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第8話 令嬢ですよ

「此度の功労者、冒険者シャベルよ。入室せよ」


 騎士団長のおっさんが大声で言った。私はため息を吐いてから、背筋を伸ばして入っていったよ。ドレスなんて一年ぶりだ。大体、農民と間違えてるのに、何でドレスなんか着せるんだ? 農民がこんな不安定な靴履かされたらすっころぶぞ。私は慣れてるからいいけどさ。


「おお、シャベル殿。女性だとは知っておったが、戦場で見た時とはまるで違う装いであるな。見ただけならば高貴な貴族令嬢のようだ」


 私は黙って、美しくカーテシーを決め挨拶を始めた。


「先王様にご挨拶をいたしてもよろしいでしょうか?」


 あれ? どうした? 返事は?


「あ、ああ。許す」


 言っていいのね。


「わたくし、名はリリアと申します。残念ながら家名は名乗ることができない身でありますの。先日は先王様に、あのような場所でお目汚しを致しましたことを、わたくし心苦しく思っておりましたの。先王様にお怪我がなかったことと、またその一端を担えたこと、それは、わたくしの誇りとしていつまでも胸にしまっておきますわ。本日は謁見の誉れを頂き、誠にありがとうございました」


 あれ? 先王もおっさんも固まっているよ。あれか? こんな挨拶出来ないと思ってたのか?


 まあ、おっさんとはさっきまであれだったからな。でもさ、こう見えても私は常識人なんだよ! それにこんなところで名前偽ると、後でばれた時に大変だしね。


 ……ん? だったら何でドレスなんか着せたんだよ! 私だって、こんな格好の時はちゃんとやるさ。やりたくなかったんだから作業着要求したのに!


「そなた。どこの貴族子女だ?」


 だから、言えねえって言ってんだろ! 聞いてないんか。まったく!


「実は、わたくしの母が事故で亡くなり、その後、実家では義母が大手を振るい始めました。わたくしは、義母にも父にも蔑まれ、母屋から出されて物置小屋で暮らし始めましたわ。今は一日にパンを一つ支給され、それ以外は食料から衣類まで、自給自足の生活を送っております。父と義母から家名を名乗ることを禁じられています故、不敬ではございますが家名を名乗ることだけはお許し願えませんでしょか?」


 しゃーないじゃん。本当の事なんだから。それに家名がばれて実家に報告が行くと、私の安穏とした農業スローライフにまで邪魔が入るじゃない。畑は見つかっていないんだから! 存在忘れられているんだから! 関与しないで!


「なんと! そのような無体が! どこの家か言ってみなさい。儂が仲を取り持ってやろう」


 や~め~て~! だから嫌だったのよ! 


「申し訳ございません。父とも義母とも、同じ家で暮らす方がわたくしには苦しいのでございますわ。今の物置暮らしも住めば都、慣れてしまえばかえって安心できる環境でございますの。もし今母屋に戻されたら、わたくしは地下牢に入れられるかも知れません。もし、この度の活躍の褒美を頂けるのであれば、このままわたくしの実家に知らせることなく、今の生活を過ごせるようにして頂けないでしょうか。それがわたくしにとって、一番の褒美になるのですわ。なにとぞ、家名を名乗ることと、実家の仲を取り持つことだけはおやめくださいませ」


 何でもいいから関わらないで! 放置されるのが一番の平和なんだから!


「そなた、褒美がそのようなものでよいというのか?」


「はい。わたくしにはそれが一番の報償でございますわ」


「勲章や金貨は」


「勲章など貰ってしまえば、父にわたくしの存在を思い出させてしまう事でしょう。お金は……。いくらあっても困るものではないのですが、貰ってしまってはそれもまた噂話の種になって、わたくしの父や義母にまで伝わることでしょう。場合によっては没収ですわ。わたくしの願いは、誰からも存在を忘れられ、ひっそりと農業にいそしみながら、余生を送ることなのです」


 勲章? いらないよ。 おいしくないだろうし。あっ、金紙剥いたらチョコレートって感じの駄菓子だったら欲しい! チョコなんてめったに買えないんだから!


「お前いくつだ?」


 こないだ言ったよね。ぼけたのか?


「8歳でございます」

「8歳で余生とな!」


 いーじゃない。スローライフばんざい!


「その歳でこれだけの受け答えが出来るとは。それにあれだけの活躍。欲にとらわれない清らかな精神。元国王として、そのような者を放っておくわけにはいかん」


 ほっといてくれ! まったく! こっちは地味に生き延びたいだけなんだから!


「先日、先王様は私に『命の恩人である』と申されましたわ。命の恩人であるわたくしの願いは聞き入れては頂けないのでしょうか」


 言ったよな。忘れたとは言わせねえよ。


「ああ。確かに言ったな」


 よっしゃー!


「だがあの時、早く帰りたいから命の恩人の言う事を聞いてと言ったではないか。あの時の願いは聞き入れたぞ」


 えっ、あれで終わりなの⁈ どれだけ軽いんだ、命の恩人の価値。っていうか、あんたの命の価値それだけなのかよ! 先王だろう! 命の価値もっと高くね?

 しゃーない。路線変更だね。


「それでは、褒美を頂ける時期を遅らせては頂けないでしょうか?」

「ほう? どういうことだ?」


「貴族では、学園卒業後の18歳で成人を迎えますが、平民、それも農民や冒険者は10歳で成人になりますわ。働き手はいくらでも必要ですからね。ですからわたくしが10歳になった時に報償を頂けませんでしょうか。わたくしの今の貴族籍を抜いて頂くことと一緒に」


 なにか考えてるよ。拒否しないでね。こっちも必死なんだから。


「なるほど。そこまでして家を出たいというのか」


 食いついた!


「はい。幸い今回の討伐の結果を考えると、冒険者としてのランクはゴールドになることでしょう。農民として家から出れば、今の畑や小屋は使えなくなりますが、真面目に冒険者稼業を行えば、小さいながらも安住できる小屋くらいは買えるはずです」


 って言ったって、冒険者ってゴールドでもならず者扱いなんだよな。しゃーねーけどさ。魔物の買い取り価格、もっと高くてもいいんじゃない? 命がけなのに安いんだよ。底辺職業だと足元見やがって!


「まあ、豪邸に住むことができる程度の報償は考えておこう」


「本当ですか! ありがとうございます」


 よっしゃー! さすが先王、太っ腹だね。


「確認じゃが、10歳になったらそなたは儂から報償を受ける。これはよいな」

「はい」


「その時、そなたの家から籍を抜く。これもよいな」

「はい」


「家に住めるほどの報償を儂が与えてそなたが受け取る。これも間違いがないな」

「はい。そんなに貰ってもよろしいのですか?」


「もちろんじゃ。褒章の内容はこれからこちらで詰めておく。そうだな、間違いがあっても困るだろう。これから契約書を作るからそれにサインをするがよい」

「ありがとうございます」


 やったー! 実家から離れて家も貰えるなんて。先王様最高! って罠じゃないよね。


「しかし、手ぶらで返すわけにもいかん。それに儂からもお願いしたいことがあるんじゃが」


 え~、まだあるの~! そうかこれが罠か!


「どのようなことでしょうか?」


「ああ。儂の孫とこの騎士団長の息子が、そなたと同じ8歳なのだ。実は教会から『王子と騎士団長の子息には天命が降りるかもしれません。今のうちから鍛えておくように、との占いが出ました』と告げられてだな。先日から鍛えている所なのだが、なかなか自覚が薄いのだ。同い年のそなたが息子どもより強いと知れば、やる気が起きるやもしれん。少し鍛えてやってはくれんか?」


 え~、王子って双子の攻略対象よね。騎士団長の息子も。関わりたくない……、関わっちゃだめだ!


「自分からもお願いします、シャベル殿!」


 やめて~! 元王と騎士団長が頭なんか下げないで!


「……どんな形でもよろしいのでしょうか。わたくしが行うと、冒険者風の荒事になってしまいますわよ」


「おお、その方が良いかもしれんな。先日のコカトリス討伐でも、普段対人戦の訓練しかしていない騎士どもでは勝手が違い過ぎて役に立たなかったな」

「面目もございません」


 騎士団長のおっさんが頭を下げてるよ。


「まあ、適材適所っと言う事もある。魔王相手なら冒険者の者から学ぶ事も多いであろう。よろしく頼む、リリア殿」

「自分からも頼みます。シャベル殿」


 あ~、もう、拒否権なしなのね! いいわ、やりゃいいんだろ。トラウマになっても知らないよ!


「では決まりだ。そうだな、そちらの報酬は先に渡させてもらうぞ。騎士団長、宝物庫へ行くぞ。剣でも宝石でもよい、その中から一つ選んで持っていくがよい」


 いらない! そんなヤバそうなヤツ!

 私は丁寧にお断りをしたが、結局連れていかれた。



「ここが儂のコレクションルームだ。本当に与えられないような宝物は他の部屋にある。ここの物なら何を持って行ってもかまわん」


 そうなのか? それならと私は高そうな剣を手に取って鞘から抜いた。


「どうじゃ、それは名工のフランチェスタ作の逸品じゃ」


 研ぎが! まともに研いでないじゃない! これが名工の作? ダメだ。日本刀と比べたらダメね。西洋剣はよく知らないけど……それでも研ぎがいい加減だわ!


「どうだ?」

「私には良さがわかりません」

「そうか。剣は扱ったことがないのか」


 いくつか見たけど全部ダメ! 研ぎがなっていないし、これ、切る用じゃないね。叩きつけるものだわ! こんなの刃物って言わないよ!


「では宝石とかの方がいいか? 女性にはそちらの方がいいのかもしれんな」


「宝石は売ってしまってはいけないのでしょう? わたくしには身に着けていくような機会も場所もありませんから」


「そうか。ではなにがいいか」


 だったら現金の方がいいよ、とは言えない。あ、向こうに本がある。


「あちらの本を見てもよろしいでしょうか?」

「ん? ああ。しかし読めないと思うぞ。どこかの古い国の本だからな。誰も読めるものもおらず、死蔵されているだけのものだ」


 手に取って見た。って、これ日本語! 小屋にあった魔法書のシリーズじゃないの!


「こ……この本を頂けないでしょうか!」

「こんなものでいいのか? そうだな三冊あるから全部持っていくか?」

「よろこんで!」


 おおっと、嬉しさのあまりお嬢様言葉がすっとんだよ。


「そなたも欲のない者だな。そんな小汚い読むことのできない本をわざわざ選ぶとは。そんなに儂に借りを作りたくないのか?」


「わたくしには、これでも過分でございます」


 価値がないと思ってるんならそう思わせとけ。魔術書? 魔導書? とにかくゲットだよ!


「本当に。欲のない者は扱いづらいな。宝石に目を奪われてくれれば取り込みやすいものを」


 なんか言ったか? こっちは王族には関わりたくないんだよ。


 結局その後、歓迎パーティーを開かれておもてなしを受けなきゃいけなかったよ。元王の配慮で、冒険者シャベルで通させてくれたんだけどね。だったら作業着でよくね。だめだよね。そうですよね。

 あ、王子たちと騎士団長の息子にも会ったよ。今日はさすがにネコ被ったけど、明日は本気出してもいいんだよね。


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