目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第27話 突入

 ブラックゲートを見てオレは足がすくんだ。そして、ブラックゲートに向かおうとしているハンター達の背中に死の影がかかっているのが垣間見えてしまった。

 まずい、止めなければ確実に彼等は死ぬ。千呪を経験したオレ達には分かるのだ。これは普通の人間が太刀打ちできる存在ではないことに。オレ達が千呪に勝てたのはチュートリアルだったからに他ならない。千呪はオレ達が勝てるようにギリギリのラインで攻めてきて、時には攻略のヒントを与えてくれた。使用したスキルも即死系のものはなく、本来ならば間違いなく初見殺しでオレ達は全滅していただろう。


「ちょっと待っ……!」


 レラが声を上げそうになるも、オレは慌ててレラの口を押えた。


「言うな、レラ」


「どうしてですか⁉ 早く止めないとあの人たち、死んじゃいますよ⁉」


 オレはただ静かに首を横に振る。


「オレみたいな底辺ハンターやレラみたいな子供が何を言っても、彼等は絶対に耳を貸さないだろう。それに、どの道、ブラックゲートを攻略しないと人類が絶滅する程の脅威がこちらの世界にやって来てしまう。どっちみち、オレ達に選択の余地は無いんだ」


「そんな……」


 レラは悲し気な瞳でブラックゲートに向かうハンター達を見る。


「おい、そこのおっさん、遊んでいないで周囲の警戒をしろよ!」


 重装備を施した、恐らくはタンカー役であろう若いハンターがオレに向かって怒声を張り上げて来た。


「すみません、今行きます」


 オレは愛想笑いを浮かべながら若いハンターに何度もへこへこと頭を下げた。


「ケッ、情けねえおっさん」


 若いハンターがそう吐き捨てるように言うと、仲間らしき魔法クラス系ハンターが嘲笑を浮かべながら彼にそっと耳打ちした。


「あのおっさん、例の最弱最底辺の回復術師だぜ?」


「何の働きもせずに魂魄石だけはきっちり持っていくっていうあの? 何であんなんがここにいるんだよ!」


 若いタンカーは隠そうともせず悪意を吐き洩らした。


「仕方ねえよ。一応、手のすいている全ハンターに招集がかかっているクエストだからな。でも、あんなんでもオレ達と同じ報酬が与えられるとかって、納得はいかねえわな」


「ああ、ここでグールにでも食われて死んじまえばいいのに。本当、生きているだけで迷惑な奴だ」


 二人の若いハンターはそう言って鼻で笑うと、侮蔑塗れの冷ややかな視線を残して立ち去って行った。


「師匠、ボク、今の奴らをちょっとしばいてきますね」


 レラは怒りに顔を引きつらせながら、ハアア、と口から煙の様なものを吐いた。全身から真っ赤なオーラが立ち上っているように見えた。


「レラ、オレは気にしないから止めておきなさい」


「でも! 今のはあんまりですよ⁉」


「でも事実だ。確かに気分は良くないけれども、今は同じ人間同士が争っている場合じゃない」


「ああ、もう! 本当は師匠が人を生き返らせることも世界を滅ぼせる力を持っている凄い人だって叫びたいです!」


「止めろ。それだけは絶対に止めて。役立たずと思われるのは慣れているけれども、変人と思われるのはちょっときついから」


 真面目に止してちょうだい、レラさん。例えそれが事実だとしても、信じる奴は一人もいないからね。

 でも、信じられた方が色々とやばいんだよね。そうなると、オレの最弱最底辺の肩書はいい隠れ蓑になるな。誰も、オレが世界を滅ぼせる力を持っているだなんて信じるわけもないのだから。


「よし、行くぞ! 皆は吉報を待っていてくれ!」


 1人の屈強そうな若いハンターがそう叫ぶと、周囲にいたハンター達もそれに応えるかのように各々の得物を掲げながら「おおおお!」と声を張り上げた。それに呼応しなかったのは、オレとレラの二人だけ。恐らく、危機感を抱いているのはオレ達だけだろう。


 もしかしたら、オレはとんでもない罪人なのかもしれない。危険があると分かっているのに何も告げずに彼等を死地に送ってしまったのだから。


「何人生き残るかな……?」


 オレはぼそりと呟いた。

 その時、心の中から声が響いてきた。


『主様は行かれないのですか?』


 聞こえてきたのは千呪の声だった。千呪が喋るとそれに反応するかのように右手にある霊子結晶が明滅した。


「千呪か? 良かった、お前に聞きたいことがある。このブラックゲートは何なんだ? オレは召喚しちゃいないぞ?」


『ああ、そのことですか。恐らく、別の禁術師がチュートリアルブラックゲートを召喚したのでしょう』


「え? オレの他にも禁術師がいるのか?」


『その問いに答えるには私の支配レベルを上げてもらわなければなりません』


「それはどうやって? 魂魄石ならたんまりあるぞ?」


『支配レベルを2に上げるにはSP〈ソウルポイント〉を30Pほど捧げてくださいましな。ちなみに1Pにつき主様の寿命一年分に相当致します』


 レベルを一つ上げるだけで30年分の寿命が必要だって⁉ 冗談じゃない。そんなことをしていたら、オレは今日にも死んでしまうぞ。


『主様、何もご自身のSPを捧げる必要はございません。魂魄石で固有スキルの解放をなさってみてください』


「固有スキルの解放だって?」


 オレは霊子結晶を開いた。


『一番上に固有スキル解放の項目がございますでしょう? タップしてみてくださいましな』


 千呪に言われるがまま、オレは一番上の『???』の部分をタップする。

 タップすると、『固有スキルを解放致しますか?』のメッセージ画面が現れる。

 オレは迷わず『YES』をタップした。

 すると、ステータス画面に『必要魂魄石100万』の表示が現れる。


「オレ、自分の持っている魂魄石の量が分からないんだよな。何しろ表示されないから」


 そう思って何気なく魂魄石の総量の表示を見てみると、そこには驚くべき数字が表示されていた。


『現在保有魂魄石1億』と。


「1億だって⁉」


 オレは思わず叫びそうになり、慌てて口を両手で押さえた。

 確かに、オレはレベルがカンストしてから魂魄石の表示が『???』になってしまい、今までその総量が分からなかった。

 でも、まさか1憶もあるだなんて予想もしなかった。

 確かゴブリン一匹倒して、ようやく魂魄石が10増える程度だったはず。流石にここまで貯めた覚えはないぞ。

 その辺の詮索は後回しだ。とにかく今は固有スキルを解放してみよう。

 オレは100万の魂魄石を使用して固有スキルを解放する。

 すると、そこには『魂食い』のスキル名が表示された。


「これは?」


『それは禁術師特有の固有スキルですわ。その名の通り、他者の魂を取り込むスキル』


 なんだって⁉ オレは口を両手で押さえながら心の裡で叫んだ。

 それって普通にやばいスキルじゃないか。そんなもの、使う訳にはいかないぞ。


『禁術師がレベルを上げるにはレベルドレインを。他のスキルを上げるには魂食いを使わなくてはお強くはなれません。覚悟が決まったら御知らせくださいまし。私がお手伝い致しますので』


「手伝うって、どういうことだ?」


『魂は何も生者からではなく、死者からも吸い出すことが出来ます。死者の魂を吸収する際には、私が呪いによって魂を固定して吸収率をアップして差し上げます』


 いや、どっちみち死者であろうとも魂を吸い取るつもりはないからな。


「了解だ、千呪。多分、絶対にお願いすることはないから、今の話は聞かなかったことにする」


 オレは霊子結晶をオフにする。


『あら? 他の固有スキルは解放致しませんの?』


「これ以上、ストレスの原因を増やしたくないからな」


 それに、もし万が一、魅力的なスキルが現れた場合、その誘惑に負けるかもしれない自分がいて怖いと思った。


「もう一つだけ聞かせてもらいたい」


『はい、機密事項に触れないことならなんでも』


「このブラックゲートはどの程度やばいんだ?」


 すると、オレの質問に千呪は冷笑で返してきた。少し呆れた声色が返ってくる。


『やばくないブラックゲートなど存在致しませんわよ。中に封じられている黒き魔人は、どれもが人類を滅亡させることが可能ですので』


 オレはありがとう、とだけ返して千呪との通話を切った。念じるだけで会話出来るなんて便利な機能がついているものだ、とオレは右手の霊子結晶を見つめた。同時に深い絶望感を再確認してしまった。やっぱりか。もうどうすることも出来ないのかもしれないな。


「右前方、国道方面からグールの群れが現れたぞ!」


 誰かがそう叫び、オレ達は臨戦態勢に入った。

 もしかしたら、今、ブラックゲートの中に入っていった奴らが黒き魔人を倒してくれるかもしれない。そうすれば、オレの心配も杞憂に終わるだろう。

 それから、30分の間、オレ達は四回のグールの群れとの小競り合いを終えた。現れる数こそ少なかったが、出現する間隔が短くなっているように思えた。このままでは汚染地区全てのグールがここに引き寄せられるのも時間の問題に思われた。

 まだ回復術師の出番は回ってこない。戦況は良い感じだ。このままもう少し粘れば、ブラックゲートは攻略されるかもしれない。

 いつ、門が開かれるかと思っていた矢先にその瞬間は訪れた。

 突然、静かにゲートが開かれて、中から人影が現れたのだ。


「やった! 攻略したぞ!」


 と、誰かが喜びの声を上げると、それに反応して歓声が沸き立った。

 良かった、これで帰れるぞ。オレの心配が杞憂に終わったと思われた瞬間、オレ達は一瞬で絶望の淵に叩き落された。

 中から出てきたのは皆に指示をしていたB級ハンターであった。

 彼は右腕を失い、左わき腹は食いちぎられた跡が残されていた。全身は血塗れ。ハンターでなければ即死の状態であっただろう。


「ダメだ……逃げろ」


 そう呟きながら、彼は静かに地面に倒れた。

 近くにいたハンターが慌てて駆け寄る。


「誰か! 早くヒールを!」


 オレは咄嗟に身体が動いていた。

 血塗れで倒れるB級ハンターの傍に駆け寄り、ヒールをかけようとする。

 だが、オレは魔法を発動しなかった。


「ダメだ。完全に死んでいるよ」


 オレは静かに死亡宣告をした。

 たちまち周囲から活気が消滅し、代わりに冷たく重い空気が張り詰めた。

 改めて死亡したB級ハンターの状態を確認する。鋼鉄の鎧ごと左わき腹が食いちぎられていて内臓がはみ出ていた。右腕も猛獣にでも噛み千切られたかのように鋭い歯型が残されていた。この傷ではどの道、A級ヒーラーの回復魔法をもってしても助けることは出来なかっただろう。ここまで来られたのは執念のたまものだったのかもしれない。外にこの絶望的な状況を知らせるために、彼は命を振り絞ってここまで戻って来たのだ。


「まさか、B級とC級のハンターが全滅したのか? たかだか小鬼級の魔王門〈ゲート〉で?」


 誰かが恐怖に引きつった声を洩らした瞬間、恐怖が全体に伝染した。


「逃げろ! もうだめだ。ダンジョンブレイクが起こるぞ!」


 その悲鳴が決定打だった。たちまち討伐部隊は崩壊し、我先にと一人、また一人と逃走を始めたのだ。


「待ってくれ、皆! オレ達が何とかしないと人類が絶滅してしまうかもしれないんだ。お願いだから戻って来てくれ!」


 オレは必死に逃走するハンター達の背中に向かって叫んだ。

 しかし、オレの言葉は誰の耳にも届かなかった。皆、逃げることに必死で、振り返ろうとする者は存在しなかった。


「師匠、ああなったら何を言っても無理だよ。むしろいなくなってくれた方が足手まといがいなくなって助かるよ」


 さっき、オレが言われたようなことをレラは憤慨した様子で呟いた。


「昔、今みたいにパーティーが崩壊しちゃって、一度ダンジョンに置き去りにされたことがあるんだ」


「うお! レラも色々と苦労して来たんだな」


「結局、ボスモンスターはボク一人で倒したんだけど、逃げた仲間は皆死んじゃってた。それからかな。ギルドに入っても、ほとんどソロでダンジョン攻略するようになったのは」


 うーん、相変わらず凄い話を聞かせてくれるものだ、とオレはため息が漏れた。もしかしたら、レラはS級ハンターの素質があるかもしれないぞ。でも、国内に存在する12名のS級ハンターの中にレラの名前は無いんだよな。

 まあ、今はそんなことどうでもいいか。オレにはやらねばならないことが出来た。


「レラ、お前はここで待機していてくれ」


「まさか一人でブラックゲートに入るつもりですか⁉ ボクも行きます!」


「いや、あまりにも危険だ。ここは千呪とオレとだけで行ってくる」


 そう言って、オレは右手の霊子結晶を起動させる。


「SP〈ソウルポイント〉を消費して千呪を召喚せよ」


 オレの言葉に反応し、霊子結晶から瘴気の塊が噴き出すと、それは人の形となって千呪の姿になった。


「千呪、お願いだ。オレと一緒に戦ってくれないか?」


「主様はただ一言命じてくださればよろしいんですのよ。敵を殲滅せよ、と」


「いいや、オレは命令はしない。お願いをするだけだ。だって、命令は拒否することは出来ても、友達からのお願いは断れないだろう?」


「友達、ですの?」


 千呪は目をパチパチとさせ、きょとんとした顔を見せた。


「同じ釜の飯を食った者同士、もう仲間だ。いや、オレは友達だと思っているよ」


 オレは先程、三人で食べた塩むすびの味を思い出す。そう言えば、誰かと一緒の食事なんてずいぶん久しぶりだと思った。そして、さっきオレは一個しか食べられなかったので、そろそろ腹が空き始めて来たぞ。


「ふふ、変わった主様ですこと。いいですわ。その願い、聞き届けましたわ」


「ああ! ずっこい! 師匠、やっぱりボクも行きます! ダメって言っても、勝手について行きますからね!」


 はて? なにがずっこいのであろうか?


「危険な目にあうかもしれないんだぞ?」


 もう二度と、オレはレラをあんな危険な目にあわせたくないと思った。今でもレラが死にかけた時の光景が目に焼き付いて離れない。そして、何も出来なかった不甲斐ない自分が情けなくも惨めに思えてならなかった。


「それに、師匠、さっき言ったじゃないですか。お前のことはオレが一生責任をもって守ってやるって」


 レラは頬を染め、黒くて大きな瞳を輝かせながらオレに呟いた。


「いや、そこまで言った覚えはないぞ?」


 守ってやる、とは言ったがな。まあ、レラを守れる奴なんて、世界広しと言えどもS級ハンターくらいなものだろうな。


「細かいことは言いっこなし。さ、気合を入れてブラックゲートを攻略しちゃいますよ!」


 まあ、やっぱりこうなるよな。レラを危険にさらしたくないという思いと、一緒について来てくれてホッとしている自分がいた。


「主様、そろそろダンジョンブレイクの兆候が見えますわ。一刻の猶予もないかと」


「うお! せっかくやる気になったのに、攻略前に破滅するなんて御免だな。さ、とっとと行くか。レラ、よろしく頼むぞ」


「はい、師匠! 師匠はボクが守りますから、師匠はボクを守ってくださいね!」


 オレは了解、とだけ答えてブラックゲートを見据えた。


「さあ、行くぞ」


 まさか一日に二度もこんな危険な魔王門〈ゲート〉を攻略することになろうとは想像もしなかった。

 そうして、オレ達はブラックゲートの内部に足を踏み入れた。


「これは……⁉」


 ブラックゲートの内部に足を踏み入れた瞬間、オレ達は凄惨な光景を目の当たりにした。

 恐らくは先程ブラックゲートに入ったハンター達の成れの果てが、そこには散乱していた。

 もはや人間の原型をとどめていない肉片が周囲に散乱している光景だった。オレも今まで様々な修羅場を潜って来たつもりだったが、ここまで凄惨な状況は初めてだった。

 B級ハンターをここまで無惨に殺せる相手。改めて敵の強大さを目の当たりにし、オレの心は恐怖に凍てついた。


 やっぱりあいつらと一緒に逃げるんだったかな?


 などと、そんな思いが脳裏を過った。でも、隣にいる愛弟子のことを思い浮かべるだけで、そんな恐怖は何処かに消え失せてしまった。

 最悪、レラだけでもこの場から逃がすことが出来ればそれでいい。

 世界の命運などよりも、オレは愛弟子一人の心配をするのであった。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?