アリエッタ嬢は続ける。
「ですから、私にはマフィット嬢を虐める意味が無いのです」
「どういうことだ!」
殿下は更に大声を上げる。
その声のせいだろうか、後の彼女の表情が微妙に歪んでいることに。
「私は殿下の婚約者として、王太子妃教育の傍ら、殿下御自身の行動もよく観察する様に致してきました。二年の時までは、何事も起こりませんでした。そして殿下ご自身も自らを律して、勉学に励みお体を鍛え、お世継ぎとしてやはり相応しい方だと思っておりました」
「過去形か? はっ!」
「私が王宮に参上した際にはエスコートもしてくださいましたし、お茶会も楽しゅうございました。ですがどうです? この一年というもの。殿下の成績は急激に落ち、剣や護身術の稽古のお忘れになり、体型も微妙にお崩れになって。手紙の文字も最近は震えてらっしゃいます。正直、何があったのか、と私は当初心配でございました。ですが、その方が、マフィット嬢がいらしてから本当に忘れてしまった様ですね」
「忘れた? 何をだ」
「殿下、私の誕生日はいつでしたか?」
「誕生日?」
「毎年花を贈っていただきましたわ。殿下のカードつきで。ドレスでも宝石でもなく。私は無理にそこにお金を費やすのは上策ではないと思っております。そう殿下にも申し上げました。ですが今年の私の誕生日に贈られてきたのは、そのドレスと宝石でした。殿下はお忘れになってしまったのですね。カードの筆跡も元の殿下のものでした。変わられてからのものではございませんでした。どなたか身代わりの方が同じ筆跡で書かれたのでしょう。そしてそれは、私だけではありませんわ」
つ、と取り巻きの婚約者達が舞台に現れる。
「私もそうですわ。私もアリエッタ様にならって花を、と申しました。ところが今年はドレスと帽子でした。趣味があるからそれは止めて欲しいと言ったはずです」
私も、私も、と婚約者達は口々にそれぞれの相手に対して詰め寄る。
「私達はただ、観察していただけです。私は殿下に相応しくあろうと思いました。でもその一方で、殿下がその地位に相応しくありつづけているのがどうか。ただそれだけです。虐める、という場合そこには嫉妬心があります。ですが、私には嫉妬はありません」
アリエッタ嬢はそう言い切った。
「先代の王太子殿下も、この様な形で婚約破棄をなさったということを、殿下、私達は以前王宮のお茶会で、国王王妃両陛下の元で聞いてきたのではありませんか。そして、無闇に近づいてくる下位貴族令嬢には気を付けよ、と」
「王宮で、だと?」
殿下の表情が少し変わる。
額を押さえる。
すると後のピンク頭がぎゅっ、と身体を更に押しつけた。
「記憶にない。そんなことを父上、母上がおっしゃった記憶は俺には無い!」
「いや、私は確かに言ったぞ、息子よ」
そのよく響く低い声。
アリエッタ嬢の表情がぱぁっと明るく輝いた。
言葉をつないでつないで、時間を引き延ばした甲斐があったというものだ。
「本当に、またピンク頭が居るのだな」
「ええ、確かそのせいで陛下の兄上の未来は無くなりましたわ。昔は優秀な方だったのに」
「ち、父上、母上……」
殿下は突然現れた両陛下の存在をなかなか認められない様だった。