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第4話、ギャングと吸血鬼

 吸血鬼


(なんて言ったらいいんだろうか)

 レイヴァン・アスカルは少し悩んでいた。

 あまり人と話すことはない。人里に降りてくるのは月に数度、食事の時か、買い物をするときだけだ。その時だってほとんどしゃべらない。人間と話す必要性などないのだ。そんな生活を、もう五十年は続けている。

 そもそも、話が通じるのだろうか。

 高い塀に、広い庭、門の入り口近くに建てられた小屋の中には複数の男の気配がする。ボディガードのたぐいではないかと推測していた。火薬の匂い、それから古い血の臭いがする。ここは、この辺りを縄張りとするギャングの屋敷である。

 話すとしたら、ギャングのボスなのだが、レイヴァン・アスカルは顔を知らない。ギャングの下っ端を捕まえて話を聞き、この家を教えてもらっただけだ。

「とりあえず、いくか」

 あまり悩んでいると、夜が明けてしまう。

 レイヴァン・アスカルは吸血鬼である。



 捜査 


 ベットの上に、木の杭が胸に刺さった男の死体があった。

「どう考えても、こいつ、吸血鬼じゃないよな」

 エドワード・ノックスは鼻をつまんだ。蠅の羽音と腐敗臭がする。

「ああ、だが、関係があるかもしれんからな。念のためにお前さん達を呼んだんだ」

 ミグラス市警殺人課の刑事のトム・ターナーが言った。

「俺たちじゃないぞ」

「うん? おまえらが、吸血鬼と間違えて、杭を打っちまったってか。さすがにそれはないだろうとは、思うが、どうなんだ」

 トム・ターナーはのぞき込むように見つめた。

「いくらなんでも、いまどき、手で杭を打ったりしないよ。そんなことをしたら、杭を打っている間に目を覚ましてしまう」

 イーサン・クロムウェルが言った。

「そうだ。今は火薬でうちこむ」

 エドワードは杭うち銃を撃つ構えをした。

「まぁ、さすがにお前さん達は疑ってないよ」

 軽く笑った。

「この部屋の雨戸は開いていたのか」

 イーサン・クロムウェルは部屋の東側にある窓に近づいた。カーテンが少し開いており、窓の外にある雨戸は閉められていなかった。

「ああ、閉められていなかった」

「吸血鬼捜査官は必ず窓を見る。吸血鬼なら、雨戸はまず閉めている。カーテンの生地も薄い。こんな部屋で寝ている吸血鬼はまずいないし、この部屋で寝ている人間を吸血鬼と判断する捜査官も、たぶんいない」

 昼間、サイモン・ローリーは夜勤警備が終わった後、眠っている最中に殺されている。

「それもそうだな」

 トム・ターナーは窓を見ながら応えた。

「じゃあ、誰がやったんだ」

「さぁ、頭のおかしい連中の仕業か。たまたま、木の杭とハンマーを持っていた空き巣の犯行か。どちらにしろ我々の仕事じゃないだろうね」

「吸血鬼は関係ないのか」

「どうだろうな、今のところ、わからないね」

 イーサンは肩をすくめた。

「被害者のサイモン・ローリーは夜勤の警備が多かった。吸血鬼と間違われた可能性はないか」

 病院や商社の警備員の仕事をしていた。

「そんな理由で、吸血鬼と間違われたら、夜の仕事関係は、全員吸血鬼に間違われて昼間に殺されることになる」

「素人が、あんたらのまねをしたってことはないか。たとえば、吸血鬼に恨みを抱いている人間とか、団体はいないのか」

「いくつかあるが、夜勤の警備員を吸血鬼だと思い込んで、杭を打ち込んだりするほど、常軌を逸してはいないとは思う。いくら夜勤の警備員だからといって、昼間出歩くこともあっただろうし、少し確認すれば人間であることはわかるはずだ。怨恨の線はないのか」

「今のところ、それらしい話はないな」

「痴情のもつれじゃないか。夜勤中の浮気がばれて、ぐっさり」

 エドワードは胸を押さえる仕草をした。

「女っ気はない。もてるような顔じゃないだろ」

 トム・ターナーは、あごで、ベット上で死んでいるサイモン・ローリーを示した。目を大きく見開き、口が叫ぶように開いている。腐敗も進んでいる。

「どんな顔なのかわからないな」

「生きているときの写真を見たが、まぁ、死んでる顔とそんなに変わらなかったよ」

「やさしくしてやれよ。死んでんだからよ」

 エドワードを眉をひそめた。

「爪に何かついているな」

 茶色い繊維のようなものが右人差し指の爪に挟まっていた。

「犯人のだろうな。杭を打たれるときに、犯人の衣類を掴んだんだろう」

「複数いたのか」

 被害者が抵抗している状態で一人で杭を打つのは難しい。

「おそらくな、サイモン・ローリーを押さえていた人間と、杭を打ち込んだ人間、少なくとも二人はいたんだろう」

「そこまでして、杭を打ち込むってことは、やっぱり、サイモン・ローリーが吸血鬼だと思い込んでいたからなのか」

「そういう見立てでやったのかもしれない」

「遊びで殺したってわけか」

「あるいは儀式的な何か」

「いよいよ、怪しげな話になってきたな。その辺に魔方陣でも書いてあるんじゃないか」

 エドワードは部屋を見渡した。ベットの片隅には脱いだ服が積み上げられており、テーブルには雑誌や汚れた食器類、部屋の隅にはビールの空き瓶がベットの半分ぐらいの面積程度、きれいに並べられていた。至って普通の独身男性の部屋である。

「仮に、吸血鬼と勘違いしてやったとしたら、とんでもない間抜けであることは間違いないね」

 イーサンは肩をすくめた。


 吸血鬼対策課第九分室


「マローファミリーって知っているか」

 吸血鬼対策課、第九分室、夕方、エドワードが、そろそろ帰ろうかとしていたところ、室長のブライアン・フロストに呼び止められた。

「知ってますよ。ラソテッド西部を根城にしているギャングでしょ」

 マローファミリーは、元は戦争中に軍需物資の横流しをしていた連中である。それが集まり、今は非合法な活動で組織を大きくしている。

 エドワードは昔、組織犯罪対策課にいたので、ある程度知っていた。

「そこの、ナンバースリーが、殺された」

「へぇー、確か、ロイ・オズボーンだったかな」

 頭のいい男で、合法非合法、両方の商売を手広くやっていた。

「そいつだ。そいつが、自宅で殺されたらしいんだが、それの犯人がどうも、吸血鬼らしい」

「えっ、吸血鬼ですか。それは、まぁ、なんというか。喜んでいいんですかね」

 やっかいな男で、なかなかしっぽを出さなかった。

「今回だけはいいだろう。だが、吸血鬼だからな。他にも、マローファミリーの人間が何人かやられているらしい」

「なんか恨みでも買ったんですかね。調べてみます」

「明日からでいいぞ。日のある間にしか捜査はするな」

 ブライアン・フロストも帰り支度を始めた。


 翌日、イーサンとエドワードはラソテッド西部のデラウェンに来ていた。テレーズ市から汽車で三十分ほど行ったところにある古い町である。

「ほう、いろいろ、新しくなっているな」

 駅から出ると、商店が建ち並んでいた。

「汽車が通るようになって、いろいろできたんじゃないか」

 十年ほど前に駅ができたことにより、町の開発は進んだ。

「それで、どこへ行くんだい」

 ギャングのことをイーサンは、よく知らなかった。そもそもギャングという概念自体ここ最近できたものだった。昔は、ごろつきと呼んでいた。

「組織犯罪対策課の知り合いが、デラウェンの警察にいたはずだ。そいつを訪ねよう」

 二人は警察署に向かった。


 デラウェン警察署は、三階建ての比較的新しい建物だった。

 二十年ほど前に発表されたデラウェンを通る鉄道計画を受け、人口増加を期待した当時の市長が、警察や消防、病院などを増やした。その結果である。

「トム・ターナーのところのおんぼろ警察署とは、えらい違うな」

「あっちは、景気が悪そうな町だったからな。ここの市長はやり手なのかね」

「どうなんだろうな、カネに汚いって噂は聞くが、やることやってくれていたら、それはそれでいいのかもしれないな」

 二人は警察署の中に入り、二階にある組織犯罪対策課とかかれた部屋を尋ねた。

「よう、ラリー」

 その中の一人に声をかけた。

「エドワードか、久しぶりだな」

「ああ、久しぶりだな。二年ぶりぐらいか」

「なにやらいろいろあったみたいだが」

 ラリーは苦笑いした。エドワードはギャングから金をもらい情報を渡していた上司を殴り移動になった。

「今は、吸血鬼対策課にいるんだ。こっちは、イーサン・クロムウェル同僚だ」

「ラリー・ジョイスだ。こいつの面倒を見るのは大変だろう」

 ラリー・ジョイスは握手を求めた。髪は茶色で三十代の背の低い男だ。

「多少はね」

 イーサンとラリーは握手した。

「それでどうしたんだ」

 ラリー・ジョイスは二人を隣の応接室に案内した。三人は革張りのソファーに座った。なかなかいい座り心地だった。

「ロイ・オズボーンが死んだって聞いたんだ」

「やはりその話か。死んだぜ。犯人は屋敷にいたボディガードを何人か殺して、ロイ・オズボーンの首を素手でへし折った」

「やっぱり吸血鬼か」

「うちの検死官の話だと、人間の力じゃ無理だって話だ」

「あいつら何をやらかしたんだ」

「さぁな、人に恨まれるようなことを奴らは、ごまんとやらかしている。そのうちの何かが吸血鬼の逆鱗に触れたんだろ。この調子で町のギャングどもを掃除してくれれば、ありがたいんだけどな」

 ラリー・ジョイスは膝を叩いて笑った。

「それだけで終わればいいが、吸血鬼は人の血を吸う。存在している限り、人の命を奪う。終わらないよ」

 イーサンは下唇を舐めた。

「お、おう、そうだな。そっちの方はあんたらに任すよ」

「それで、ロイ・オズボーンはどうやって殺されたんだ」

「十日ほど前の話だ。夜の十時頃、犯人は屋敷の壁をジャンプして飛び越えた。見つからないと思ったんだろうな。ところが壁には警報装置が取り付けられていて、それで見つかっちまった。ギャングの手下どもが警報装置が鳴った場所に集まったが、誰もいない。窓ガラスが割れる音がして、上を見ると、二階の窓が割れていて、中に入る男の背中が見えたそうだ。それで追いかけた。二階にも手下がいたが、手下は胸を拳で殴られ死んだ。ロイ・オズボーンがいた部屋に犯人は扉を壊し入った。遅れて、家の中に入った手下は二階に上がった。階段を上がったところで、男がいた。左手にロイ・オズボーンの首を掴み、右手には、タンスがあった」

「タンス?」

「ああ、タンスだ。でかい奴で、コートとか入れてとくやつだよ。百キログラムぐらいあるんじゃないか。なんにしろ、それを投げてきた。廊下にいる手下に向かってな。一人死んで、二人は重傷、後の一人は、びびって動けなくなった。そりゃあな、タンスを片手で投げてくる相手に勝てるとは思えないよな」

「それで、その後どうなったんだ」

「しばらく部屋の中で、ロイ・オズボーンとなにか話していたらしい」

「何を話していたんだ」

「内容まではわからんそうだ。しばらく話した後、叫び声がして、吸血鬼は窓から出て行った。残されたのは首がへし折れたロイ・オズボーンの死体ってわけよ」

「ロイ・オズボーンに何の用だったんだ」

「わからん。マローファミリーの連中に聞いてみたが、しのぎに関しては奴らなかなか口が固くてな、ロイ・オズボーンが何をやっていたのか、まだ、はっきりとはわからんのだ」

「他にも何件か、襲っているんだろ」

「ああ、事務所を二軒襲われている。こっちは、話し合いはなしだ。事務所に入って、殺しまくっている。適当に暴れて、帰って行った感じだな」

「ロイ・オズボーンを殺した後なのか」

「そうだ。五日後と、その三日後、他にも組員が何人か行方不明になっている」

「組織ごと潰す気なのか」

「わからんね。その割りには中途半端な気がする。何かを警告するなら、その理由を説明するはずだが、それもしていない。なにがしたいのか、吸血鬼のすることなんてさっぱりわからんよ」

「犯人の特徴を教えてくれ」

「身長は百七十前後、見た目は三十代から四十代、焦げ茶色の髪に少しあごが尖っている。それと、どこの会社のものか、まだわからないが警備員の制服を着ていたそうなんだ」

「警備員?」

「ほう」

 最近そんな話を聞いたなと、イーサンとエドワードは顔を見合わせた。



 ミグラス市警


「なんだかやっかいなことになっているな」

 トム・ターナーはいった。

 イーサンとエドワードの二人は、ラリー・ジョイスの話を聞いた後、ミグラス市警に寄った。

「殺された警備員、サイモン・ローリーだったかな。吸血鬼に制服を盗まれたんじゃないか。サイモン・ローリーの制服を着た吸血鬼が、ギャングどもを殺しまくった。その報復に、吸血鬼と間違われたサイモン・ローリーは殺されたって訳よ」

 エドワードは得意げに話した。

「名前は、そうか、制服についていたか」

 サイモン・ローリーが働く警備会社に聞き込みに言ったとき、警備員の胸元に名札が縫い付けられていたことをトム・ターナーは思いだした。

「おそらく、ギャングの生き残りが、制服の名札を見たのだろう。そのことを警察に隠して、ギャングどもは杭とハンマーを持って、サイモン・ローリーを滅ぼそうとした。その結果、夜勤帰りで寝ていたサイモン・ローリーは、杭を打たれて死んでしまった」

「なるほど、とんだとばっちりだな。ていうことは、その間抜けな犯人は、マローファミリーの連中か」

「その可能性がある」

「それで、あんたらの方はどうなったんだ。本物の吸血鬼の方はどうなったんだ」

「それに関しては、まだ何もわからない。明日、マローファミリーの事務所に、エドワードの知り合いと一緒に行ってみるつもりだ」

「そうか、じゃあ、ついでに、マローファミリーの連中に、やった奴に自首するように言っとおいてくれないか。それで、この事件は解決だ」

 トム・ターナーは笑った。



 吸血鬼


「これ、もうさすがに使えないな」

 レイヴァン・アスカルは己が着ている服を見ながら言った。所々穴が空いており、至る所に血痕がついていた。返り血と銃で撃たれた穴だ。

「これ着ていると夜中出歩いても目立たないんだがな」

 レイヴァン・アスカルは穴が空き血がこびりついた警備員の制服を脱ぎ捨てた。



 事務所


「臨戦態勢ってやつだな」

 エドワードは、マローファミリーの事務所を向かいの路地からのぞき見した。ラリー・ジョイス、イーサン・クロムウェル、エドワード・ノックスの三人はマローファミリーの事務所の近くに来ていた。

「吸血鬼の襲撃を警戒しているんだろう」

 事務所の周りには柄の悪い連中がうろついていた。

 この辺りで、まだ襲われていない事務所は、ここぐらいだった。

「昼間守りをかためたって、意味ないぜ。夜にしか来ないんだから」

 エドワードは肩をすくめた。

「夜にかためても一緒だよ。太陽の光を作り出すことのできる天使か、上位精霊でもいなければ、犠牲者が増えるだけだ」

「それがわかっているから、中に幹部連中は誰もいないんだ。どこぞのホテルに隠れてやがる」

「じゃあ、下っ端を身代わりにしてるってわけか。汚ぇな」

「ギャングなんてそんなもんよ。その下っ端連中だって、夜になればいそいそと帰りやがる。町がずいぶん平和になったって皆大喜びだ。早く消えてほしいね」

 ラリー・ジョイスは吐き捨てるように言った。

「それは喜ばしいことだが、手がかりが消えてしまっては困る」

「そうだな、早いとこ、話を聞いておかないと、吸血鬼に先を越されちまうぜ」

 三人はマローファミリーの事務所に向かった。

 四階建ての真新しいビルに近づくと、男達が警戒した様子でイーサン達を見た。

 ラリー・ジョイスが身分証明書を見せると、ビルの三階の応接間らしきところに案内された。

 ソファの上には長髪の太った男が座っていた。

「よう、オーガス、賭場の親父が出世したじゃないか」

「何の用です刑事さん」

 オーガスと呼ばれた長髪の太った男は、いやそうな顔をした。

「この辺りのシマを任されたそうじゃないか。おめでとう」

 わざとらしい笑みを浮かべた。

「ちっ、わかってんでしょ。トンデモない貧乏くじだってことは」

 オーガスは、ソファーに、もたれかかった。

「はっはっ、吸血鬼に狙われているからって、縄張りを空けるわけにもいかねぇよな。昼はいいが夜はどうするんだ。トラブルが起きたときに、吸血鬼が恐くて事務所にいませんでしたじゃあ、みかじめ料をもらっているのに、メンツが立たないよなぁ」

「夜の間は、手下の連中を外で分散させてますよ。いつでも動けるようにね」

「へぇ、以外と考えているんだな」

「それで、そちらのお二人は、どういった方です」

 オーガスはイーサンとエドワードを見た。

「吸血鬼対策課の人間だ」

「吸血鬼対策課」

 オーガスは前のめりになった。

「そうだ。いい話になるかもしれないぞ」

「何が、知りたい」

「全部だ」

 ラリー・ジョイスがいうと、オーガスは押し黙った。

「お前さんわかっているだろう。このままここにいちゃいけないって、吸血鬼がなぜお前さん達を狙うのか、それがわからなきゃ、俺たちだって、どうしようもないぜ」

 エドワードがやさしげにいった。

「俺だってわからねぇよ」

「だからさぁ、それを一緒に考えようって言ってんだよ。お前さんらのしのぎが、吸血鬼の逆鱗に触れたんだろう。それがなんなのか、一緒に考えようじゃないか」

 ラリー・ジョイスは、この機会に組織の全貌をできる限り引きずり出す気だった。

「法に触れるようなことは何もやっていませんよ。刑事さん」

 オーガスは答えた。

「おいおい、冗談だろ。まともな商売してて吸血鬼に目を付けられるかよ」

「まともな商売していて、目を付けられてもおかしくないでしょう。相手は吸血鬼なんだから、人間と違うんですよ」

「それは、まぁ、そうだな」

「何いいくるめられてんだよ」

 エドワードはラリー・ジョイスの脇腹を肘で突いた。

「サイモン・ローリーという名前に聞き覚えはあるか」

 イーサンがいった。

「いや、知りませんね」

「警備会社に勤めていた男だが、数日前に心臓を杭で打たれて死んでいた」

「杭?」

「ああ、まるで吸血鬼を殺すかのように、杭でうたれて死んでいた」

「俺は、知らんぞ」

 オーガスは顔をこわばらせた。

「君らを襲っている吸血鬼は、警備員の制服を着ていたそうじゃないか。胸元に名札がついていただろ、サイモン・ローリーと」

 イーサンは胸元を指し示した。

「名前なんて知らない。そこまで俺は知らされていない」

 オーガスは苦々しげにいった。

「無理もねぇ。ただの下っ端だからな」

「ああ、かわいそうに、なにもしらないまま、吸血鬼になぶり殺されるんだ」

「もっと下っ端の振りしたら助かるかもしれねぇな。首輪でも付けたらどうだ。犬のふりするんだ。わんわんってな」

「無理だ、エドワード。こんな太った犬は居ないぜ。豚なら何とかなるかもしれん」

「いいアイデアだ。そのうざい髪を切ったらどうだ。丸刈りにして、全身をピンク色のペンキで塗ればいい。でかい尻を向けて四つん這いになって、ぶひぶひ鳴いたら助かるかもしれないぞ」

「くそ! 俺で遊ぶんじゃねぇ!」

 オーガスは、にらみつけた。

「土地の取引に関して何かないか」

 イーサンがいった。

「土地? 不動産ならいくつかやってますよ」

 投げやりに答えた。

「強引な土地の取引などやっていないか」

「もちろんですよ。ちゃんと紳士的な取引をしていますよ」

 ラリーとエドワードは嘘をつけと、あきれた顔をした。

「土地が、どうかしたのか」

「吸血鬼が彼らのような人間と接点を持つ機会は少ない。吸血鬼が女を買ったりはしないし、ギャンブルで、負けて事務所を襲ったりというのも考えにくい。金を盗まれているわけではないのだろう」

「ああ、金庫のカネは手つかずで残っていた」

「吸血鬼が住む土地を君たちは知らない間に買い占めようとした。それに困った吸血鬼が、君たちを襲っているのではないのかと、考えたんだが、何か身に覚えはないかね」

「地上げか」

「吸血鬼のおうちを、脅して取り上げようとしたら、そりゃ、怒るわな。家がなくなったら日焼けしちまう。どこを地上げしようとしていたんだ」

「それは」

 オーガスは目をそらした。

「どうやら、思い当たる節があるようだな」

「おい、さっさと言えよ。ちんたらしてたら夜になっちまうぜ。正直に話すか、ペンキを体に塗りたくるかどっちか選べ」

「うるせぇ! いえるかよ!」

「吸血鬼が、ロイ・オズボーンの家を襲撃した際、吸血鬼とロイ・オズボーンは、何かを話している」

「手下にタンスを投げた後、しばらく部屋で話していたって、いってたな」

「憶測だが、その吸血鬼は、ロイ・オズボーンに地上げをやめろという話をしていたのかもしれない」

「こいつらにそんな話したって、はいそうですかとはならないだろう」

「それどころか、それを言ってしまうと、その土地に自分が住んでいることがばれてしまうと、話している最中に、その吸血鬼は気づいたのかもしれない」

「それ、ちょっと間抜けだな」

 エドワードはあきれた顔をした。

「その後、吸血鬼はやり方を変え手当たりしだい、君らの事務所を襲うことにした。地上げをやめさせるためにマローファミリーごと潰すしかないと考えた」

「うちがつぶれるまで、これが続くってことなのか」

 オーガスは顔をゆがめた。

「その可能性がある」

「まぁ、それはそれでいいかもな。おまえらがいなくなれば、世の中ちっとは平和になるだろう」

 ラリーとエドワードは笑った。

「協力する」

「うん?」

「おまえらの捜査に協力する。それでいいんだろう」

 オーガストは押し殺したような声を出した。




 小さな湖がいくつかあり、小高い山が連なっていた。

「悪くないところだな」

 エドワードは辺りを見渡しながら言った。

 イーサンとエドワードの二人は、ラソテッド西部のデラウェンから、さらに西、ピリオーネに来ていた。

「リゾート地としては最適だね」

 オーガスの話によると、リゾート施設を作る計画があり、その地上げに、マローファミリーは内々に関わっていたそうだ。

「この辺りのどこかにいるとしたら、広すぎるよな」

 エドワードはため息をついた。

「調べてみないと何とも言えないが、面倒なことになりそうだね」

「例のコインで、見つけられないか」

 イーサンは吸血鬼時代に作ったコインを使って、吸血鬼が放つ魔力を探知することができる。

「このコインは索敵範囲が狭いからね。近くにいないと見つけられないよ。辺りを歩くしかないだろう。付近の集落に住んでいてくれていたらいいが、山とかに住まれると、ちょっと絶望的かな」

 樹木が生い茂った山々が広がっていた。

「こんな田舎の集落だと、吸血鬼が家で隠れ住むのは、無理なんじゃないか」

「だろうね。いるとしたら、やっぱり山かな」

 イーサンは心底いやそうな顔をした。



 吸血鬼


 夜。

「静かだ」

 レイヴァン・アスカルは、つぶやいた。虫の声や魚の跳ねる音、風の音が辺りに広がっていた。近くの村で夜中まで騒いでいた薄汚い男達の声は、ずいぶん前から聞こえなくなった。

「俺が殺したからな」

 最初は、失敗だった。

 ロイ・オズボーンにあって、話を付けようと堀を飛び越えたら、塀に警報装置が仕掛けられていたようで、すぐに見つかった。あわてて、二階に飛び上がり、中に入り、二階にいたなんだか偉そうな顔をした男を捕まえた。話を聞くと、ロイ・オズボーンだった。タンスを部屋の外にいる連中に投げつけ、ロイ・オズボーンにピリオーネの地上げをやめるよう、話すと、「お前あそこに住んでいるのか」と、言われ、頭が真っ白になった。住んでいる場所を知られるのはまずいことに気がついたのだ。

 うまく返事ができず、どうしていいかわからなくなり殺した。

 かなり困った。

 地上げをやめろというと、住処がばれてしまう、かといって、地上げをやめさすためには地上げをやめろと言うしかない。しばらく悩んだすえ、全部殺してしまえば、いいじゃないかと、思いついた。

「静かでいい」

 美しい夜空が広がっていた。


 捜査、山


 イーサンとエドワードは、朝と夕、日に二度ほど出る馬車に乗って、近くの町からピリオーネに通った。三日ほど、辺りの集落をコイン片手に歩き、怪しい人物の目撃情報を住人に聞いた。この辺りの人間は、顔見知りばかりで、夜にしか顔を見せない住人がいるという情報はなかった。ただ、夜中に時々、山の辺りで高速で移動する生き物を見たという証言があった。

「やっぱり山かねぇ」

 段々畑のあぜ道を歩きながらエドワードが言った。

「そうだろうね。二足歩行で夜の山林をとびまわる生き物が他にいれば別だろうがね」

「この辺の人間には手を出してないようだな」

「普通の吸血鬼は、自分の住処の近くでは手を出さないものだよ。月に一度の食事だからね。少しぐらい遠出しても、それほど苦にはならない」

「たまの外食みたいなもんか」

「そんな感じだね」

 だが、その度に人が一人死んでいる。

「登山靴でも買うか」

「闇雲に山を歩いてもね」

 イーサンは、いやそうな顔をした。山が広々と広がっている。

「開発予定地にいるんじゃないか」

「そうとも限らんさ。近くに来られるのを嫌がった可能性もある。どこまで開発されるか、この吸血鬼にはわからなかった可能性もある」

「山に住めるところなんて限られているだろ。昼間、日の光を遮ることができる場所なんていったら、山小屋か洞窟、それぐらいなもんだろう」

「地元の住人が知っている洞窟ならいくつかあるが、山小屋に関してはちょっとわからないね」

「月に一度しか外食しないと言っても、生活しているなら、何か痕跡が残るはずだろ」

「残るだろうね。だがそれを見つけるには、この広さだ。人手と時間がいる」

「ぐずぐずしていると、オーガスどもが吸血鬼に殺されてしまうぜ」

「心配しているのかね。彼らはギャングだよ」

「それはそうだが、今は捜査協力者だからな」

「なるほど、捜査協力者か」

「殺されたりしたら寝覚めが悪いだろ」

 エドワードは頭をかきながら答えた。

「いっそ彼らに探させるか」

「うん? 吸血鬼をか」

「ああ、大自然の中、吸血鬼が生活をしている山小屋か洞窟、彼らの献身的な協力があれば、すぐに見つかるだろう」

「それ危なくないか」

「危ないね」

 イーサンは左の眉を上げた。


 デラウェンに戻り、山にいるであろう吸血鬼の捜索を手伝ってほしいと、オーガスに頼んだところ、オーガスは、二つ返事で引き受けた。

「やられるのを待っているより、やりに行った方がいい」

 懐に忍ばせている拳銃を握りながら言った。


 次の日、オーガスは手下を五十人ほど、かき集め、馬車に乗ってピリオーネまで来た。

「わかっているとは思うが、間違っても、自分たちで吸血鬼を滅ぼそうなんてするんじゃねぇぞ」

 エドワードはギャング達の前で話した。

「わかってますよ。奴の住処を探すだけなんでしょ」

「ライフル片手で言われても説得力ねぇな」

 オーガスは、ライフル銃を肩に担いでいた。他のギャング達も、武装していた。

「銃は全部置いていってもらう」

 イーサンがいった。

「しかし、吸血鬼に会ったらどうするんです」

「日の光りがあるうちに、吸血鬼と外で会うことはない。どれだけ樹木が生い茂っていても、日は注いでいる。建物や洞窟、完全に光が遮断できる場所以外で昼間吸血鬼に出会うことはない」

「しかしねぇ」

「あわよくば、自分たちの手で始末を付けてしまおうなどと考えているかもしれないが、素人が吸血鬼を滅ぼすことは難しい。吸血鬼が、何の備えもしていないと思うかね。日があるからこそ、吸血鬼は警戒している。罠や逃げ場を用意している。命の危険を感じた吸血鬼は、苛烈になる。へたに手を出して、日のあるうちに仕留められなければ、報復を受けることになる。君らは皆殺しだ」

 イーサンはいった。

「わ、わかりましたよ。置いていきますよ」

 オーガスは肩に担いでいたライフルをおろした。

 オーガスの手下をいくつかの班に分け、山を探索させた。

 付近の住民は、また地上げ屋の連中がやってきたといやそうな顔をした。



 吸血鬼


 夜、レイヴァン・アスカルは腰をかがめ地面の匂いをかいでいた。

 人の匂い、たばこの匂いがした。

「また山の中に、あいつらが来ているのか」

 不快そうな顔をした。

 山の中を走りながら匂いをかいだ。広がるように匂いが漂っていた。ふもとの村や集落をのぞいてみたが、ギャングどもの気配はない。

「昼間だけか、何をしに来た」

 土地を見に来たのか、それとも、吸血鬼である己を見つけに来たのか。

 夜の山で、レイヴァン・アスカルはうろつきながら、悩んだ。


 捜査、山


「日のあるうちとはいえ、こんな大がかりに調べて、吸血鬼に気づかれないのか」

 イーサンとエドワードは、山の川辺で休んでいた。水の音が涼やかだった。

「気づくだろうな」

 イーサンは岩の上に座って汗をぬぐっていた。

「逃げられんじゃないのか」

「かもしれん」

「じゃあ、まずいんじゃないのか」

「二人で、この広い山の中を調べるよりましだろ。山に行って帰ってくるだけでもずいぶん時間を食う。そんなことをしていたら何週間も、かかるよ。そうなると、どのみち気づかれる。仮に逃げられたとしても、こんな山の中を調べるより、他のところに逃げてもらった方が、探しやすいさ。山の中を歩き回って吸血鬼を探すなんて、私の体力が持たないよ」

 年寄りなんだ。イーサンは腰を叩いた。


 昼を少し過ぎたところで、イーサンとエドワードは集合場所に戻った。湖の近くでキャンプ地になる予定の場所だ。

 オーガスがすでに帰ってきており、イーサンとエドワードを呼んでいた。

「ちょっと、見てもらえますか」

 イーサンとエドワードが近づくと、オーガスは手に持ったものを見せた。

 人間の頭蓋骨だった。

「犠牲者なのか」

 エドワードは頭蓋骨を眺めながら言った。

「わかりませんが、他にも何体か埋まっていましたよ」

 斜面の窪地に頭蓋骨が一つ上を向いていた。その周辺を掘り出すと、骨がいくつも出てきた。

「血を吸った後の犠牲者の遺体を山に埋めていたのだろう。それが何かの拍子に一つ出てきた」

「ギャングが敵対勢力をまとめて埋めたって線もあるぜ」

 エドワードはオーガスを見た。

「ご冗談を」

 おどけた表情を見せた。

「古い骨のようだ。シャロンに調べてもらえば、だいたい何年前の骨かわかるだろう」

「それだけ前から、人間の血を吸い殺していたってわけだな」

「これが見つかるのを恐れていたんですかね」

「その可能性もあるが、墓場を一つ暴かれたぐらいで、襲っては来ないだろう。やはり近くに住処があると考えるのが妥当だ。明日は、その辺りを重点的に調べよう」

 イーサンは地図を見た。


 吸血鬼


 夜、レイヴァン・アスカルは町に出た。マローファミリーの事務所に行ってみたが、人はいなかった。外にいるかもしれないと、夜の町をしばらく歩いたが、誰がマローファミリーの人間なのか皆目見当がつかなかった。

「どこにいるんだ」

 人の匂いは徐々に、山にあるレイヴァン・アスカルの住処に近づいていた。ギャングの狙いがレイヴァン・アスカルであることは明確だった。昼間、レイヴァン・アスカルの住処を探し、夜はどこかへ雲隠れしている。そう考えていた。

「引っ越さなきゃならんよな」

 住処が見つかってしまえば、吸血鬼は圧倒的に不利になる。城持ちの吸血鬼なら別だが、ただ隠れているだけの吸血鬼では、日中の守りは手薄い。口惜しいが、引っ越すしかなかった。

 だが、その前に。

 少しばかり反撃をしておきたい。

 そう考えていた。


 捜査、町


「吸血鬼がオーガスの事務所に来たようだ」

 夜、イーサンとエドワードはデラウェンの宿屋に泊まっていた。

「なんでわかるんだ」

「呪符を貼っておいた」

 イーサンはオーガスの事務所に強力な魔力を持つ者があらわれた際、反応する呪符を仕掛けておいた。その呪符が、イーサンに吸血鬼の訪れを知らせた。

「オーガスに身を隠しておけと言っておいて正解だったな」

「元々夜は事務所を空けていたようだがな」

 オーガスは難色を示したが、夜の町にも顔を出すなと言っておいた。

「どんな奴か、見に行きたいところだな」

「やめておいた方がいい。見つかれば、芋づる式に殺される。私も、第九分署の人間もな」

「こえーな」

 エドワードは両腕を抱え震えるふりをした。

「顔や体型など、およそのところわかっている」

 吸血鬼の顔を見て生き残ったギャングの話を聞き似顔絵を描かせた。

「奴は、こちらの動きに気づいているんだろ。どうするんだ」

「追われていると気づき、逃げるかもしれないし、住処で待ち受けてくれるかもしれない。どちらにしろやることは変わらんよ。明日も山登りだ」

「そうか、じゃあ、もう寝るか」

 エドワードはあくびをした。


 朝、白骨が発見された場所を中心に捜査を進めた。人が歩いたような痕跡や、枝が何かに当たって折れたような痕跡があった。

「この辺りにかすかな魔力反応があるな」

 イーサンは魔力を検知できるコインを手にしながらいった。少し開かれた場所にある岩場の斜面を見つめている。

「近くにいるってことか」

 エドワードは辺りを見渡した。日差しが悪く、岩場で樹木はあまり生えていなかった。

「いや、何らかの魔術が使われている」

 イーサンは岩場を見つめた。手に持っていた杖を岩に近づけた。杖の先端が岩に吸い込まれた。

「杖が、岩に入っていったぞ」

 エドワードは驚きの声を上げた。

「幻術のようだな。おそらく洞窟の入り口を隠しているんだろう」

「ここが、奴の隠れ家なのか」

 よく見ると、岩の色合いに不自然な点があった。

「たぶんな」

「どうする。入ってみるか」

「いや、今日はやめておこう」

 しばらく、周辺を調査した後、撤収した。


 吸血鬼


 夜、レイヴァン・アスカルは住処の洞窟の前で複数の人間の匂いがすることに気づいた。

「来たのか」

 入り口の前には幻覚の魔術をかけていた。二十年ほど前に知り合いの吸血鬼から教えてもらった術だ。

 洞窟内には入っていないようだった。入り口に気づいて入らなかったのか、それともただ単に気づかなかったのか。匂いは入り口周辺で、しばらくとどまっていた。入り口の幻術に気づいたが、罠を警戒して入らなかったと考えるのが妥当なのだろう。

 洞窟内に罠は仕掛けていない。

 ギャング相手に罠など必要ない。光の差し込まない洞窟に入ってもらって、入ってきたギャングどもを殺し、何人か生きたまま捕らえ情報を引き出す。レイヴァン・アスカルはそう考えていた。


 捜査、山


 二日後、イーサンとエドワードは、準備を整え、ギャング達を三十人程度連れ山へ向かった。そのうち何人かには銃を持たせた。銃を持っていないギャングには荷物を背負わせた。

 三時間ほどかけ、幻術がかけてある洞窟へたどり着いた。午前十時頃である。

 イーサンは地面に這いつくばって、幻術がかけられた洞窟の入り口付近を見ている。

「なにやってんだ」

 エドワードはその様子をのぞき込みながら言った。

「幻術の元になっているものを探しているんだ。これかな」

 イーサンは岩場の隙間に手を入れた。薄い石版を取り出した。その石版には、奇妙な文様がかかれていた。

「おっ、消えた」

 イーサンが石版を取り出したと同時に岩場を映し出していた幻術が消え、洞窟の入り口があらわれた。縦長で、上部の辺りが人工的に削られていた。

 イーサンは懐中電灯を当てながら、入り口の奥を慎重にのぞき込んだ。

「罠とかないだろうな」

「あってもおかしくはないね。警戒しながら進むしかない」

「だよな」

 エドワードは肩に提げていた鞄から、ショットガンを取りだした。

「杭うち銃はやめたのかね」

「いや、そっちも持ってきているぞ」

 肩掛け鞄を指さした。

「重くはないのかね」

「重いっちゃあ、重いが、死んだじいさんの口癖でな、どんなに重くても、迷ったら両方手に入れとけって、よく言ってたんだ」

「いろいろ、もめそうな発言だね」

 肩をすくめた。


 イーサンはギャングに指示を出しながら、洞窟の中へ入った。

「けっこうきれいだな」

 エドワードは洞窟内を見渡しながらいった。

「コウモリとか出ると思っていたんですが、いないですね」

 オーガスは銃を片手に辺りを警戒していた。

「コウモリや虫が増えないように、こまめに掃除をしたり、退治をしたりしてたんじゃないのかな。洞窟といっても、吸血鬼にとっては、家だからね」

 そういいながら、イーサンは進んだ。



 吸血鬼


 耳障りな警告音に、レイヴァン・アスカルは目を覚ました。洞窟内に仕掛けておいた警報装置が反応したのだ。

「来たか」

 ベットから起き上がった。元々深くは眠っていなかった。

 洞窟の中とはいえ、日の光のだるさはあった。

 気配を探る。

 洞窟内に十人程度、列になっている。外にも二十人程度いる。

 まだ、入り口から少し進んだところだ。

 もっと、進んでからだ。

 レイヴァン・アスカルは背骨を伸ばした。



 捜査、洞窟


 二時間ほど罠を警戒しながら進んだ。洞窟内は、人工的に掘られた跡があった。常に大人が立って歩ける程度のスペースがあり、存外快適だった。

「罠一つないな」

「警報装置はいくつかあったがね」

「そんなもんあったのか。やばいんじゃないか」

 エドワードは辺りを見渡した。

「問題はないよ。それより、いるようだね」

 イーサンは、コインを手に言った。

「吸血鬼か」

「ああ、まだかなり距離はあるが、間違いない。吸血鬼だ」

「こっちに気づいているんですか」

「おそらくね」

「どうするんだ」

「迎えうつなら広いところがいいね」 

 十分ほど歩くと広いスペースがあった。 

「ここにしよう」

 二階建ての家がすっぽり入るほどの高さがあり、馬をつないだ馬車が六台ほど入るスペースの広場があった。

「それで、どうするんだ」

「待っている間に食事でもしようか」

 昼時である。イーサンは、背負い袋からワインボトルを出した。


 吸血鬼


 ゆっくりと近づきながら、レイヴァン・アスカルは気配を探った。人間の動きは止まっている。五、六人の集団が広場にいて、その後を列になって、点々と配置されている。

 何をやっているのだと、レイヴァン・アスカルは首をかしげた。前の集団はわかるが、その後に続く、おそらく通路内で点々と配置されている人間の役割がわからなかった。

 もう少し近づいてみることにした。


 捜査、洞窟


「なるほど、酒の匂いで、吸血鬼の嗅覚をごまかそうというわけですね」

 オーガスはいった。

「何のことだね」

 イーサンは不思議そうな顔をした。

「いや、こいつのことですよ。吸血鬼の住処で酒を飲むなんて、なんか意味があるんでしょ」

 ワイングラスを指さした。

「ないよ。ただ、いつも昼時には、ワインを飲みながら食事を取っているんだ。なんていうか、昼時にアルコールを入れると、愉快な気分になるだろう」

 イーサンは、ハムとレタスが入ったサンドイッチを口に入れ、ワインで流し込んだ。

「マジですか」

 オーガスはエドワードを見た。

「イーサンは、昼飯時には、いつも飲んでる。俺もつられて飲むようになっちゃった」

 そう言いながら、エドワードはワインを飲み干した。


 吸血鬼


「なにをしているのだ」

 先頭で移動していた集団がしばらく立ち止まっているのを感じた。

 近づいていくと、かすかにアルコールの匂いがした。

「酒を飲んでいるのか?」

 のんきなことだと、かすかに笑った。


 捜査、洞窟


「そろそろ来るな」

「ああ、そうだな」

 こめかみがひりつくような感覚に、エドワードはショットガンを構えた。

「えっ、来たって、あれですかい。吸血鬼ですかい」

 オーガスは慌ててライフルを構えた。

「私が合図をしたら、カバーを外してくれ」

 イーサンは後ろを振り返り、オーガスの部下に命じた。

「来るぞ」

「ひぃえええ」

 オーガスは岩陰に隠れライフルを構えた。


 吸血鬼


(気づいたかな)

 人間の気配が変わった。緊張と恐怖、火薬と鉄の匂いがする。通路から広場に入った瞬間、銃で狙い撃つ、つもりだろう。

 レイヴァン・アスカルは両手に体が隠れるぐらいの鉄の板を持っていた。

 初撃の銃弾をそれで弾き、接近して殴り殺す。単純だが吸血鬼であるレイヴァン・アスカルにとって多少の被弾は問題ない。

 速度を上げる。

 通路を走る。

 背をかがめ鉄板の後ろに隠れながら走る。

「カバーを外せ」

 その声に、レイヴァン・アスカルの脳裏に、いやな感覚がしたが、立ち止まらなかった。

 通路を抜け広場に入る。

 光りがあった。

 太陽の光。


 捜査、洞窟


 鏡を使った。

 オーガスの部下に命じて、鏡を大量に運ばせた。それを洞窟の通路に配置し、鏡の反射を使い洞窟の外の光をここまで運ばせた。イーサンがカバーを外せと命じたのは、広場入り口に設置した鏡にかぶせていた布のことである。太陽の光が届く。

 光!

「きぃいいい!」

 レイヴァン・アスカルは鉄板を落とした。体が縮こまる。通路に戻ろうとする。光が目に入る。鏡が通路の近くにもあった。反射している。洞窟の広場のあちこちに鏡が設置されていた。弱々しい、それでも紛れもない太陽の光が、洞窟の広場に飛び交っている。目を押さえ、走ろうとする。

「撃て」

 引き金が引かれる。

 ショットガンにライフル、数丁の銃が火を噴く。

 レイヴァン・アスカルの、腹に手足に頭に穴が空く。

 銃声が反響する。武器を持たぬイーサンは、一人耳を両手で押さえていた。

 銃声がやむ。

 レイヴァン・アスカルの体は地面に横たわり、煙を出していた。

 頭を打ち抜かれているにもかかわらず、それでも、もぞもぞと動いていた。光から逃れるために動いていた。

「もう少し奥まで照らしたまえ」

 イーサンは、鏡の角度を変えさせた。レイヴァン・アスカルが逃げようとしている先へ、光が通路の奥まで届く。

 焼ける。

 レイヴァン・アスカルの皮膚から肉へ、白く白く、ゆっくりと、うごめきながら、灰になっていく。

 レイヴァン・アスカルは滅んだ。



 数日後、ミグラス市警に三人の男が出頭した。マローファミリーのもので、サイモン・ローリーを誤って殺害したことを自供した。

 オーガスは、ロイ・オズボーンの敵を討ったことにより、出世し、ロイ・オズボーンがおこなっていた仕事の一部を任されるようになった。デラウェン市警のラリー・ジョイスは、すぐにとっ捕まえてやるさと、息巻いていた。


 エドワードは、一人、吸血鬼対策課第九分室の屋上にいた。見渡しも悪く、隣のビルの方が大きいため陰に隠れている。

 エドワードの手元には、イーサンの首輪の起爆装置があった。常に身につけるよう言われたので、自宅の鍵のキーホルダー代わりにしている。

 イーサン・クロムウェルは九百年吸血鬼だった男だ。一緒に組んで吸血鬼を狩っている。長く生きている分、様々な知識と技術を持っている。昼間には、よく一緒に安物のワインを飲みながら食事を取っている。

 間違っても良いから、疑いを感じたら、迷わず押せとエドワードは言われている。

 押せるのか。己に問いかけた。

「ま、そん時はそん時だわな」

 エドワードは起爆装置をポケットにねじ込んだ。


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