「マジカル・マジョリカ先生! ありがとうございました! 明日、告白してみます!」
「是非、頑張ってくださいね」
少女が嬉しそうにしている。占い師冥利に尽きるとはこのことだ。
普段は本田園子として生きている。
しかし……だ、部活が始まれば、私はマジカル・マジョリカだ!
見よ、この姿! 雰囲気を出すために赤いベールで顔を半分以上隠している。
紫のローブと合わせて1200万パワーだ! どうだ、参ったか!
ごほん……。
「次の方、お入りくださいませ……」
一人目の客を捌いたとばかりなのに、さっそく二人目の客がやってきた。
「マジカル・マジョリカ先生! 私たちの相性を占ってください!」
私の占いは良く当たると学校の噂になっている。特に人気なのが相性占いだ。
そんなにばしばし当たるわけねーだろー! と思うのだが、客が連日、列をなしている……。
それならばと、霊感水晶タロット占い師のマジカル・マジョリカって、欲張りセットやっちゃったわけですよ!
なんでだよ、なんで客がもっと増えるんだ!?。
いやいや。そこは疑えよ! キャパオーバーだよ!
しかしだ……。冷静になろう。ここまで人気ならば……。
ひょっとして……。これでメシ食っていけるんじゃね? いや、それはさすがにないか!?
◆ ◆ ◆
それはさておき……。現在、私の目の前には私が憎んでやまないバカップルがいやがる。
見せつけるように二人が仲良く椅子に並んで座っていやがる……。
まあ、ちゃっちゃと占っちゃおうか。独り身はつれーなー!
って、あれ? うーーーん? 水晶玉がめちゃくちゃ濁って見える。
「あのーーー。つかぬことをお伺いしますが。どちらか浮気してませんかね?」
あっ、大当たりだ。男の目が思い切り泳いでやがる。
これ以上、占いを続けると、とんでもないことになるんじゃないかなー。
まあ、いいや。自分のことじゃないし。
では、次にタロットを取り出しまして……。ゆっくりとテーブルの上でシャッフルしましてと……。
あっ、弾かれたカードが床に落ちてしまいましたわよ。……げっ。よりにもよって剣の10かよ!
指先が震えてかなわん。いかん。これはさすがにヤバイな。
彼氏くん。これ、彼女にブスッと刺されちゃいますね?
このカードの絵のように10本の剣でめった刺しコースかな?
いやいや……。刃傷沙汰に巻き込まれるのは勘弁だっぞい!
「ちょっとおまちくださいね! カードが暴れてまして!」
ちょっと待て。彼女がこっちを向いて、にっこりと微笑んでいるんじゃが。
浮気相手、私じゃないよ?
助けて、誰か! これ以上は無理だよ! 部室から逃げたい!
◆ ◆ ◆
ふぅーーー。刺されたくないがために適当なことを言ってしまった……。
本当に、やばい状況だった。殺す覚悟を目に宿してやがった……。
……しかしだ。嘘も方便。残酷な真実は誰も救われない!
良い言葉だ。
私は先ほどのバカップルが破局にならないように努めたのだ!
そうだ、そういうことにしておこう!
はっはっは! あーーー。つらいっす。
◆ ◆ ◆
さてと、そろそろ、次の客を部室に招こう。
「お入りください……」
部室のドアを開いて、ひとりの少年が入ってきた。彼はこの部屋の雰囲気にさぞ驚いているご様子。
そりゃそうだ。部室の壁一面に黒い布を張り巡らせている。さらには照明を落とせば、キラキラ光るビーズが夜空にまたたく星のように見えるだろう。
さらに、厳おごそかな雰囲気を高めるために部室のエアコンの設定は冷房16度だ。足が冷えてたまらん!
そんな私の状態など気にする余裕もないのだろう。目の前の少年が記入カードに名前を一生懸命、書いている。
ふむふむ。少年の名前は『相田翔太郎』。
「ひとりでこられたということは、自分の将来についてですか?」
少年がかわいらしくふるふると頭を振っている。
ふむ。なかなか好みだな、こいつ。
幼さが残る雰囲気ゆえに食指が進まない感じであったが、これはこれでありな気がする。
育ちが良いのか、ふわっとしたおぼっちゃんカットの毛が羽のよう軽い。良く見れば目や鼻、そして唇の形とバランスが良い。
まだまだ男らしさが足りぬというところだが、これは30歳を過ぎる頃には、かなりの男前になるに違いないな。
「あの、上の名前しかちゃんとわからないんですが、それでもいいですか?」
「ああ、かまいませんわよ。私は霊感占いも出来ますので」
「そ、そうですか! では、相性占いをお願いします!」
少年は嬉しそうだ。学生だぞ。誰が好き好んで金運とか健康運など占ってもらおうというのだ、そんなことより、気になる異性のことだろう。
って、ちょっと待ちたまえ。お相手の名前を書く欄のところに片仮名で『ホンダ』とか書いてるぞ?
おいおいおーーーい! そんなベタな展開、あるわけないだろー! ホンダ違いに決まってるだろーーー!
まあ、とりあえずカマはかけておいて損は無いな。
「下の名前はわからないのですか?」
「その、その。そのこ?」
まじかよーーー! 私じゃねーかーーー!
「では、そのように名前を書いてください」
「はい。ホンダソノコと……」
うわーーー。照れてきたーーー! これ、ちゃんと占いできっかなーーー!?
いや、待て。落ち着け、私。もしかしたら同姓同名のヲチだってある。誕生日で探りを入れろ!
「お相手の誕生日ですか? ぼくの2学年上ですので、たぶん、生まれ年は2007年か8年だと思うんです」
大当たりきたよ、こんちくしょーーー!
同学年で同姓同名いねーーーよ!
「わかりました。では、占ってしんぜましょう。こころを落ち着けて、お相手の姿をくっきりと頭の中へ思い浮かべてください」
「わかりました。ちょっと待ってください。えーと、えーと、えーと、うん。ホンダさんはこんな感じだ」
ちくしょーーー! どんだけ頭の中で美化されてんだよ!
私はこんなにキラキラしてねーよ!
占いヲタクだっつーーーの! 今、目の前にいるのがホンダソノコだっつうの!
「えーーー。少々、お待ちくださいね? あまりにもキラキラしすぎて、もらっちゃいました」
「すみません! ソノコさんはぼくにとっての女神なんです! つい、その姿をありありと思い浮かべてしまって……」
下の名前で呼ぶなっ! 照れるだろうがよっ!
せめて、最初は上の方だ! ばっきゃろーーー!
あかん。頭がくらくらしてきた。変に霊感占いなんかするもんじゃない……。
イメージにあてられた時のダメージがでかすぎる……。
「ごほん……。えーーー、それではさっそくですが、相性占いを行ないますわね。水晶玉占いとタロット占い、どちらが良いですか?」
「タロットのほうでお願いします!」
本当に行儀良いな、この少年。ペコリとお辞儀してきたぞ?
だいたいの男は当たるのかよ? って疑ったうえで、さらに舐めた態度してくるんだが……。
まあ、いいか。さっそくテーブルの上でタロットをかき混ぜましてと。
まぜまぜ、まぜまぜ。あっ、カードが床に落ちた……。
ちょっと待って? ねえ? なんで当たり前のように『恋人』なんですかね?
私、翔太郎くんと初対面だよね? 彼とのドラマチックなイベント、いつ起きてたんですかね!? 記憶にございませんわよ!?
「少々、お待ちくださいね?」
いかん。落ち着け私。まずはカードを拾え。そして、恋人のカードを山の中に隠せ。それとなくだ!
占いはイメージが大切なのだ。恋人に引っかかったら、イメージがずっとまとわりつくんだ。
はい、落ち着け。
ほら、落ち着きなさい? 胸の高鳴りがおさまりませんわよ? 耳まで赤くなってきたのを自覚できますわよ?
「お待たせしました。出たカードは、星、恋人、法王。最後に、新たな門出の象徴となる愚者ですね」
もう観念した。何をどうやっても、恋人のイメージから脱却できない。
さよなら、占い師としての矜持。初めまして、まったく交流のない私の旦那様。
「夜空にまたたく星のように素敵な出会いをした2人はやがて、情熱的な恋愛を始めるでしょう。もしかすると、そのまま結婚まで進むかもしれませんね」
「そ、そんな。ソノコさんとそこまでは何も。でも、勇気が出ました! 明日、告白してみようと思います!」
「では頑張ってくださいね。彼女は大人の男性が好みですわよ」
「努力します! ありがとうございました!」
翔太郎くんがにこにこ笑顔で部室から出ていく……。
明日の放課後、校舎裏で待ってるからーーー!
……って。あーーー。いらんこと言った。すでに見えていたのに。ほっといても30前半にはモテモテ確定のナイスミドルになるのは。
なのに、それが24歳を過ぎたころに早まってしまった、私の余計なひとことで。
「光源氏じゃねーんだからさあ! やだなあ。これから先、ずっと浮気されないか心配しなきゃならないなんてなーーー!」