その日、ライセ神聖王国の王城に激震が走った。
深夜に響き渡る赤子の鳴き声。轟く雷鳴。豪雨が王国全土に降り注いだ。
国王バルカンは悪天候など気にせず、我が子の誕生の報せを聞き王妃の元にかけつけた。
バルカンが王妃の寝室に行くと赤ん坊の元気な泣き声が彼を出迎えた。
「おぉ…!女の子だ…!聖女が…聖女が生まれたぞ…!」
赤ん坊の髪の毛の色が聖なる力の象徴である白銀であることを確認したバルカンは思わず感嘆の声を洩らす。
バルカンは感激のあまり、その時、侍女達の顔が蒼白していることに気付かなかった。
しかし、赤ん坊の泣き声が一つではなく二つであることに気付いた瞬間、バルカンの顔が一気に引きつった。
赤ん坊は双子の姉妹だった。妹の髪の色も聖なる力の象徴たる白銀。
それが意味するものは祝福ではなく悪夢であった。
「双子……だと⁉」
その直後、王妃の断末魔の叫びが轟く。
「なんてこと……私は魔女を産んでしまった⁉」
愛する王妃の絶叫を前にしても、凍り付きただ茫然と立ち尽くすバルカン。
その時、雷鳴が轟く。
「なぜだ……なぜお前は生まれてきてしまったんだ……呪われし魔女めが!!」
バルカンは産まれたばかりの我が子に殺気を込めた鋭い眼光を放ちながら叫んだ。その視線の先にいたのは後にニーノと名付けられる双子姉妹の妹。
このすぐ後、バルカンの愛する王妃は絶望のあまり憤死する。それが彼の憎悪の歯車を加速させる結果となった。
双子の姉妹は自分達に訪れる悲惨な未来に気付くこともなく元気に泣き続けるのだった。
〈光の王国と呼ばれたライセ神聖王国では王家に銀髪の女児が生まれると、吉兆の印となり、いずれ聖女としての国に繁栄をもたらす〉
〈しかし、生まれた銀髪の女児が双子だった場合、その双子の妹は国を滅ぼす魔女になる、という言い伝えがあった〉
〈かつて存在した双子の聖女。双子の妹は夜の王国と手を組み、光の王国を滅ぼそうとした〉
〈それを双子の姉が防ぎ王国を守ったという〉
〈以来、光の王国では双子聖女が生まれると、妹は呪われた存在として、姉が聖女として覚醒するとともに処刑される習わしとなった〉
私の名はミア。この国のお姫様をやっている者だ。
お日様に照らされると宝石の様にキラキラと輝く白銀の髪は聖女の証、なのらしい。
聖女の実感は皆無だ。ただ生まれつき髪の色が白銀というだけで貴女は聖女様です! 何と麗しく神々しい雰囲気を醸し出しているのでしょう、とかって周りからチヤホヤされようとも私は私。ミア以上でもそれ以下でもない。
私はいつもの様にランチボックスを持ち、とある場所に急いでいた。
お城の人達に見つかると色々と面倒なので、いつものように人気のない場所と秘密の裏道から目的地に急いでいた。
目的の場所とはお城の庭園近くにある地下室。
そこは封印の間とも呼ばれる地下牢だ。
地下牢の前には衛兵が二人見張りに立っている。一人は老練の衛兵ガレンさん。もう一人は新人衛兵のリック君。
私は周囲に人の気配が無いことを確認すると、声は出さず二人に向かって手を振る。
すると、私に気付いた二人がニコッと微笑みながら手を振り返して来るのが見えた。
私は小走りで二人に近寄ると、ニコッと笑顔で返しながら二人に話しかけた。
「ガレンさん、リック君。お勤めご苦労様です」
リック君はほんのり頬を赤く染めると、いつもの様にビシッと直立不動の姿勢で私に敬礼をする。
「いえ、聖女様! これが自分の任務ですので!」
「こら、リック。ワシたちは何も見ていないし何も聞いていないんじゃぞ? 空気に向かって敬礼などするんじゃない」
ガレンさんは白く伸びた顎髭を弄びながら、ほっほっほと柔らかい笑みを浮かべた。
「おっと、そうでした。オレ達の横を誰が通り過ぎようともそれは空気ですので、何の問題もありませんよね?」
リック君はそう言って私に屈託のない笑顔を向けて来る。彼は赤毛で年齢よりも少し子供っぽく見えた。今年18歳になる私より2個も年上で既に成人しているようには思えなかった。
「二人とも、いつもありがとうございます」
私は軽く会釈すると、そのまま地下牢の門を通り階段を降りて行った。
本来ならば例え王族といえども地下牢に立ち入ることは許されない。いつも私の我がままを聞いてくれる二人には感謝しなくてはならないだろう。彼等の協力が無ければ私はこのランチボックスをあの娘の元に届ける手段を失ってしまうからだ。いつかガレンさんとリック君には恩返しをしなければならないな。
私はそんなことを考えながら薄暗い地下牢を進んでいった。
しばらく歩くと奥の方からぼんやりと小さな柑子色の明かりが見えてくる。
柑子色の明かりのする牢の前に辿り着くと、私は二人に借りていた鍵を使い鉄格子の扉を開けて中に入った。
牢の中には頭部全体を覆い隠す程の鉄仮面を被りボロを身に纏った一人の少女の姿があった。
彼女の名はニーノ。私の最愛の妹。彼女は冷たそうな石畳の上に座りながらわずかな蠟燭の明かりで本を読んでいる最中だった。余程夢中になっているのか私が来たことにも気付かず本とにらめっこしていた。それはこの間、私が貸してあげた勇者とお姫様の恋愛小説だ。
「ニーノ、お待たせ。ランチにしましょう」
「ひゃあ⁉ み、ミアお姉さま、いつの間に⁉」
ニーノは酷く慌てた様子で驚きの声を張り上げた。地下牢内にニーノの声が木霊する。
「ニーノがムホホホホって鼻の下を伸ばしていた辺りかしら?」
私は意地悪っぽく目を細めながら言った。
「ええ、嘘⁉ 私、鼻の下なんか伸ばしていないもん! ミアお姉さまの意地悪!」
鉄仮面越しでもニーノの表情が手に取るように分かる。きっとニーノは恥ずかしそうに頬を染めながら頬を膨らませ不貞腐れた表情を浮かべているに違いない。
「嘘よ。さあ、ニーノ。お腹が減ったでしょう? 一緒にランチにしましょう」
私は石畳の上に座るとランチボックスを前に差し出す。
すると、ニーノは何かに気付いたかのようにクンクンとランチボックスに顔を向け匂いを嗅ぎだした。
「この香ばしい匂い……もしかして私の大好物のアップルパイ⁉」
先程の不貞腐れた様子は何処へやら、ニーノは嬉しそうな声色を張り上げた。やはり鉄仮面越しでもニーノの表情が手に取るように分かる。きっと今のニーノは口から涎を垂らしながら瞳を輝かせていることだろう。
「ええ、そうよ。リンゴが手に入ったからジャムを作ってアップルパイにしたの」
「やった! だからミアお姉様大好き!」
ニーノは子供の様にはしゃぎながら私に抱き着いて来る。
頭に被っている鉄仮面の感触を胸に感じながら、私は込み上げてくる理不尽な怒りを堪えるかのようにキュッと下唇を噛みしめた。
どうしてこんな理不尽がまかり通るんだろうか?
ニーノは何か罪を犯したわけでも、落ち度があってこの忌まわしい鉄仮面を被せられ地下牢に幽閉されたわけではない。
ただ私の妹として生まれたというだけの理由で生まれながらこの薄暗い地下牢に幽閉され続けてきた。
私は無邪気な様子でアップルパイを頬張るニーノの姿を見て思わず嗚咽を洩らしそうになる。
〈ニーノ、私の愛おしい妹。この娘は幼い頃からこの地下牢に幽閉され続けている。しかも、その顔におぞましい鉄仮面を被せられて〉
私は鉄仮面越しにニーノの頭を撫でてやる。
「沢山作って来たからいっぱい食べてね」
絶対にニーノを救って見せるわ。密かに私はそう心に誓った。