「リリアお嬢様が池に落ちましたわ!」
メイドのメリーが大声で叫んだ。叫んだところでリリアには何の役にも立たなかった。大きな池の中ではつかまるものが何もない。
リリアの同い年の
「あはは、いいざまね」
そう言うとウーリは男に
「さあ、私を抱えて走るのよ。門の前で私を下ろしたら捕まらないように逃げて。あとは私とお母様で上手くやるから」
そう言って男と一緒にいなくなった。メイドのメリーがリリアを見つけて叫んだのはその直後。「もうだめだわ」とリリアは意識を手放した。
◇
という二次創作小説を私は書いていた。リリアっていうのはね、恋愛シミュレーションゲーム「LOVEパワー~愛の力で魔王を倒せ~」に出てくる悪役令嬢のリリア・ゴールドラッシュ様。
見た目は完璧なほど美しいのだが、瞳と髪の色が限りなく黒に近いこげ茶。黒髪と黒い瞳は魔人の象徴として怖れられている世界設定のため、『悪魔のご令嬢』と陰で呼ばれているの。
ゲームスタート時点で、その美しさと孤高を保つ彼女に惹かれる攻略対象たち。そのままでは世界は悪役令嬢が壊してしまう。そのため悪の道に引きずりこまれないように、ヒロインを中心に4人の令嬢が愛の力で引き離し、やがて力を合わせ魔王を退治するという、かなり変わった恋愛シミュレーション。
最終的にリリアは追放され、魔族の四天王の一人としてヒロインたちを妨害するんだけど……。私こういう子好きなのよね。孤高のヒロインとして、王子たちを振りまくる二次創作を作ろうと頑張っているのよ。
あ、私? 私は
普通高校では得られない特殊な実習の数々。鶏を絞めたり解体したり。経理の勉強もできるし、料理も作りたい放題。
なによりよかったのは道具の手入れね。OBの料理人の先輩たちが調理クラブの指導に来てアドバイスをしてくれたの。そこで「料理人目指しています」って言ったら、プロの料理人の心得と技術を仕込んでくれた。
特に感動したのが包丁の研ぎ方! 幾つもの砥石を駆使し、丁寧に研ぐと、100円ショップの包丁でも恐ろしいほどの切れ味に! もちろん良い包丁ほどいいに決まっているんだけど、
「手入れしなければ名刀も切れん。興味あるなら、世話になっている知り合いの研ぎ師に会わせてやる」
って言って、日本刀の研ぎ師さんに会わせてくれたのよ! ゲームで日本刀にも興味があった私はもう大興奮!
研ぎ師の数も年々減る一方だからと、若い人が来るのを喜んだおじいちゃん先生。思わず弟子入りしそうになったんだけど、まだ迷っている私に、
「弟子入りせんでもいいけど、いつか研ぎ師になってくれたらうれしいから」
と、通いながら聞くことを許してくれたの。たくさん刀見せてくれたし、砥石には詳しくなったし。
今は調理師か研ぎ師か迷っているんだ。研ぎ師選んで師匠を喜ばせるか、料理人としてお客を喜ばせるか。
まあ、研ぎの腕が上がるのは、調理師にとってもメリットしかないんだけどね。
実習、研ぎ師、オタク趣味。そんな充実した高校生活を送っていたんだけど……。
◇
「お嬢様が目を覚ましました!」
はぁ? え? ここどこ? 天井高い! 天蓋付きのベッド? メイドさん? 何故ここに? バタバタと大勢の人の足音がして、遠くのドアがバタンと開いたら、きれいな女の子が走り寄ってきた。
「リリア、大丈夫! 怖かったわよね」
そう言って抱きつくと、耳元で「あんた、あの男との事バラしたら殺す!」とドスを聞かせながらささやいてきた。
これは……。原作ではないよね。私の書いた二次創作のLOVEパワーそのままの世界? 異世界転生? 異世界憑依? なんにせよ私の名前は……。
「ウーリ様、お離れ下さい。リリア様、ご気分はいかがですか?」
お医者さんが私に聞いてきた。リリア、やっぱり私リリアになっているのね? え? 私死んだの? なに? 女神様とか会っていないよ! 最近のラノベ、展開だけは早いから! でもそこまですっ飛ばすことなくない?
「リリア様?」
「え、あ、ああ。大丈夫。なんでもないわ」
なんてこった。どうやら私は異世界転生したみたい!
悪役令嬢のリリア・ゴールドラッシュに。