バー
(これは、ちょっと)
困ったことになったと、デニー・ウィルソンは思った。
話しは少しさかのぼる。夜の八時頃、バーのカウンターでデニーは酒を飲んでいた。店の中には八人の客がいて、店主が、酒とつまみを作っていた。
店のドアが開き、三人の男が入って来た。
店主は、いらっしゃいませ、と声を上げたところで目を大きく見開いた。
三人の男達は銃を持っていた。
それに気づいた客が一人二人と騒ぎ出す。
「静かにしろ!」
一人の男が、手に持っていた散弾銃を壁に一発、天井に一発、ぶちこんだ。
静かに固まる。
「動くんじゃねぇぞ」
別の男が銃を構えながらにらみをきかせた。
三人は顔を目出し帽で隠し、鞄を持っていた。鞄のチャックには挟まった紙幣がのぞいていた。逃走中の銀行強盗なのだろうかと、デニーは思った。
ただ、銃を持った三人組の銀行強盗が入ってきたところで、デニーは困らない。壁に放った散弾銃の弾が二つほど、跳弾になってデニーの脇腹に突き刺さっていたが、これも別に困らない。
デニーは吸血鬼だ。
たまにバーに出て、人間だった頃のことを思い出し、酒の雰囲気を味わう。吸血鬼になったデニーにとって、酒はうまいとも感じないし、酔うこともないが、酒の雰囲気が何となく好きだった。
銃を持った強盗ぐらいで、夜の吸血鬼であるデニーが困ることはない。逆に、珍しいものが見れたと少しうれしいぐらいだった。
ところがだ。
「鞄を開けろ」
「いや、これは」
デニーから少し離れたところで酒を飲んでいた革のジャンパーを着た癖毛の男に強盗が、持っていた鞄を開けるように命じた。何か気になったのだろうか。
「わかった。開けるから撃つなよ。絶対に撃つなよ」
癖毛の男は、撃つなよと何度も念を押しながら、鞄のチャックをゆっくりと開いた。
中には、ワインボトルとショットガンが入っていた。あと、銃身の短い変な銃も入っていた。
「あ、ああ!?」
「てめぇ!」
強盗の一人が、癖毛の男に銃口を向けた。
「撃つなって!」
癖毛の男は鞄の中のショットガンを取りだし、床に転がった。強盗が一斉に引き金を引いた。癖毛の男がいた場所に向かって弾が飛んだ。
客の悲鳴が上がる。
「言っただろうが!」
癖毛の男は転がった姿勢のままショットガンを撃つ。強盗の腹に当たる。腹に一つ穴が空いている。散弾ではなく、スラッグ弾を使っているようだ。強盗は膝をついて、そのまま動かなくなった。
癖毛の男はテーブルを倒し、そのうしろに隠れた。撃ち合いになる。
強盗は浮き足立っているのか、狙いが上にそれている。癖毛の男は床を這いずりながら撃ち返す。強盗の一人の顔面に当たる。顔がへこんだように穴が空き、後頭部から血が噴き出す。脳みそもだ。
一人残った強盗は、柱の陰に隠れた。
デニーは椅子に座った姿勢のまま、その様子を観察していた。
癖毛の男は何者なのだろうか、鞄の中にショットガンを入れているとは、この男も、なにか犯罪に関わっている人間だろうか。ひょっとしたら、同じ銀行強盗なのだろうか、それとも、非番中の警官だろうか。スラッグ弾を使っているなら、猟師という線もあり得る。久々に山から下りて、バーに入った猟師が、たまたま強盗とかちあい銃撃戦になる。いいじゃないか、野生のハンターと都会のならず者とのぶつかりあい、いいじゃないか。銃弾が飛び交う中、デニーはそんなことを考えた。
癖毛の男は弾切れしたショットガンに弾を込めている。
それに気づいた強盗は柱の陰から身を乗り出し、癖毛の男にライフルで狙いを付けた。それに気づいた癖毛の男の目が恐怖に揺れる。
デニーは、テーブルの上のグラスを強盗に向かって軽く投げた。少しそれたが、魔力を使い、強盗の顔面に当たるように調整した。グラスは強盗の頬に当たる。軽く投げたとはいえ吸血鬼の力だ。グラスは割れ、強盗の男の頬骨にひびが入る。強盗の男は、ライフルの引き金を引いたが、弾は癖毛の男からそれた。
弾込めが終わった癖毛の男がショットガンの引き金を引く、銃弾は強盗の足をかすめた。強盗は柱の陰に隠れる。
癖毛の男は立ち上がりすばやく近づく。強盗がライフルを向けようとしたので、癖毛の男は引き金を引いた。強盗の胸に当たる。強盗は首を一度持ち上げ、すぐに動かなくなった。
ほっとした空気と、まだ終わってないという空気が混ざっていた。銃を持った癖毛の男がいるのだ。客と店主の目が癖毛の男に集中する。
「落ち着いてくれ、俺は警官だ」
癖毛の男は、ズボンの尻ポケットに入れていた身分証明書を出した。
吸血鬼対策課第九分室、エドワード・ノックス、とかかれていた。
(これは、ちょっと)
困ったことになったと、デニー・ウィルソンは思った。
吸血鬼対策課第九分室
次の日、午後を過ぎた時間に、エドワード・ノックスは第九分署に出勤した。
「大活躍だったそうじゃないの」
シャロン・ザヤットがエドワード・ノックスの肩を叩きながらいった。
「いやー、やばかったよ。まさか、強盗と鉢合わせするとは思っていなかったぜ。あいつら、撃つなって、いってるのに撃ってくるんだからよ」
エドワードは得意げな顔をしながら答えた。
「そりゃだめよ。強盗でしょ。撃つなっていわれたら、撃ちたくなるものよ」
「そんなもんなのか。強盗の気持ちなんてよくわからねぇからよ」
笑った。
「撃つなといわれると、引き金を意識してしまうからね」
第九分室の課長であるブライアン・フロストがいった。
「そういうもんなんですか。ま、実際撃たれちまいましたからね」
頭をかいた。
「でも、よく無事だったわね。三人居たんでしょ」
「危なかったよ。転がりながら引き金引いてよ。二人は何とかなったんだが、三人目がな。弾切れで弾を込めている最中に、ライフルで狙われた」
「どうやって切り抜けたの」
「バーの客に助けられた。カウンターに座っていた客が、持っていたグラスを強盗に投げつけた。そいつが見事に顔面にヒット、弾がそれた。後はズドンよ」
エドワードは銃を構える仕草をした。
「すごいわね。グラス投げてくれた人って、何者なの。スポーツ選手かしら」
「それが不思議なことに、いつの間にか消えちまったんだ。助けてくれたお礼を言おうとしたら、どこにも居ないんだ」
「それは、変な話ね」
「だろ、客は俺を含めて八人居たはずなんだ。強盗に気づいたときに客の数は数えていたから間違いない。ところがいつの間にか、七人に減っていた」
「普通に出て行ったんじゃないか。やましいことがあったか、めんどくさかったか、自分は関係ないからって、現場から抜け出す人間は居るからね」
「ただ、どうやって出て行ったのかわからないんですよ。出口は二カ所、バーの出入り口と、店の従業員用の裏口です。バーの出入り口近くには強盗の死体が転がってましたし、俺もその近くに居たんです。さすがに出て行こうとする客が居たら止めますよ。従業員用の裏口に行くためには、カウンターを乗り越えないとだめです、店長も居ましたし、そこも気づかれずに出て行くことは難しいです。他の客や店長に聞いても、店から出て行った客を誰も見ていないんです。どうやって出て行ったのかわからないんですよ」
「それは、変だな」
「ええ、変なんです。店長に警察を呼ぶようにお願いしてから、グラスを投げてくれた客のことを思い出し、お礼を言おうとしたら、もう居ないんです。不思議な話でしょ」
「トイレとかはどうだ」
「そこも調べましたけど、窓には、がっしりとした格子がありました。あそこから抜けるのは無理ですね」
「どんな人なの、年齢とか、特徴とかどうなの」
「それが、全く覚えていないんだ」
エドワードは頭をかいた。
「あら、命の恩人の顔も覚えていないの、薄情ね」
「いや、そう言われると面目ない。銃撃戦の中、椅子に座って見ていた姿は覚えているんだが、顔の部分になると、印象に残らないというか、店長も覚えていなかったようだし、他の客もそうだったんだ」
「年齢ぐらいわかるでしょ」
「それもちょっとわからないんだ。若いのか年をとっているのか、中肉中背の体型だったことぐらいしか覚えていない」
「その消えた客は、銃撃戦の中、何もせず見ていたのかね」
イーサン・クロムウェルがいった。
「ああ、他の客はしゃがみ込んで隠れていたからな、こいつなんで座って見てんだと思ったよ」
「ずいぶん、肝が据わっているのね」
「強盗は、なぜ、そのバーに来たのかね」
「ああ、それな、駅前近くの銀行を襲った後、逃走用に用意していた馬車に乗り込んだそうだ。そいつが、フィルクス通りの交差点で縁石に乗り上げ、横転しちまった。それで、金が入った鞄を持って逃げた。その後、疲れたのか、一端隠れようとしたのか知らんが、バーに入ってきたわけよ」
「店主が、関わっているということはないのかね」
「仲間ってことか。警察の方でもその辺、疑っていたみたいだが、強盗と接点もないようだし、店に入ってくる理由も特にないしな、目についた店に入ったと、みているようだぜ」
「行方不明の八人目の客はどうなんだ。強盗の仲間である可能性もあるのではないか」
「そこだよ。そいつが強盗の仲間で、何か計画があって、そのバーに集まったってことになると話は変わってくる。それで、消えたってことになるからな。とはいえ、仲間だったら、グラスを投げて俺を助けてくれるのはおかしいし、カネ持ってバーに集まる理由もないんだよな」
「乾杯しようとしていたとか」
シャロン・ザヤットがグラスを持ち上げるジェスチャーをした。
「強盗のお祝いか」
笑った。
「その男は、強盗とは無関係かもしれないな」
ブライアン・フロストがいった。
「じゃあ、何者なのかしら」
「わからん」
「銃撃戦の中、椅子に座って観戦し、銃を撃とうとした強盗目がけ、グラスを投げつけ、ことが収まった後、知らない間に消えていた。顔を隠していたわけでもないのに、顔も年齢さえもわからない。そういうことか」
イーサンがいった。
「うん、まぁ、そういうことだな」
「怪しいな」
「まぁ、そうだな」
テレーズ市強盗殺人課
「お宅らが出張ってくるとは、吸血鬼案件ってことなのか」
テレーズ市強盗殺人課の刑事、カーシー・キャラバンがいった。茶色の髪と口ひげ、黄土色のジャケットを着た五十代の男だ。イーサンとエドワードはテレーズ市警に来ていた。
「まだわからない。可能性の段階だ」
「強盗だったら、お宅の若いのが全部殺しちまっただろう」
カーシー・キャラバンはエドワードの方を向いていった。
「そっちじゃなくて、行方不明の目撃者の方ですよ。いつの間にか消えていた奴」
「おう、客が一人消えたっていってたな。なるほどな、吸血鬼なら、コウモリに化けて姿をくらますなんて、まねもできるよな」
「いくら吸血鬼でも、コウモリには、なれんよ。そもそも、人が急にコウモリなんかに化けたら目立つだろ。使われたのは、おそらく認識阻害の魔術だ」
「なんだそれは」
「目の前に居る存在が認識できなくなる魔術だ。たとえば、道ですれ違った人間の顔をすべて覚えていたりしないだろう」
「そりゃそうだ。素っ裸で歩いていりゃあ別だがよ」
笑った。
「認識阻害の魔法は、目の前に居る人間が、通行人レベルの印象しか残らなく魔術だ。つまり、あとで、顔や年齢を思い出そうとしても、すれ違った人間の顔や年齢を覚えていないのと同じように、思い出せなくなる。思い出せなくなるというより、覚えられなくなるの方が正しいかな。そういう魔法だ」
「そんなこと、本当にできるのかよ」
カーシーは疑い深げな目で見つめた。
「では、やってみよう」
イーサンはカーシーの机に置いてあるペン立てから、一本ペンを取り出した。
「ここにペンがある」
イーサンは手に持ったペンをカーシーに見せた。
「おう」
「これが今から見えなくなる」
イーサンは口元を少し動かした。
「そんなわけが、あれ、どこいった。手で隠したのか」
カーシーは首をかしげた。
「エドワードはどうだ。ペンは見えていないか」
「いや、見えるぜ。なにいってんだ」
エドワードは不思議そうな顔をした。イーサンの手には確かにペンがあった。
「お前さんには見えているのか、俺には、見えねえんだよ。ペンがあるような無いような、視点があわないような、距離感がつかめねぇっていうか、見えているだが、見えない。なんだか奇妙な感じだ」
カーシーは困惑した表情を見せた。
「俺には、普通に見えているけど」
「エドワードには、術をかけていない。カーシー、君にだけかけている。私の手にあるペンという物の形状を一時的に忘れてもらっている。だから目の前にあっても、わからない。見えないということになる。今、君にかかった術を解こう」
イーサンは手に持ったペンを軽く振った。
「あっ、出てきた」
「人間の魔力でも、この程度の大きさのものなら、見えなくすることは可能だ。ある程度魔術を学んだ吸血鬼なら、複数の人間に常時、自らの顔を人間の記憶に残らないようにすることなど、簡単なことだ」
「それを、行方不明の客がやった可能性があるってことか」
「そういうことだ」
「それは、吸血鬼以外にはできないのか」
「いや、それ相応の魔力と魔術の心得があればできる。悪魔や精霊種、天使の連中も、使えるだろうが、天使どもは存在自体が派手だから無理だろうな。人間では、バーにいた人間全員に常時認識阻害の魔術をかけ続けるのは魔力的に無理だ」
「夜、であることから、吸血鬼が選択肢に入ってくるってわけか」
「そういうことだ」
「なるほどな、それでわかったぜ。そいつが慌てて、とんずらこいた理由がよ。仮にそいつが吸血鬼だとして、目の前で吸血鬼対策課のバッジを見せられたら、そりゃあ、すぐに逃げ出したくなるってものよ」
「そうか、それで逃げた可能性があるのか」
エドワードは、その日の夜のことを思い出した。客を落ち着かせるために、警察だと、尻ポケットに入っていたバッジを見せた。その後、店長に話しかけている間に八人目の客は消えた。
「そいつが、吸血鬼だとして、吸血鬼に吸血鬼対策課のバッジを見せたんだろ。お前さん狙われないのかい」
カーシーはエドワードを見た。
「それは、やばいかも」
エドワードは顔色を変え、イーサンを見た。
「そう言われてみれば、やばいかも知れないね」
イーサンは片眉を上げた。
「エドワードのことは後で考えるとしよう。行方不明の客についてなのだが、指紋は検出されていないのかね」
俺は後回しか、エドワードは微妙な表情を見せた。
「出たぜ。最初は強盗の仲間かも知れないって疑っていたからよ。座っていた席のテーブルの指紋と、割れたグラスの指紋から検出された」
割れたグラスは、行方不明の客が強盗に投げた割れたグラスである。カーシーは大きい茶封筒の中から指紋がうつった写真をだした。
「良くとれている」
「だが、指紋の照合までは、していないぜ。さすがに、強盗と接点がなさそうだし、まさか吸血鬼だとも思わなかったからな」
指紋の照合は、前科者の記録から、手作業で行われることになる。人手と時間がかかる。
「これはうちで預かってもかまわないか」
「ああ、かまわんよ」
「証拠品の割れたグラスだが、それも預からせてもらって良いか。何か出るかも知れない」
「ああ、うちとしてはもう終わっている事件だからな。持って行ってくれてもかまわない」
それから、三十分ほど、話をして、指紋と証拠品のグラスを持ってイーサンとエドワードはテレーズ市警を出た。
「この後どうするんだ」
「いったん、分室に帰ろう。君のことをどうするのか考えないといけないからね」
「なんかすまんな」
「謝る必要性はないよ。強盗犯を射殺した後に、バッジを見せない方が不自然だからね。それに相手が吸血鬼だとは限らない」
「前みたいに、全員隠れながら捜査しなきゃならないのか」
「どうだろう。課長が判断することだが、分室までは捨てなくて良いんじゃないか。名前を知られているのは君だけだし、分室の場所なんてバッジには、かいていない。まぁ、君に関しては、しばらく家に帰らない方がいいだろうね」
「分室が攻撃されたりなんていやだぜ」
「吸血鬼を捜査する限り、リスクがゼロというわけにはいかないからね。線引きが難しい話だ」
イーサンとエドワードは第九分室へ向かった。
「なるほど、それはまぁ、危ないかも知れないね」
イーサンとエドワードは第九分室に戻り、課長のブライアン・フロストに報告した。
「どうする」
「うーん、どうしようか。吸血鬼と確定したわけじゃないからね。念のため、エドワード君だけ、しばらく、ホテル暮らしをしながら捜査してもらうってことで良いんじゃないか」
「わかりました」
「指紋に関しては、こっちで預かっておくよ」
ブライアン・フロストはイーサンから指紋が写っている写真を受け取った。
「吸血鬼の指紋って、集めてるんですか」
「ああ、本格的に集め出したのは、ここ、二、三十年の話だがな、昔の吸血鬼の私物などからも採取しているらしくて、古い奴だと千二百年前の指紋とかも残っているらしいぞ。あと、イーサンの昔の指紋もちゃんと残っている」
「悪いことはできないね」
イーサンは片眉を上げた。
「割れたグラスは、どうするんだ。指紋は、もう採ってあるんだろ」
「魔力鑑定をしたい。シャロンお願いできるかな」
「ええ、いいわよ」
シャロン・ザヤットはビニール袋に入った割れたグラスを慎重に受け取った。
「吸血鬼なのか、ただのよっぱらいなのか。そろそろはっきりさせたいね」
イーサンはいった。
吸血鬼
「やっぱり、慌てて逃げるのは、まずかったかな」
デニー・ウィルソンはいささか後悔していた。
「とはいえ、吸血鬼捜査官のバッジを見せられたらなぁ」
バッジを見た瞬間、早く逃げないといけない。そのことしか考えられなくなっていた。
認識阻害の魔術を、バーにいた人間に、めいっぱいかけ、飛ぶように店から出た。外に出ると町のあちこちに警察官が居た。銀行強盗を追っていた警察官なのだろう。それらに気づかれぬよう認識阻害の魔術を強めにかけながら歩いた。
「怪しまれているかも知れないよな」
客の一人が急に消えたのだ。顔がわからなくても、怪しまれる可能性はある。いや、顔がわからないから怪しまれるのかも知れない。そういう風にも考えられた。
「かといってどうしようもなかったしな」
強盗事件に関して、吸血鬼である自分が、調書を受けるわけにもいかない。偽の身分証ぐらい用意しているが、朝までかかる可能性もあるし、もう一度昼間に来てくださいとかいわれたら、ちょっと困る。どこかの段階で逃げる必要性があった。ただ、せめて店の外に出てから行方をくらませれば良かったと後悔していた。狭い店内で、急に人が一人居なくなるのは、やはり怪しい。
「やっちまうのもな」
捜査官も含め、店にいた人間全員を殺すという選択肢もあったが、デニー・ウィルソンの性格的にそれはできなかった。やれたとしても、バーにいた人間をすべて殺していたら、それはそれで大いに怪しまれる結果になったであろう。
「まぁ、悩んでもな」
今更取り返しはつかない。
デニー・ウィルソンは背を伸ばした。
捜査、バー
イーサンとエドワードは、フィルクス通り二番地、少し奥にあるバー、ロイドに来ていた。曇りガラスの窓を見ると、中で店の掃除をしている店主の姿が見えた。扉のノブには準備中とかかれた板がぶら下がっている。
失礼、とイーサンはつぶやきドアを開けた。
染みついた、たばことアルコールの匂いがした。
「どちらさんで」
少し怯えたような雰囲気で店主が答えた。何枚か窓ガラスが新しくなっており、入り口付近の壁と床には血痕の汚れが、かすかに残っていた。
「警察のものです」
イーサンとエドワードはバッチを見せた。
「そうですか。あれ、あなたは」
店主はエドワードを見た。
「先日は、お騒がせしました」
「いえ、おかげで、助かりました。強盗の捜査ですか」
「それ関係で、ちょっといいですか」
「ええ、別にかまいませんよ」
「一人、行方がわからない客がいたでしょ。彼について聞きたいんです」
「ああ、居ましたよね。いつの間にか居なくなっていた人が、しかし、どんな人だったのか全く、覚えていないんですよ」
店主は首をかしげた。
「顔も年齢も、思い出せない。そんなところですか」
「ええ、私も客商売ですから、それなりに記憶力には自信がある方なんですが、どうも、思い出せない。なぜかそのお客様の顔の印象が残っていないんです」
「出入り口は、ここと、店の裏口ですか」
イーサンは、店の入り口を指さした。
「ええ、そうです」
「その男は、どこに座っていたんです」
「ここです」
カウンターの一つを指さした。
店の裏口から出ようと思えば、カウンターを乗り越えなければならない。
「エドワードは入り口付近にいたんだね」
「ああ、この辺だ」
エドワードは入り口付近の柱の近くに立った。
「普通に考えれば、誰にも見られず外に出ることは不可能だね」
「そうだな」
「店主殿、その男は、何を頼んでいたのかね」
「注文ですか。えーと、ちょっと待ってください」
店主は伝票をあさった。
「確かこれかな。ウィスキーですね」
「注文を受けたときの様子など覚えていますかな」
「ええと」
店主は、ぼんやりとした顔をした。
「指、テーブルを叩く音がしました。目の前に居たのに座っていることに気づかなかったんです。それで、指で二回ほどテーブルを叩く音がして、気がついて注文を受けたんです」
「その時、顔は見えなかったのですか」
「顔、ですか。顔は、ひげが、口ひげが生えていました。四十代ぐらいの男性でした。あれ、覚えている? なんか変な感じですね」
店主は恐怖に怯えたような引きつった顔をした。
それからしばらく話したが、それ以上の話は引き出せなかった。
イーサンとエドワードは店を出た。
「店主は何で、顔を覚えていたんだ」
目の色や髪の色などは覚えていなかったが、およその年齢と口ひげが生えていたことは覚えていた。
「注文する際、術を解いたんだろう。認識阻害をかけたままだと、存在自体が気薄になるから、そのままだと、注文できない。だから、一時的に術を解いた。そのおかげで店主の記憶に残ったのだろう」
「なるほどね。客として認識されていないと注文できないってことか。そういや、吸血鬼って、酒を飲めるのか」
「飲めるが、味はほとんど感じない。酔うこともない。香りが楽しめる程度かな」
「じゃあ、なんでバーに来たんだ。味もわからない酔うこともない。何しに来たんだ」
「わからない。犠牲者を探していたのか。ただたんにバーが好きだったのかもしれないね」
「消えた客は、やっぱ吸血鬼なのか」
「人でないことは確かだろうね。人の目につかないほどの認識阻害となると、人ではまず無理だね」
「だけどよ。吸血鬼だとしたら、わかるんじゃないか。ほら、気配でよ。吸血鬼を仕留めるときとか、居るのわかるだろ。おんなじ部屋にいたらさすがにわかるんじゃないか。それも認識阻害で防いでるのか」
「いや、夜に限っていえば、吸血鬼は簡単に気配を消すことができる。夜の生き物が、易々と気取られたら、狩りができないだろ。昼間の方が気配を消すことは難しい」
「へぇ、そういうもんなのか」
「日の光の中に濃い闇があれば目立つだろう」
「ふーん、なるほどねー」
それから何件か、近くのバーで、四十代ぐらいの口ひげを生やした顔が覚えられない客の話を聞いて回ったが、覚えていないのか、きていないのか、そんな奇妙な客の目撃証言はなかった。
「指紋の照合が終わったぞ」
イーサンとエドワードが九分室に帰るとブライアン・フロストが分厚い資料と共に出迎えた。
イーサンは資料を見た。
「どうやら当たりのようだな」
「ああ、吸血鬼だ。デニー・ウィルソン、年齢は二百五十歳前後、元は、カスタム地方の農場主だったらしい。最後に目撃されたのは、四十年ほど前、ハーウインのミルタ通りで、血を吸った後の女性を担いで歩いているところを通行人に目撃された。声を上げられ、女性を捨ててミルタ通りを北に走って逃げたそうだ」
「逃げたのかよ」
「見つかる方が問題だね」
イーサンはあきれたように首を振った。
「バーの時もすぐに逃げたし、あまり、争いは好まない性格なのかも知れないな」
「なんかずいぶん、記録が残ってるんですね。誰か直接話でも聞いたんですか」
エドワードは机の上の資料を見ながらいった。
「デニー・ウィルソンの息子が、手記を残している。デニー・ウィルソンは吸血鬼になってからも時々、息子に会っていたようだ」
「親父のこと、どう思っていたんでしょうね。毎月、人間の血を吸っているんでしょ。そういうの困るよなぁ」
「その辺の複雑な心境もかかれている。人の生き血を吸って、生きる父親に、罪悪感と変な安心感を覚えたそうだ。親が年を取らないってのは、子供としては、心配事が一つ減るからな」
ブライアンは遠い目をした。
「わからなくはないですけど、いや、やっぱだめでしょ。吸血鬼だし」
「その後、彼は、父親に吸血鬼にならないかと、誘われても断ったそうだ。一ヶ月生きるために、人の命を一つ奪うことに納得していなかったようだね」
「人一人の命で一ヶ月か、代償が重すぎるよな。かといって、実の父親を裏切るわけにもいかねぇし。この時代だったら、見つかったら家族も火あぶりになってたかも知れないんですよね」
「いやどうかな。カリオ帝時代だから、そこまで厳しくなかったんじゃないかな」
「そうだな、こっそり吸血鬼になっていた貴族もいたぐらいだしな」
「ゆるかったんだな」
「融和と根絶、吸血鬼対策は昔からそういう波があったからね。だが、まぁ吸血鬼になった貴族は、すぐに見つかって、内密に処分された。その頃にできた風習が、お茶会やパーティー、貴族間の吸血鬼化を防ぐために考え出されたものだよ」
「へぇ」
「その、悩める息子が死んで、デニー・ウィルソンの痕跡は一度消える。次に出てきたのが、七十年後で、コルソルム戦争の最中だ。カスタム地方に攻めてきたソルムの軍隊を、人間と協力して撃退した。その後は故郷を追われて、どこかへ行っちまったそうだ」
「戦争が終われば、ってやつだな」
「そういうもんだね」
「その後は、四十年前のハーウインのミルタ通りで、目撃される。ま、そんなとこだね」
資料を閉じた。
「顔とかはわからないんですか」
「わからない。おそらく四十年前も認識阻害の魔術をかけていたんだろう。だれも、デニー・ウィルソンの顔を覚えていなかった。ただ、当時の捜査官が、デニー・ウィルソンの親戚の顔写真を何枚か撮ってある。参考にはなるだろう」
「なぜ、ハーウインのミルタ通り女性を担いでいた男が、デニー・ウィルソンだとわかったのかね。顔もわからなかったのだろ」
「これも指紋でわかった。コルソルム戦争の時にデニー・ウィルソンが使っていた武器に指紋が残っていた。女の服から検出された指紋とそれが一致した」
「吸血鬼で確定か。強盗を退治したら、吸血鬼がいたなんて、ついてるんだかついていないんだが」
「縁があるんだろうね。吸血鬼に」
イーサンはうすく笑った。
「そんな縁はいらねぇよ」
エドワードはいやそうな顔をした。
「魔力鑑定の結果も出たわ」
シャロン・ザヤットがビニール袋に入った割れたグラスを持ち上げた。
「デニー・ウィルソンが強盗に投げつけたグラスだな」
「そうよ。術式のない純粋な魔力が残留していたわ。魔力測定器で測ったところ、残留している魔力量が七百五十mhもあったわ。二日ほど経ってこの数値だから、そうとうなもんよ。人間がこんな魔力使えば、一瞬でひからびちゃうわね」
「魔力を紐付けしてグラスをコントロールしたんだろう。燃費は悪いが技術的には難しくはない」
「それだけの魔力を出せるんだったら、吸血鬼一体いれば、町一つ分ぐらいの夜間のエネルギー問題を解決できるんじゃないかしら」
「かつてそういうことを考えた人間がいたよ。昼間のうちに吸血鬼を捕らえ、頸椎に杭をうちこみ、魔力吸収の魔方陣が描かれた鋼鉄製の箱に閉じ込め、魔力を搾り取ろうと考えた人間がいた」
「どうなったの」
「その程度では夜の吸血鬼を閉じ込めることはできない。頸椎を断ったところでたいして意味はない。吸血鬼はどちらかというと精神が本体だからね。首を気にせず、残った体で箱を壊し、あとで首をくっつけた」
「あら、実体験なの」
「若い頃の話だ。本当に運が良かった。昼間捕らえられたときは、もう、終わったと思った」
「なんていうか。複雑な気持ちだわ」
シャロン・ザヤットは眉をひそめた。同僚が命からがら助かった話なのだが、問題はその同僚が、当時、吸血鬼であった点だ。
「欲をかいちゃいけないってことだな。で、どうするんだ。デニー・ウィルソンが吸血鬼であることは間違いないんだろう。どうやって見つけるんだ」
「まずは、資料を読み込むことから始めなきゃいけないだろうね」
イーサンは資料の束を手に取った。
捜査、コルム市
「昔は何もないところだったのにな」
イーサンとエドワードはカスタム地方、コルム市に来ていた。元は農村地帯であったが、開発が進み、住宅地になっていた。
「昔ってのは、いつの頃の話だ」
「魔術の実験場を探していた頃だから、五、六百年前のことかな。おや、あの辺りに山があったはずだが、そうか、吹き飛ばしたか」
東の方を見ながらいった。なだらかな平地に住宅地が連なっていた。
「さらっと、物騒なことをいっているな」
「昔のことさ、捜査を始めようじゃないか」
「ああ、何から調べる」
「とりあえず、地元の警察から情報を収集しよう」
「わかった」
イーサンとエドワードはコルム市の警察に向かった。
「コルムの方では、なんというか、英雄とまでは、いいませんが、ちょっとした人気がありますよ」
コルム市警総務課に来ていた。警察では総務課で吸血鬼に関する諸問題を対応していた。吸血鬼対策課は基本的に署内になく、分室という形で外にあった。吸血鬼対策課と警察を分けることによって、吸血鬼による報復が、警察に向かわないように考え出されたものである。
コルム市にも吸血鬼対策課の分室はあるが、安全性を考え、他の分室の職員は基本接触しない。その場所もイーサン達は知らされていなかった。
「確か、戦争で活躍したとか」
イーサンは百年ほど前のコルソルム戦争にデニー・ウィルソンが参戦していたことを思い出した。
「ええ、そうです。一晩で千人の兵を屠ったとか。さすが吸血鬼ですね」
「なぜ、彼は戦争に参加したんでしょうか」
「さぁ、その辺は私もよくわかりませんが、地元愛が強かったんじゃないですか」
笑った。
「なるほど」
「しかし、吸血鬼でしょ。それが英雄って、まずいでしょ」
エドワードは眉をひそめた。
「確かに、そうですね。吸血鬼ですからねぇ。ですが、彼のおかげで助かった命もあるわけですからね。町の人間が吸血鬼に襲われたって話も聞きませんし、ちょっとした守り神の様な存在になっちゃったんですよ」
「なるほど、しかし、戦争が終わったあと、彼はこの町から出ているのでは」
「ええ、まぁ、吸血鬼ってばれちゃあ、一緒に住めんでしょう。そこがまた、人気の出るところで、やることやって、後はさっと身を引く。いいでしょう」
「確かにそう言われてみると、いいかもしれん」
エドワードは腕を組んでうなずいた。
「でしょう。後は時間が経てば、美化が進んで、ちょっとしたヒーローのできあがりです」
「四十年ほど前に女性が犠牲になった件で、こちらに捜査官が派遣されたはずです。その時の資料と、その後なにか、デニー・ウィルソン関係で新しい情報が無いか、教えていただきたい」
「四十年前ですか。ちょっと待ってください。調べてきます」
総合課の課長はソファーから立ち上がり、部屋を出ようとした。
「あっ、そうだ」
立ち止まり振り返った。
「なんです」
「デニー・ウィルソンのことを知りたければ、博物館を尋ねてみれば良いですよ」
「博物館? デニー・ウィルソンのですか?」
イーサンは驚いた表情を見せた。
「いえ、デニー・ウィルソンの博物館ではなく、コルソルム戦争戦勝記念博物館ですな。十五年ほど前にできたものです」
皇暦52年、ソルム国の兵士五千が、コルム領に攻め込んできた。同時期、トリボロ国との戦争を行っていた我が国は、援軍を送る余裕もなく、領主であったオリック・トルーマンは、五百の兵とバソンの砦に立てこもっていた。
立ち並ぶ銃剣に、馬に引かれた大砲。五千の兵に囲まれ、砦の者たちは皆死を覚悟した。
その日の夜である。
叫び声が聞こえた。敵陣営である。
敵の夜襲かと、砦の者たちは銃を片手に持ち場についた。
しかし、敵兵が攻めてくる様子はなかった。それどころか、敵陣営に混乱が広がり、敵兵の叫び声と散発的に銃弾が放たれる音が聞こえた。
朝、敵陣営は死体と破壊された大砲が転がっていた。
残ったソルムの兵は、その日のうちに引き上げた。
後に、何があったのかソルムの兵が述懐している。
「夜間に男が一人やってきたんだ。長い鉄の棒を一本持っていて、普通の農夫のかっこをしていた。そいつがいきなり、鉄の棒を振り回し、兵を殺し始めた。もちろん俺たちは、銃弾を浴びせた。当たっているんだ。弾が男の体に当たっているんだ。男はさして気にした様子も見せず、鉄の棒を振り回し、兵を殺し、大砲を壊した。何者だ! 誰かが聞いた。男は答えた。デニー・ウィルソン、吸血鬼だ。と」
「答えるか?」
エドワードは首をかしげた。
「まぁ、多少の脚色はあるだろうね」
イーサンとエドワードは、コルム市、東の、コルソルム戦争戦勝記念博物館に来ていた。平日ということもあってなのか、客はイーサンとエドワードの二人だけだった。
二人は、館内入り口にあるコルソルム戦争のあらましを読んでいた。
「何かずるいな、夜に吸血鬼に襲われたら人間側はどうしようも無いぜ」
「そうだな、だが、吸血鬼からしたら人間同士の戦争ほど、困ることはないからね。ほっとけば、人は死に、町は焼け野原だ。だからまぁ、防衛側に限っていえば、こっそり参加することはたまにある」
「あったのか」
エドワードはイーサンを見た。
「何度か」
イーサンは気まずそうに目をそらした。
相当やらかしたのだろうと、エドワードは思った。
「でも、吸血鬼のおかげで、戦争が長期化しなかったケースはいくつかあるんだよ」
イーサンは言い訳するかのような口調でいった。
「皮肉な話だな」
「ただ、侵略する側に吸血鬼が参加することは、余り望ましくないとされている」
「確かに、攻める側に、吸血鬼が居たら目も当てられないよな。城なんか一晩で落ちるぜ」
「城どころか、国ごとすぐ落ちるね。だから、一応、古い吸血鬼達が、他国の侵略に、吸血鬼が協力することを禁じている。若い吸血鬼達はそんなことを知らないだろうがね」
「破ったらどうなるんだ」
「昔から、自分たちが決めたルールを守りたがる連中は居るからね。破った吸血鬼は、滅ぼされるだろうね。まぁ、間違いなく」
「デニー・ウィルソンの場合は、防衛側だったから、おとがめなしになったってことか」
「そうなるね」
「だが、自衛のための戦争ならいいとなると、自分がここに住んでますって言ってるのと同じことだろ。まずくないか」
「まずいね。たいてい、戦争が終わったあとに滅ぼされるか、住処を追われる。自分が守った人達に、町の人たちを守ってくれたのは、ありがたいが、共に暮らしていくのは難しいのではないだろうか。なんて、悲しい顔でいわれるんだよ」
イーサンは肩をすくめた。
「デニー・ウィルソンも、故郷を追われたってわけか」
「その可能性は高い」
「そうじゃない、可能性もあるのか」
「デニー・ウィルソンの評判が妙に良い」
市役所にも寄って、デニー・ウィルソンの話を聞いてみたが、悪い言葉は聞かなかった。デニー・ウィルソンが住んでいた牧場跡にも記念碑が一つ建っていた。
「町の人が、かくまったっていうのか」
「恩を感じる人間が居てもおかしくはないだろう。町を、大勢の人間を救ったのだ。中には、友情を感じた人間も居るはずだ。それが何らかの形で受け継がれた。そういう可能性もあるんじゃないか」
「百年にわたってか」
「たかが百年だよ」
イーサンは笑った。
イーサンとエドワードはコルソルム戦争戦勝記念博物館を一通り見た。さして広くもなく、二十分もかからなかった。
エドワードが一つの展示物の前で立ち止まっていた。
「何かおもしろいものでも見つけたのかね」
イーサンが聞いた。
「いや、この銅像なんだけどよ。ちょっと、似てないか」
一メートルぐらいの大きさの、口ひげを生やした鉄の棒を持った男の銅像が展示されていた。
「誰にだ」
「写真だよ。資料にあっただろ。デニー・ウィルソンの親戚の写真が何枚かあっただろ。それに似てないか」
エドワードは銅像の顔を指さした。
「そう言われると、似ているような気もするが」
イーサンは、デニー・ウィルソンの親戚の写真を思い浮かべた。
「だろ。鼻の辺りとか、眉の形とか、なんていうか。似ている気がするんだよな」
「似ているといえば、似ているが、本人が、この銅像のモデルをやるかね」
作品のタイトルには、デニー・ウィルソン像と書かれていた。
「だよな、だけどよ。町の誰かが、デニー・ウィルソンをかくまっていたとしたら、本人そっくりの銅像を造れるんじゃないか」
「作れはするが、どうだろう」
イーサンは腕を組んで考え込んだ。
「そうだよなぁ、そんな間抜けな話あるわけないよな。認識阻害だったか、やってる吸血鬼が、銅像のモデルなんてするわけないよな。昔に写った写真とかあって、それを参考にしたってのはないのか」
「どうだろう。コルソルム戦争は百年ほど前の話だから、写真は、あるにはあったと思うが、写るまで時間がかかるタイプのものしか無かったんじゃないか。あったとしても、自分から写真に写るようなまねを吸血鬼はしないものだと思うが」
「親戚の顔を見て、想像で作ったのかもしれないな、それなら親戚の写真と似ててもおかしくはない」
「そうだな、その可能性が一番高いと思うが」
「思うが?」
「そういう馬鹿なことをしないとは言えないな」
イーサンは、背広の内ポケットからコインを一枚出した。イーサンに似ている若い男の横顔が刻まれていた。
吸血鬼
デニー・ウィルソンがエマに出会ったのは、十一歳の頃であった。
デニーはいつものように、朝早くから牛舎の掃除と餌やりを行っていた。
牛舎の片隅に積み上げられていたわらにフォークを刺して、手押しの一輪車に乗せていた。
「いっ」
フォークを刺したときに、わらの中から声がした。
「だ、だれかいるの」
デニーはフォークを手に後ずさった。
「あ、あのごめん、怖がらないで」
慌てたような女性の声がした。
「だれ、だれなの」
デニーは、家に帰って、寝ている父親を呼ぼうかどうか悩んだ。
「まって、あ、怪しいものじゃないわ。私は、エマ、ええと、昔は宿屋をしていたわ。今は、なんかわりと自由に生活しているわ」
「なんで、そんなところにいるんだよ」
デニーはわらに向かって槍のようにフォークを向けながらいった。
「その、道に、迷っちゃって、ふらふらー、て、してたら、どこに居るのがわからなくなって、困って、ここに潜り込んだのよ」
「お酒、飲んでたの」
デニーは顔をしかめた。
「そ、そうよ。よっぱらっちゃったって、道がわからなくなって、おうちに帰れなくなっちゃったのよ」
「父さんも、お酒に酔って帰ってこないときがあるよ」
夜帰ってきたところで、朝方は寝てるときの方が多かった。
「そう、なんか、いろいろ大変そうね。一人で、牛の世話をしててえらいわね」
「じいちゃんも居るんだけど、腰を痛めちゃったんだ」
「そう、大変ね」
「なんでわらの中にいるの?」
デニーは首をかしげた。
「ええと、ちょっと、出られなくて」
「どうして?」
「その、日光が、苦手なのよ」
「苦手ってどういうこと」
「その、そういう病気なのよ。日光に当たると、まずいっていうか。わりと、死んじゃう的な、今もちょっと、ちりちりしてるわ」
「病気なの、じゃあ、仕方ないね」
デニーの母親も、つい最近、病で亡くなった。
「そうなのよ。だから、日のあるうちは出られなくて、夜まで、ここに居させてもらえる」
「うん、いいよ」
「それと、あとちょっとだけ、お願いがあるんだけど」
「なに」
「ここのわら、もうちょっと、増やしてくれない。さっきからあんた、わらがちょっとずつ無くなってんだけど、なんとかならない」
デニーは牛に餌をやるために、わらをすくって、一輪車に乗せ、牛の元へ運んでいた。当然積み上げていたわらは少しずつ減っていく。
「うーん、わかったよ。納屋にあるわらを、ここに積み上げておくよ」
「ありがとう。助かるわ」
デニーは一輪車を押しわらを取りに納屋へ向かった。
「あっ」
「なに、どうしたの」
「ご飯とか大丈夫? なにかもってこようか」
「ありがとう。お腹いっぱいだから当分大丈夫よ」
笑った。
エマは吸血鬼だった。
覚えたばかりの飛行魔術をためしているうちに、方角がわからなくなり、迷っているうちに夜が明けてきた。
日差しを避ける場所を探したが民家には人の気配がしたので、仕方なく牛舎に潜むことにした。
朝になり、日差しが牛舎に入り込んできたため、日差しを避けるため、積み上げられたわらの中に飛び込んだのだ。
それから、デニー・ウィルソンとエマは時々あった。エマは、元は宿屋の店主の妻だったが、店主である夫が亡くなり、途方に暮れているところ、二十年ほど前に吸血鬼になった親戚のおじさんが尋ねてきた。あれだったら、吸血鬼にしてやろうか。と言われ、両親は、すでになく、子供も、親しい友人もおらず、店に対する未練も無かったため、じゃあ、お願いしますと、吸血鬼になったそうだ。
それから時が立ち、デニーにも家族もでき、四十を超えた辺りで、デニーは病に倒れた。医者も手の施しようもなく、死を待つばかりだった。エマはデニーに選択肢を与えた。人として死ぬか、吸血鬼になり血を啜って生きるか。
デニー・ウィルソンは吸血鬼になることを選んだ。
話し声がした。
「まじで、銅像そっくりだぜ」
「ああ、驚きだね」
意識がはっきりとしてくる。銅像という言葉に、引っかかるものがあった。たしか、十、五、六年前に記念館を建てるとかで、銅像を建てさせてほしいといわれ、写真を撮ったことを思い出した。ちょっと気恥ずかしいと思ったが、まぁ、そういうのも良いかと応じた。
「あっ、目を覚ましたぞ」
エドワードは慌てて銃を構えた。
「君は」
デニー・ウィルソンが目を開けると、見覚えがある男が銃を構えていた。
エドワードは引き金を引いた。銃弾がデニー・ウィルソンの頭を吹き飛ばした。続けて引き金を引く。胸と頭を重点的に撃ち続ける。動かなくなる。
ああ、バーにいた吸血鬼対策課の捜査官だ。デニー・ウィルソンは、はっきりと残る意識の中でそう思った。
博物館でデニー・ウィルソンの銅像を見つけたイーサンとエドワードは、銅像を造った彫刻家を訪ねた。彫刻家は依頼主から写真を受け取り銅像を造ったと言った。依頼主はコルムス商会、コルム市で不動産業などを中心に幅広い商売を行っている。経営者はヘンドリック・トルーマン、コルム領の領主であったオリック・トルーマンの子孫である。
イーサンとエドワードは、コルムス商会所有の不動産を尋ね歩いた。郊外にある一軒家に魔力の反応があり、中に入った。警報器のたぐいもなく、一階の寝室で、鎧戸とカーテンを閉めた真っ暗な部屋で、デニー・ウィルソンは銅像そっくりの顔で無防備に寝ていた。
「礼を言うのを忘れていたな」
エドワードは銃に弾を込めながらいった。
「彼の精神は、まだそこにあるよ」
イーサンは窓を開け、鎧戸を開けようとしていた。
「そうか。デニー・ウィルソンさん、グラスを投げてくれてありがとよ。助かったぜ」
銃弾に破壊された、デニー・ウィルソンに向かっていった。
「まぁ、聞こえてはいないだろうがね」
光が差し込んだ。