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第3話 ボロ小屋へ追放です

 最低限の着替えとお皿とカップ。スプーンにフォーク。それから皮肉なのかステーキナイフ。毛布が3枚。敷布団の代わりにでもしろと言うのか? 


「それだけあれば十分でしょう?」


 義母がそう抜かす。


「ええ。でっぷり太ったお義母様は、これで生活できるのですね」


 嫌味を言ったらキレられた。落ち着くまで放っておこう。もういいかな?


「せめて長靴と作業着、ホウキとはたきとちり取りと雑巾、エプロンと包丁とフライパンと鍋、あと砥石くらいは下さい」


「なにそれ? 聞いたこともないものばかりね。使用人の使うもの?」


「そうですね。使用人を使えないなら、掃除も洗濯も自分でするしかないですよね」


 使用人の道具ときいて、義母は喜んだようだ。


「あはははは。いいわ。使用人の使うものならなんだって持っていきなさい。あんたが貴族らしくなく労働する姿、想像するだけでも楽しいわね」


 よっしゃ~! 生き残れそう! 義母様、単純思考でよかった!


「でしたら、植物の種なんかも貰えませんか? 畑を作りたいので」


「畑を作るですって! あなたが土にまみれるの? あはははは。どうぞどうぞ。好きなだけ持っていくがいいわ!」


 義母は義姉と、楽しそうに私をあざ笑っていた。この光景を父は満足そうに眺めていた。


 父って最低野郎だったのね。知っていたけど……ここまであからさまにやるか?


 私は、見張り役というメイド一人を付けられ、小屋に向かった。


「お世話になりますリリア様。わたくし、お嬢様付きのメイド、メイリと申します」


 私と同じくらいのメイドが挨拶をした。


「あなたも大変ね。寝泊りは母屋? 朝から夕方までなのかな?」

「いえ。私連絡時以外は母屋に行くことはできません」


「……大変ね」

「はい。あ、でも、大部屋に行ってもいじめられますから……」


 そう言って、メイリは口をつぐんだ。


「そう? じゃあメイリのためにも居住環境整えなくちゃね。後で毛布も盗んでこなくちゃ」

「え? 盗む?」


「え? 違うわ。ええと、黙って拝借しないと」

「報告してもいいでしょうか?」


「いいけど、あなたの寝床が作れなくなるわよ」


「……」


「聞かなかったの。あなたは何も聞いていない。そうよね」

「……はい」

「よ~しいい子。じゃあ掃除しましょう! まずは着替えからね」




 私は作業服に着替えた。布巾をつなげてマスクを作った。掃除は大変そうだ。気合入れるか。私は大声で歌った。




『み~のる♩♪♪♪ ふ~じ♪♪と

 あ♪♪とへ♪♪♩ あ♪♪し♩

 ♪♪はみ♪♪の ♪♪に♩る

 土♪♪♪♪む ♪♪♪♪の

 ♪♪♪♪と♪♪とが ♪♪♪♪た

 FF♩ F♩J われ♪♪♪♪り』

   (引用 FFJの歌 作詞吉沢義之)

( https://www.youtube.com/watch?v=zt1LhYlxZic )




「何ですかそれは!」

「FFJの歌よ。某団体と運営様対策で伏せ字だらけだけどね! あなたには聞こえるでしょ。目で見ていないから!」

「FFJ?」




「FFJはね、農業を志す者たちに贈る応援歌よ。我々全国にある農業高校の生徒は、校歌が歌えなくてもFFJの歌は歌えるのよ!」

「何言っているのか分かりません」


 そうか! 日本語で歌っても分からないわよね! こっちの言葉に翻訳しなきゃ!


「分からないわよね。でもいいの! さあ歌いましょう! 『♩~♩るいーな♪に、♩~じ♩ハトー!』」


「ミーノ? ルイーナ? ホーニー? フージ? トゥハート? なんですか、それ?」


「分からないわよね。でもいいのよ。そういうものだから」




 そうよね。分かるわけないよね、日本語だし。乙女ゲームには、田んぼも富士山も出ないよね。でもね、農高生はこの曲歌うとテンションが上がるのよ! しかし、どう訳そうか。


 「実った小麦と山と鳥〜」


 こんな感じ? 後で考えよう!



「さあ、活力が上がったわ! 掃除するわよ!」


 すっかり私の行動に引いてしまったメイリに喝を入れて、私は率先して掃除を始めた。


 ◇


「大分広くなったわね。しかもシャベルや鍬はもちろんフォークまである! あ、フォークってあれね、農業用フォークよ。食べる方じゃなくてね。シャベルの先が4本の尖った串状になっているやつね。あ、ネコ発見! ネコって猫じゃないよ。一輪車のことネコって言っているの。田舎だからネゴって言っていたわね。ネが低い音でゴが高く。そうね、ゴは点点より丸が付いた感じ。そう鼻濁音なの。そこはこだわってね。あとは……。隣の小屋には干し草もあるし。少し拝借すれば簡易ベッドが作れるわね。問題は虫だけど……、燻せば大丈夫よね」


 テンション高めに私が言うと、メイリが叫んだ。


「なんで! なんでリリア様は私より掃除が上手なんですか! そんなに段取りいいんですか! テンション高く楽しそうなんですか! これじゃあ私、必要ないですよね!」


 そう言われたので少し考えてみた。


「そうね。ぶっちゃけいらないかもね」

「ああ~!」


 しまった! 泣かせてしまった。


「い、いや、いる! 必要! ほら泣かないで!」

「本当ですか。何が必要なんですか?」


「あ、それは……。ほら、観賞用とか、愛でるとか」

「愛玩動物ですか!」


「え~と……、そうかも」

「そうなんですね……」


 やばい、しゃがみ込んじまったよ。


「ほ、ほら、あなたにしかできないこともあるし」

「そんな事あるんでしょうか」

「そうね……。そうだ! 夕ご飯を取りに行くの、私じゃできないよね!」


 メイリは目を輝かせながら立ち上がった。


「行ってまいります!」

「頑張りすぎてこぼさないでね」


 メイリを見送った私は、シャベルで大きな穴を掘って、落ちていた杉の葉を集めては穴に入れ、魔法で火を着けた。茶色く枯れた杉の葉は油が多く燃えやすい。火が回ったところで、生木の枝をぶち込んだ。案の定煙が酷く出て来た。すぐに板をまばらにかけ、その上に干し草をのせた。


「火がつかないように調整したから、これで虫は死ぬか出ていくわ。そうなったらベッドとして使えるわね。しばらくは煙臭いだろうけど、そこは仕方ないわね」


 煙が効率よく回るように、両側から板を立てかける。そうこうしているうちにメイリが帰って来た。


「申し訳ございません、パンを2個しかもらえませんでした」


「これはメイリの分も入っているの?」

「はい」


「ひどいわね。私だけに嫌がらせするならまだしもメイリまで……。ホントなにも分かってないわね。私が向こうの立場なら、私にはパンを一個、メイリにはハーフコースを出して隣で食べさせ、ひもじさとみじめさを植え付けるのに」


「何言っているんですか!」


「え、ああ、二次創作の妄想が」

「よく分かりません!」


 ジト目で見られてもどうしようもないじゃない。


「分からなくていいわ。いいえ、むしろ分からないで!」

「どういうことですか!」


 分からなくていいと言っているのに。


「それによく見たら外が煙だらけ! 何をしているんですか!」


「これは必要な処置なのよ。大丈夫。もう少ししたら煙は治まるから」


「火はどうしたんですか? どうやって起こしたのですか?」


「え、ああ魔法で」


「魔法?」


 驚かれてしまった。まあ、魔法は学園で習うものだし、使えない人も多いからね。大体、男性は使えないのが魔法だし。


 これはゲームバランスを取るために制作側が考えたシステムだからなのか、もともとこの世界がそうなっているのか分からないけどそれがこの世界の魔法体系。


 戦いは男子には武器での戦い、女子には魔法での補助。それが基本だからパーティは男女混合にするしかないの。バフ効果・防御系・治療系がほとんど。火を出せる人なんて本当に少ないの。


 私は、前世の記憶でいろんなゲームをやり込んでいるから、もともとの登場人物と考え方が違うのかもしれない。イメージ力かな? 小さな火や水を出すくらいはできるようになっていた。


「そこは置いておこう。今は食事。パンが二つしかないのね」

「そうなんです。申し訳ありません」


「十分よ。パンしかないなら、おかずを作ればいいのよ!」

「何を言っているんですか。かまども材料もないのに」


「かまどがなければ作ればいい! 食材はいっぱいあるじゃない」

「はぁ?」


 南東北人を舐めてもらっちゃあ困る。毎秋、宮城と山形で、さらに山形は海沿いと内陸で『芋煮戦争』が起こるのを知らないのか? 高級食材山形牛・米沢牛を中心とする牛肉・醤油味の芋煮と、庄内豚の庄内地方、酒田・鶴岡・三川連合と、仙台味噌を心から自慢する宮城県の巨大勢力が挟み込む豚肉みそ味の芋煮。どっちが美味いのかを競う、そう、キノコタケノコ戦争より白熱した戦いが起こっているのを! 福島県はキノコを入れて高みの見物をしているし……。キノコを入れたものは芋煮と認めたくない!


 芋煮シーズンになると海であろうと、川であろうと、キャンプ地であろうと、どこでも薪を炊いての野外料理。子供の頃から野外炊飯は叩き込まれているんだよ! 生火上等! 薪上等! 野外炊飯慣れたものよ! 設備の整った都会のバーベキューとはわけが違うんだよ、わけが!


「そういう事で石を積み上げかまどにします。イモはこの里芋の種芋を使いましょう。大丈夫。食用にするためかなり多めに貰ってきましたから。キノコはそこに生えているヒラタケを使いましょう。肉がありませんが、まあいいでしょう。調味料は塩だけですね。仕方ありません。マルジュウかベニヤの出汁醬油があれば最高なのですが。


 今日は美味しいものではなく、腹が膨れたらいいという方向で作ります。


 メイリさん。そこの一番大きな鍋に井戸から水を汲んできてください」


 私は石でかまどを組んで、里イモの皮を剥き始めた。



 ◇



「思った以上にキノコがいい仕事をしているわね。キノコの出汁が調味料の不足をおぎなってくれたわ。ちくしょう、福島の軍門に下ることになろうとは」


「おいしいです~! リリア様~」


「そう? そう言ってもらえると作った甲斐があったわ」


 メイリは突然泣き出した。


「どうしたの? メイリ」


「リリア様。私リリア様付きになって絶望していました。悪魔の子と呼ばれ蔑まれているお嬢様。小屋に押しやられ、どんな意地悪や八つ当たりをされるのかと」

「本人を前にひどい言いようね」


「パンを2つしかもらえない時は本当に絶望の底に叩き落されたんです。私まで人扱いされなくなったのかと思って!」


「だから、あなたの私に対する思いって酷くない? って、聞いちゃいねえよ、この子」


「それなのに、そんなに明るく、料理上手で私にまで施しをくれるなんて。なんてすばらしい人なのですか!」

「え? え~と、餌付けしたのかな? 私」


「一生ついて行きます!」

「いらないから! 一宿一飯の恩義でそこまで重いやついらない!」


「お姉様と呼ばせて頂いても」

「あなたいくつ?」


「7歳です」

「同じ! 私と同い年! やめてよね、お姉様呼び!」


 ゼイゼイ。この子こんな子だったの?


「もういいから! 食べ終わったら食器を洗って。私は寝床の準備をするから」


 とにかく離そう。私は燻した干し草を小屋の中に運び入れてはベッドになるように積み上げた。匂いが……。しょうがないね。量も少なかったか。また明日増やすか。


 包丁も研いでおきたいけど明日にしよう。大体、砥石が荒砥石しかないのよね。料理長に聞いてもこれしかないって首をひねられたわ。この世界研ぐことに無頓着なのかな。まあ、日本人がおかしいのかもしれないけどさ。中砥石くらい目が細かいのがあってもいいんじゃない? 切れ味ダイレクトにかかわるから。


 メイリが来たので毛布をシーツ代わりに敷くのを手伝ってもらった。うん。二人でやるとピンと張れるね。


 汲み置いた水で歯磨きをし、パジャマに着替えた。歯ブラシと歯磨き粉、それにパジャマが持ち込めたのは有難い。


「じゃあ、寝ようか。メイリも今日は同じベッドで寝てね。明日になったら毛布やシーツ拝借してもう少しまともなベッドを作るからさ」


 私がそう言うと、「え、リリア様と同じベッドで?」と頬を赤くして喜びながらくっついてきた。ヤバい。なんかヤバい雰囲気がする。


「今日だけだからね」

「そんなこと言わないで下さいよ、リリア様~」


 メイリは疲れていたのか、私に抱きついてすぐにスースーと寝息を立てた。今日は何とかなったけど、明日からの生活どうしよう。どうやって生き延びよう?



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