あああああああ』さんに対して無理やりな引き抜きや強引な接触は控えるように。あまりにも目に余る様なら……」
は? 待って? ここで名前を大声で連呼しないで! 事故よ、事故なの! もっとかわいい名前にするはずだったのよ! なにこれ! 公開処刑されているの?
私が泣きそうになった瞬間、悪役令嬢リリアが近づいてきた。
「『あああああああ』? そんな名前、あなたには似合ないわ。アンリとかアリシアとでも名乗ればいいわ」
そうよ! 私もそう思っているの! アンリ! そう、本当はアンリって名付けるはずだったのよ~!
「あっ……、ありがとうございます。ではこれからアンリとお呼びください」
「そう。良かったわね。すてきな名前よ」
「はい」
リリア様! 本当はお優しい人なのですか? 既視感のあるセリフなのになにか違って聞こえる。
「ちょっと待った!」
あ、カール王子。せっかくいい雰囲気だったのに。
「『あああああああ』、すてきな名前だ。君にぴったりだよ」
やめて~! その名前で呼ばないで!
「いえ、私はアンリと名乗ります」
「だめだ! いくら君が平民で貴族に頭が上がらなくても名前を変える必要はないんだ。『あああああああ』、すてきな? す、すてきな名前ではないか……な?」
カール王子、本気か? 本気で言っているの?
「な、なあキール。素敵な名前だよな。『あああああああ』って」
キール様が私をみて困っている。どうしてくれるのカール王子!
「え? あ、そうですね。個性的な名前ですよね」
フォローになってないです。キール王子。泣きたい。
「大体、人の名前にケチをつけるお前は何様だ!」
「あら、わたくしはこの子の為を思って言ったまでですわ。ねえ」
そうですよ! 全面的に肯定です。
「はい。私はご令嬢の言うように、これからはアンリと名乗ります」
そう、アンリ! 貴族に言われたら改名しても仕方ないわよね。堂々と改名できる! ありがとうリリア様!
「無理しなくていいんだ! いいか皆よく聞け! この子の名前は『あああああああ』。『あああああああ』だ。俺が命ずる! 『あああああああ』と呼ぶように。いいか『あああああああ』『あああああああ』だ。それ以外で呼ぶな。よかったな『あああああああ』。お前はお前の名前を名乗れ」
「いやあぁぁぁぁぁぁ―――――!」
連呼しないで! やめてー! どこまでデリカシーがないの~! 私はあまりのダメージにしゃがみ込んでしまった。
「貴様! お前がアンリと名乗れなど言うからこんなことになったんだ 責任取れ!」
ええっ⁈ 王子が『あああああああ』を連呼したからです!
「わたくしに悪い所など微塵もございませんわ。あの子もアンリという名を喜んでいましたし」
そうです! 喜んでおります!
「人の心の分からない奴だ。お前みたいなものが大公を名乗るとは許せない」
分からないのはあんただよ、王子の馬鹿!
「あなたがあの子をどのように呼ぼうと勝手ですが、わたくしは『あああああああ』などと呼ぶ気はございませんわ。私は慈悲を持ってアンリと呼んで差し上げますわ」
頑張って! リリア様! 私はリリア様を心の中で応援した。
「ひどい女だ。こんなに怖がってしゃがんでしまったじゃないか。安心しろ、君はずっと『あああああああ』でいいんだ。こんな女のいうことなんて聞かなくていい」
「お願い! もう許して!」
思わず王族に向けて声をあげてしまった! ヤバい。まだ試験中。学園生なら許されても、私はまだ学園生ではないただの平民。
「ほら、『あああああああ』もそう言っている。許してやれリリア。そして『あああああああ』と呼んでやるんだ」
……もう許して。
「あ、そう? 仕方ないわね。ではこれからは『あああ……」
は? リリア様⁈
「許して! それだけは」
本気でやめて~!
「早く呼んでやれ」
「お許しください! 私はアンリと呼ばれたいです」
王子! 察して!
「何を言っているんだ! リリアお前のせいだ。はやく『あああああああ』と呼べ」
「はいはい。『あああああああ』さん。これからそう呼ぶわ」
やめて~!
「いや~! アンリがいいです」
心からの叫びは伝わらなかった。
「やめるんだ『あああああああ』。それでは家畜、
王子、覚えてろよ。
もともとオレオレ嫌いだった私。第一王子カールへの好感度はマイナスに極振りした。そして私の名前は、受験生全員の心に深く刻まれた。
試験はこれで終わり。私は悪役令嬢リリアに次いで2位の成績で入学できることになった。めでたく特待生だけど…………。カール王子、ひどいですよー! 私の名前、改名できないの〜!?