村に戻った私達を待ち構えていたのは村を挙げての盛大な宴と狐につままれたように呆気に取られているベルさん達の姿だった。
私達は村に戻る途中、複数の人の気配に遭遇した。それは村長率いる大勢の村人達で、突然瘴気が晴れたことに驚き、慌てて私達の元に駆けつけたのだという。村人達は私達の姿を見つけると、膝をつき首を垂れて来た。
「村を御救いくださり、感謝御礼申し上げます! 聖女ミア様!」
と、村人達は私に感謝の言葉を述べてきたのだ。
私を見つめる彼等の瞳から憎悪の念はおろか蔑みも怯えの色も消え失せ、代わりに友愛の色が浮かんでいた。
「その様子だと村の瘴気も浄化されたようだな」
ルークがそう言うと、村長は興奮気味に語り始めた。
先刻まで村を覆っていた瘴気は晴れ、突然空から陽の光が差して来た。老齢の村長さんですら生まれて初めての出来事だったらしく、村人達は歓喜のあまりむせび泣いたのだという。そして私の言葉を思い出し、居てもたってもいられず駆けつけた、ということだった。
私が放った最上位浄化魔法の
「聖女様、先程はご無礼致しました。そのお詫びというわけではございませぬが、村で宴の準備を致しております」
「そんな悪いですよ⁉ 村だって魔物に襲われた直後で大変な状況ですのに」
魔王であるルークですら生活を切り詰めているほどなのに、辺境にある農村ならなおさら貧しいはず。とても余所者の私を歓待する余裕なんてあるとは思えなかった。
私は何度も丁重にお断りの言葉を述べるが、それでも村長さんは食い下がって来た。
「いいえ、だからこそお二人には宴にご参加願いたいのです。村を活気づける為にも、どうかお礼をさせていただきたい。この通りですじゃ」
私が答えに窮していると、ルークが代わりに村長さんに返事をしてくれた。
「村長、喜んで申し出を受けるとしよう」
「ルーク、でも……」
「ここは素直に甘えておこう。断るのも無粋というものだし、喜びは皆で分かち合うものだ。それに、村の者達もミアに礼をしたくてたまらんのだろう。お前はそれだけのことを成し遂げたんだ。胸を張って歓待されるといい」
結局、ルークのその一押しに私も根負けし村長さん達の好意に甘えることになった。
そして、ちょうど宴が始まった頃、ベルさんが大勢の兵士を連れて駆けつけてきた。
「ルーク様、これは何が起こったのですか⁉」
ベルさんは赤毛を逆立てながら驚いた様子でルークに駆け寄った。
「ベルか。見ての通りだ。ミアが瘴気を浄化したのだ」
「ミア様が⁉ それは真ですか……⁉」
ベルさんは私に振り向くと両目を見開きながら片手で丸眼鏡をクイッと上げた。
「はい。瘴気が噴き出していた沼地を魔物もろとも浄化することに成功致しました。これでこの一帯に瘴気が蔓延することは二度と無いでしょう」
「な、なんと……⁉」
ベルさんは口を開いて固まり、その後ろにいた多くの兵士達も同様に身体を固まらせていた。
「よもや常闇の我が国に光が差す日が来ようとは……」
そう呟いた瞬間、ベルさんは私の前で膝をつき首を垂れた。それと同時に、背後にいた全ての兵士も膝をつき首を垂れて来る。
私は突然の事態に慌てふためいてしまった。
「ミア様……いえ、聖女ミア様、貴女様こそ我が夜の国の希望の灯。心からの深い感謝を申し上げます……!」
ベルさんは瞳を潤ませながら私を見上げてくる。
「おいおい、ベル。我が国の宰相ともあろう者が気安く人前で涙を見せるな」
「へ⁉ ベルさんって宰相様だったんですか⁉」
私、てっきりベルさんは執事さんだとばかり思っていたのに。
「はい、私は宰相兼執事長を務めております。何分夜の国は貧しく、誰もが幾つも役職を兼ねておりますので。ちなみに私、料理長も兼業しております」
それは二度ビックリだった。それよりも仮にも一国の宰相様を相手に私ったら何て失礼な態度を取ってしまったんだろうか。
私は慌ててベルさんに首を垂れた。
「し、失礼いたしました! 私ったら宰相様に何て失礼な態度を……」
「はて? 特にそのような記憶はございませんが?」
ベルさんは片手で丸眼鏡を持ち上げると、目を丸くさせながらそう返して来た。
「ミア、ベルはベルだ。役職はただの肩書に過ぎぬ。ミアの国ではどうかは知らぬが、夜の国では皆家族同然。王と民との身分はあれど、上下関係は無いに等しい。あまり堅苦しく考えなくていいぞ」
ルークの言葉に、私は愕然となった。身分はあるけれども上下関係は無いに等しくて皆家族同然の関係。何もかもが私の国とは違っていた。私の故国であるライセ神聖王国では身分は絶対だった。平民は貴族に逆らうことは出来なかったし、その貴族も王族には絶対服従していた。身分が絶対的な社会で家族という意識は希薄だったと思う。
夜の国とは何て暖かい場所なんだろうか? 何故、こんなにも素晴らしい獣人種族と私の故国は、人間は争い合ったのだろうか?
私はもっと夜の国を、獣人達のことを知りたいと思う様になった。
「ねえ、ルーク。私、もっと夜の国を、皆のことを知りたい。教えてくれる?」
「ああ、もちろんだ。今日は祝いだ。夜通し語り尽くそうではないか」
「ふふ、それは楽しみね。夜の国のグルメを堪能しながらお話を聞かせてね?」
すると、ベルさんの瞳がキラリと光り輝いた。
「ルーク様、そうなりますと食材が心もとないように思えます。ここは一つ、狩りに行ってはどうでしょうか?」
「そうだな。ミアにもアレを食べさせてやりたいと思っていたところだ。ベル、早速兵士を引き連れ狩りに向かうぞ!」
ルークがそう言うと、兵士達は意気揚々と「えいえいおう!」と叫んだ。
「ねえ、ルーク。何を狩りに行くの?」
私は胸をワクワクさせながらルークに訊ねた。
「夜の国のご馳走と言えば一つしかない。ドラゴンの丸焼きだ!」
「ええ⁉ ど、ドラゴンですって⁉」
私は思わずドラゴンが丸焼きにされている光景を想像し、驚きの声を張り上げてしまった。
「何だ、ミアも好物だったのか⁉ それなら期待して待っているがいい。夜の国のドラゴンの肉は霜降りで脂の乗りも良く絶品だからな!」
い、いえ、そうじゃなくって⁉ 私の国ではモンスターを食べる習慣は無いのよ⁉
そう言いたかったけれども、ルーク達の瞳が嬉しそうにキラキラ輝いているのを見た瞬間、とてもじゃないけれどもそんなことは口に出すことは出来なかった。
「ドラゴンの丸焼き⁉ やった、今日はご馳走だ!」
近くにいた子供達が口々にそう叫んだ。
こうなっては私も引くに引けなくなってしまった。
「う、うん、楽しみにしているね……!」
「任せておけ!」
そう言うルークの獣耳が嬉しそうにピンと立ち上がった。
結局、この日、祝いの宴は夜通し行われた。
宴のメインディッシュのドラゴンの丸焼きは宴を大いに盛り上げ、私は夜の国の食文化の知識を得ることに成功した。
夜の国の御馳走がモンスター料理であることを知り、私はただただ驚愕するのであった。