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第3話、 吸血鬼対策課第九分室

  吸血鬼対策課第九分室


 ラソテッド北部、テレーズ市、入り組んだ古い路地に、吸血鬼対策課第九分室があった。看板も表札もない石造りの二階建ての古いアパートの一室であった。机と椅子を並べただけ、そんな感じの仕事場だった。

「先週死んだ吸血鬼の血筋がわかったわ」

 分析係のシャロン・ザヤットが言った。焦げ茶色のボリュームのある髪型をした四十代の黒人女性だ。

「ジャック・ディーゼルか」

 イーサンがいった。

 港町ミルトでイーサンとエドワードが狩った吸血鬼である。採取した血液を分析にまわしていた。

「モリンズの血統ね」

 吸血鬼には様々な血統がある。その血統図作りにイーサンは協力した。

「モリンズか。何度かあったが気さくな男だよ」

「そう、じゃあ、今度紹介して」

「私より年上だぞ」

 イーサンは片眉を上げた。モリンズの年齢は千を軽く超えている。ミレニアム級と言われる千歳以上の吸血鬼は、わかっているだけで十二人いる。

「守備範囲ね」

 シャロン・ザヤットはいった。

「仕事の話をしようか」

 室長のブライアン・フロストが苦笑いした。三十代後半の白人で髪の色は茶色、口ひげを生やしている。

「ジャック・ディーゼルの血液を分析したところ、吸血鬼になったのは一年以内、港で働いていたのが、三月だから、たぶん半年ぐらい前ね」

「彼の親戚関係、友人知人を当たったが、今のところ、彼に力を与えたような人物はいない。全員昼間に会えたよ。だが、一年ほど前から港周辺で行方不明者が何人かいる」

「一年ほど前ということは、彼が吸血鬼になる前か。ジャック・ディーゼルの親の仕業か」

 血を分け与えた吸血鬼のことを、親、という。

「仮にジャック・ディーゼルの親の仕業だとすると、そいつは、ミルトを拠点にしていたのか。それとも、ただのえさ場だったのか」

 ブライアン・フロストがいった。

「行方不明者ということは、死体を隠しているということだ。自分の本拠地近くで食事はしないと考えた方がいいね」

「なんで、そいつは、親か、ジャック・ディーゼルを吸血鬼になんかにしたんだ。まだ十七のガキだろ」

 エドワード・ノックスがいった。

「今のところ、彼が選ばれた特別な要素は見つからないわね」

「理由もなく吸血鬼にしたってわけか」

「何か理由があるのか。行動自体が目的の可能性もある。ただやってみたかった。そういう可能性もある」

「好奇心か。成り立ての吸血鬼が試しに仲間を増やしてみようと考えたのかもしれないな」

「吸血鬼が仲間を増やすのは、それなりのリスクがあるんだろう」

「力を渡すと、渡した側の吸血鬼はかなり弱体化する。生きてきた年数にもよるが、成り立ての吸血鬼が、力を渡すとしばらくは、人間並みか、それ以下の力になる。自分の身を守りたければ、吸血鬼になって五十年は血を与えない方がいい。私なら、そうアドバイスするね」

 イーサンがいった。彼は元吸血鬼だ。

「もしそうなら、逆にチャンスなんじゃないか。弱っているんだろ」

「その通りだ」

「ミルトにはこないだろうな」

「おそらくな」

 港町ミルトの吸血鬼ジャック・ディーゼルのことは、すでに新聞に載っている。

「だが、探さなければならない。奴が弱っているうちに滅ぼさなければ犠牲者は増える」

「どうやって探すんだ」

「餌を探す。半年以上経っているから、少なくとも六件の死体があるはずだ。弱っている状態での吸血行為は難しい。必ずミスをするものだよ」

 笑った。上下の前歯がないイーサン・クロムウェルの舌が見えた。



 吸血鬼


「まだ、力が戻らないな」

 暗闇の中、男は、手を何度か開いて握った。手足はしびれ脱力感があった。四十代後半の白髪、青い目をしている。顔色は異常に悪かった。

 半年ほど前に、人間に血を分け与えた。できるかどうか実験してみたかったのだ。成功したが、力が恐ろしく弱体化した。当初は歩くことすらつらく、体を引きずるように家に帰った。半年以上経っても、力は戻らず、吸血鬼の強靱な運動能力を取り戻せないでいた。

 己を吸血鬼にしてくれた男のことを思い出してた。血を分け与えてくれた後、脱力した様子は見えなかった。吸血鬼は年を取るごとに強くなっていくと聞く、血を与えた影響があっても、元の力が強ければ、移動が困難になるほど弱体化しないのかもしれない。

 男は吸血鬼になって三年しか経っていない。

 唇に指を這わせた。口の中がまるで砂になったような感覚がする。血を分け与えてから喉の渇きが増えた。できる限り我慢しているが、そろそろ我慢できなくなりそうだった。

 上下の犬歯が痛いぐらいのびていた。



 ミグラス署


 イーサンとエドワードはラソテッド東部、ミグラス市の警察署に来ていた。警察署内は怒号が飛び交っていた。逮捕された労働者風の男達が、警官に引きずられるように留置所に放り込まれていた。

「忙しそうだな」

 エドワードは辺りを見渡しながら言った。

「かき入れ時かね」

 外国の安い労働力を使った貿易戦略が行き詰まり、複数の貿易会社が倒産していた。失業者が増え、治安が悪化していた。どこの国でも、いつの時代でも、同じようなことが起こっている。イーサンはそう思った。

「書類が山のように積み上がってんだろうな。ぞっとするぜ」

 エドワードはいやそうな顔をした。

「大変だね。それはそれとして我々の仕事を早く済ませよう」

 イーサンとエドワードは受付で身分を明かし殺人課の刑事の元へ案内してもらった。

「吸血鬼対策課ですか」

 ミグラス市警のトム・ターナーは困惑したような表情で言った。

「ええ、捜査協力をお願いします」

 イーサンは柔らかい物腰でしゃべった。この様子を見て、彼が九百年間吸血鬼として生きてきたなどと誰も信じないだろう。

「別にかまいませんが、歯形のついた死体なんて出ていませんよ」

 トム・ターナーは冗談めかしていった。

「我々が探しているのは、刃物による殺人です」

 イーサンは首筋を指でかっきるジェスチャーをした。

「吸血鬼が刃物ですか」

「ええ、人間だって、フォークで肉を押さえ、ナイフで肉を切るでしょう。それと同じです」

「テーブルマナーにうるさい吸血鬼なんですな」

 少し笑った。

「弱っているんですよ。通常の吸血鬼なら、素手で掴んで首筋に牙を突き立て、脈動を味わえばよろしい。ですが、我々が追っている吸血鬼は、力を分け与え弱っているのです。だから刃物を使い、頸動脈を裂かなければ、血を飲むことができない。ヤーズで二件、ケラムで一件、刃物で首を裂かれた死体が出ています」

 イーサンは舌で唇を舐めた。イーサンの前歯は犬歯も含め上下十二本抜かれている。少し開いた口は、ぽっかりと空いていた。

「なるほど、わかりました。未解決の刃物による殺人事件の資料をお渡しします」

 トム・ターナーは少し引きつった顔をした。


 イーサンとエドワードは、資料室でトム・ターナーが運んできた殺人事件の資料を読んでいた。

「ないな」

 いくつか首筋を刺された事件や切り裂かれた事件があったが、喧嘩による刃傷沙汰や、胴体や首の後ろなどの傷ばかりで、頸動脈を切り裂かれたような事件はなかった。

「一つ気になるものがあった、ちょっと見てくれ」

 エドワードはイーサンに資料を渡した。

「ホームレス殺人事件か」

 イーサンはしばらく資料を読み込んだ。

「どうしてこれが気になるんだ」

 深夜、七十八歳の男性ホームレスが、背中を複数箇所刺され死亡した、五ヶ月ほど前の事件である。

「現場が荒れてんだ。普通七十八歳のホームレスと争って現場は荒れないだろ。いくら路上生活で鍛えられているとはいえ、相手は七十八だ。刃物持っている相手に抵抗できるか? チャック・ケード、このホームレスの名前だが、彼は刺されながらも抵抗している。犯人ともみ合いになっているんだ。ミグラス市警はホームレス同士の争いと見立てたようだが、弱った吸血鬼と考えればあるんじゃないか」

「なるほど、死亡日は四月の十日か」

 ジャック・ディーゼルが吸血鬼になったのは三月である。

「血を吸おうと、刃物で刺したけど抵抗されて失敗しちまったんじゃねぇか。女、子供の犯行か、老人同士の殺しあいって線もあるがね」

「すばらしい着眼点だ。首筋の傷ばかり私は考えていた。調べてみよう。とはいえもう遅い。明日にするか」

 窓を見た。日が沈みかけていた。


 翌日、イーサンとエドワードは、チャック・ケードが殺害された現場に向かった。泊まっているホテルから徒歩で三十分ほどいったところである。

「重くないかね」

 イーサンは歩きながらエドワードが肩からさげている鞄を見た。中には杭打ち銃が入っている。

「これぐらい平気だよ」

 エドワードは鞄をなでた。

「お気に入りのようだね」

「ああ、なんていうか、こういうの好きなんだよ」

「開発部の趣味で作られたような物だ。普通の銃の方が使い勝手がいいだろう」

「普通の銃じゃあ、吸血鬼には効かないんじゃないか。こいつは、接近して撃てば、威力はでかいぜ」

 エドワードはうれしそうに言った。

「それだって、夜の吸血鬼には効かないさ」

「頭に打ち込めば多少は効くだろ」

「まず近づけないとは思うが、仮に近づけても、ある程度長く生きた吸血鬼には、あまり効果はないだろうね」

「なんでだよ。頭を吹き飛ばせば、直るまで何もできないだろ。頭だぜ、頭」

 エドワードは自分の頭を指でさしながら言った。

「吸血鬼にとって肉体は、精神を入れておくための器に過ぎない。器が壊れれば中身はこぼれるが、無くなるわけではない。簡単に言うと、頭が吹き飛んでも、集中すれば体は動かせるんだよ」

「なんだよそれ、ずるいじゃねぇか」

「そうだね。ずるい存在なのだよ。吸血鬼は」

「でもまぁ、昼間の吸血鬼には効くんだろう」

「それは効くよ。だけど、下手に杭を打ち込んで目覚めさせるより、太陽に当てた方が安全だよ。間違って普通の人間を杭でうってしまうこともないからね。吸血鬼は、日があるうちは簡単には目は覚まさない。部屋の中に入って窓を開けた方がいい。太陽の光に直接当てれば吸血鬼は終わりだ」

「そうか、これ使えないのか」

 エドワードは落ち込んだ表情を見せた。

「いや、全く使えないわけじゃないよ。太陽の光が全く入らないようなところで寝ている吸血鬼もいるからね。そういう場合は、杭打ち銃で動けなくして、太陽のあるところまで運ぶという選択肢もある。それから、侵入者を探知する魔法を使っている吸血鬼もいる。部屋の中で眠い目をこすりながら待ち構えている場合もあるからね。その場合は、そいつで戦うしかない。ただね」

「なんだ」

「そういうときは、機関銃かショットガンをお勧めするよ。そちらの方が軽いし、遠くまで飛ぶだろう」

 イーサンは指で銃を撃つようなジェスチャーをした。


 イーサンとエドワードは、ミグラス市南西の、チャック・ケードが殺された橋の下にたどり着いた。下水から流れる水が、悪臭を放っていた。

 橋のたもと、橋を支える柱と川の間の二メートル程度のスペースにチャック・ケードは暮らしていた。チャック・ケードの荷物はすべて撤去されているが、どこか生活の痕跡のような物が見て取れた。

「思ったより狭いな」

 エドワードは川と橋脚の間の土台部分に立ちながら言った。

「雨の時とかどうしたんだろうね。増水したら、ここはまずいじゃないのかな」

 橋脚の根元、コンクリートに水の跡のようなものがあった。

「そんときはどこかへ移動したんだろう」

「橋の近くの道から丸見えだね」

 橋の横には、斜面があり、川沿いに道があった。

「この道を通ったことがあるなら、橋の下に人が住んでいることを知っていても、おかしくはないな」

「そうなるね」

「吸血鬼は、知っていたのか、それともたまたま通りかかったのか。どっちなんだろうな」

「およそ十年ほど前から、チャック・ケードは、ここに住んでいたそうだ。何かの拍子に知った可能性はある」

「だけど、犯人が人間の可能性もあるよな。力の弱い老人や女子供がやったかもしれねぇ」

「子供という可能性は除外していい」

「なんでだ。力の弱い子供なら、老人といい勝負になるんじゃないか」

「犯人の背は百七十センチ以上ある」

「なんでわかるんだ」

「橋脚を見たまえ、コンクリートに血痕の跡と、こすったような跡がある。チャック・ケード氏は百六十センチ程度だが、この肩口をこすったような跡はもっと高い位置にある。推測するに、百七十五から百八十五センチの人物だ」

「それだけ身長差があって、もみ合いになるってのは、むつかしいな。相手も年寄りだった可能性もあるけどな」

「君がいっていた、ナイフを持った弱り切った吸血鬼である可能性もあるということだな」

「目撃証言は、なかったよな」

「夜中の二時頃だ。叫び声や争う声を聞いた近所の住人がいるが、それを見に行った者はいない」

「そりゃそうだよ」

 この付近は治安がいいところとは言えない。町の灯りから少し離れ、売春宿や賭博場などがひっそりとあった。目撃者がいたとして警察に名乗り出るとは限らない。

「夜中の移動手段は限られている。チャック・ケード氏が殺されたのが夜中の二時、日の出が、六時頃だとして、移動できる時間はおよそ四時間、もし、この事件が吸血鬼の仕業なら、その吸血鬼の寝床は四時間で移動できる場所にあるということだ」

「奴は弱っていたんだろう。歩きなら、がんばって十五、六キロってところかな、馬だとどうなるんだろうな。でも、夜だとそんなに速く走らせることはできないか」

「いや、吸血鬼の五感は鋭い。弱っていたとしても、五感は影響を受けない。夜でも昼のように明るく見えている」

「そうか、馬も夜目は利くしな。遠くからきた可能性もあるってことか」

「付近の住人は馬の足音を聞いていない。夜ならかなり響く、印象に残るはずだ」

「じゃあ、歩きか。どこかに馬を止めていた可能性もあるな」

「その可能性もある。あるいは我々のように、ホテルに泊まったのかもしれない」

「吸血鬼がか。朝とかどうするんだ。日焼けしちまうぜ」

「ホテル側に昼間は寝ているから入るなと伝えておけばいいさ。カーテンを閉めて、クローゼットの中で怯えて眠ることになる」

「吸血鬼も大変だね」

「チャック・ケードが殺されたのは、四月の初め、ジャック・ディーゼルに力を分け与えたすぐ後だ。飢えに耐えかね近場で済まそうとしたのかもしれない」

「血は吸えたのかな」

「チャック・ケードのか。わからんが、血を吸う前に絶命した可能性がある。吸血鬼は生き血しか飲まない。死体から血を啜っても意味は無い。血筋を切っていないから、飲めたとしても少量だろう」

「だとすると、この近辺で、もう一件やっているんじゃないか。飢えてるんだろ」

「そうだな、喉が渇き、歯がうずく。体がひからびるような飢えだ。なかなか耐えられるものじゃない」

「だけどそれらしい事件はなかったよな」

「ああ、無かった。死体がまだ見つかっていないだけかもしれない」

「行方不明扱いになっているってことか」

「そういう可能性もある」


「どうだ。吸血鬼は見つかったか」

 イーサンとエドワードがミグラス市警殺人課を尋ねると、トム・ターナーは疲れた顔をしながら迎えた。

「いや、まだだが、可能性がある話が出てきた」

 イーサンはチャック・ケードの事件について話した。

「ほう、あの事件がね。こいつは驚いた」

「人ごとみたいな言い方だな。ちゃんと捜査したのか」

 エドワードは不快そうな顔をしながらいった。

「したさ、死んだのがホームレスだから手を抜いたわけではないよ。まぁ、犯人が吸血鬼だとは思わなかったけどね」

 トム・ターナーは特に動じた様子もなく言った。

「まだ可能性の段階だよ。推測の域を出ていない」

 イーサンは、行方不明者の中に被害者が居る可能性について話した。

「だが、行方不明者となると、かなり数が多くなるぞ。この辺りは出稼ぎの労働者が多い。しかも、倒産騒ぎで、失業者もずいぶんでている」

「いや、労働者は探していない。それよりも弱者だ。老人や子供、女性といった肉体的に非力な人間を探している。病人も良い。四月の上旬チャック・ケードが殺された前後の時期だ」

「わかった。係のものに調べさせよう。いっとくが、これ以上手伝えないぞ」

 トム・ターナーは疲れた表情でディスクを見た。書類が山積みになっていた。


 該当する行方不明者が三件ほど見つかった。うち一件は、十三歳の少女で二つ上のボーイフレンドの家にいることがわかった。家族の元に連れて帰ると泣いて感謝された。他の二件は、どちらも老人だった。

 そのうちの一件、チャック・ケードが殺された橋から、一キロほど離れた住宅で一人暮らしをしていたエレン・フィッシャーという名の八十一歳の老女の家に二人は向かっていた。

 家族はおらず、親戚から捜索願が出されていた。郵便がたまっているのを見て、近所の人間が役所に相談し、役所が親戚に連絡した。五月の初めのころである。

「一人暮らしの老人か。私も人ごとじゃないね」

 イーサンは白い髪をかきながら言った。

「あんた親戚とかいるのか」

 エドワードは少し笑いながら言った。イーサンは九百年間吸血鬼をやっていた。

「私の場合、少し複雑だが、遠い親戚が、この国の国王をやっているよ」

「まじか」

 エドワードは驚いた表情をした。

 薄汚い通りだった。たばこの吸い殻、紙くず、空き瓶、ゴミが道の端にたまっていた。白い石造りの小さな家だけは不思議と澄んでいた。

「ここか」

 行方不明の老人であるエレン・フィッシャーの家である。夫のヘンリー・フィッシャーは十年前に亡くなっている。以来一人暮らしである。

「なんか小ぎれいな家だな」

 エドワードは辺りを見ながら言った。庭の樹木や雑草は生い茂っていたが、二階建ての白い家は品があった。

「手入れを欠かさなかったのだろう」

「俺んとこの、ぼけてたばあちゃんの家は、もっとむちゃくちゃだったな。エレンさんは、頭の方はしっかりしてたってことか」

「近所の人も、年の割にしっかりとした人だったと言っている。ぼけていたという話はない。付近の病院や福祉施設を調べたそうだが、エレン夫人はみつからなかったそうだ」

「生きていてほしいね」

「私は、どちらでもいいと思っているよ」

「つめてぇなぁー」

 エドワードは眉をひそめた。

「中を調べよう。鍵は預かっている」

 鍵を開け家の中に入った。

「それで、何を調べればいいんだ」

 時々、エレン夫人の親戚が様子を見に来ているらしく、家の中は、それほど汚れていなかった。

「もし吸血鬼の犯行だとすると、どこかに血を吸った痕跡が残っているはずだ。床を中心に調べてくれ」

「わかった。俺は二階の方を調べてくるわ」

「頼んだ」

 二手に分かれた。


「なにもねぇな」

 二階は、使われたような形跡はあまりなく、物置部屋のようになっていた。エドワードは一通り調べ一階に降りてきた。

「エドワード、こっちに来てくれ」

 浴室の青いタイルにイーサンは這いつくばっていた。

「何か見つかったのか」

「ああ、タイルの目地に血の跡があった。丹念に掃除をしたようだが、少し残っている」

「そうか」

 エドワードは残念そうな顔をした。血の跡があるということは、ここの住人は無事ではないということだ。

「ここで血を吸ったということか」

「かもしれん。死体を、ここで解体した可能性もあるな」

「死体はどこに行ったんだ」

「どこかへ運んだんじゃないか」

「弱った吸血鬼の犯行だとしたら、解体したり運んだりするのは難しいんじゃないか」

「いくら弱っていても、時間をかければ、なんとかなるだろう。一人暮らしだと知っていたら、昼間は、この家に泊まり、夜間に作業をすることもできる。遺体の運搬は、馬か、自転車を使えばなんとでもなるだろう」

「俺が昔捕まえたギャングは、飢えた野良犬に食わせていたな。山で死体を捨てていたら勝手に集まっていたらしい。調子に乗って死体を捨ててると、犬が集まって困ると苦情が出て発覚した」

「犬か。私はワニの餌にしていた」

「そんなことをしていたのか」

 エドワードは顔を引きつらせた。イーサンは三十年ほど前まで吸血鬼だった。当然月に一度ほど食事を取る。

「昔のことさ、温泉があってね。そこにワニを放したんだ。温泉のおかげで、冬でもワニが元気に泳いでいた。今はワニのいる観光地になっているはずだよ」

「まじか。子供の頃にワニのいる温泉地に行ったことがあるぞ」

「だいぶ昔の話だ」

 イーサンは肩をすくめた。

「それはいいとして、結局これは吸血鬼の犯行なのか」

「わからんが、そうであってもおかしくはない。物を盗られていないし、八十一の老人に怨恨も考えにくい」

「なんで吸血鬼は、この家に、老人が一人で暮らしているとわかったんだ」

「吸血鬼の感覚は鋭い。家の中に人がいるかどうか、音や匂いでわかるし、少し熟練すると、人間の体温を視覚でとらえることもできるようにもなる。だから、ここに一人暮らしの老人がいると、わかってもおかしくはない」

「便利なもんだな」

「どうやって家の中に入ったんだろうか」

 イーサンが調べた限り、窓とドアは施錠されていた。壊されたような跡もない。

「ああ、それなら二階の窓の鍵が開いていたぜ。ぱっと見、入ったような跡はなかったが、雨樋のパイプか、家の庭木からなら弱った吸血鬼でも入ることもできるんじゃないか」

「そうか、後で調べてみよう」

「死体をここに埋めているってことはないのか」

「その可能性はあるな。敷地内を調べてみよう」

 二時間ほど床下や庭を調べたが、死体は出てこなかった。二階の窓周辺を調べると、かすかな土汚れがあり、それを丹念にぬぐったような跡もあった。イーサンとエドワードは、ミグラス市警に寄ることにした。


 トム・ターナーに風呂場に血痕があったことを伝えると、露骨にいやそうな顔をした。



 吸血鬼


「におうな」

 夜、目が覚めると腐敗臭がした。

 床下に死体を埋めてある。吸血鬼の鋭敏な嗅覚はその匂いを感じとっていた。

 三ヶ月ほど前、一人暮らしの、寝ている老婆の首を絞め意識を奪い、風呂場に運び頸動脈を切り裂き血を吸った。久方ぶりのまともな食事だった。

 血を啜った後、死体を旅行鞄に詰め込み、自転車の荷台に載せ家に持ち帰った。どこか遠くに捨てに行くような力は無かった。床下に、何とか人が、一人入るぐらいの穴を掘り、そこに埋めた。その匂いが家の中に充満していた。

 死体を家に持ち帰ったのはそれが初めてだった。どこかへ死体を移したいと考えていたが、腐った死体に触れたくはなかった。

 橋の下に住んでいたホームレスの件も失敗だった。

 飢えに耐えかね、近くの橋の下で暮らしているホームレスを狙った。眠っているホームレスに近づき、口を押さえナイフを首筋に突き立てようとした瞬間、横転した。ホームレスの老人に足払いを食らったのだ。ナイフは首筋を外れ老人の背中に刺さった。叫び声を上げる老人の脚を掴み、老人の腰の辺りにナイフを突き立てる。老人は暴れ回り、吸血鬼を蹴飛ばした。転がる。吸血鬼の体は半分ほど水の中に落ちた。這うように逃げようとする老人を吸血鬼は追う。体は鉛のように重かった。

 立ち上がり逃げようとする老人の肩の服を掴んだ。ナイフを突き立てようとすると、老人は振りかえり、左の肘を吸血鬼に放った。あごに当たり、吸血鬼はバランスを崩し、橋脚のコンクリートの柱にぶつかった。「くそ野郎!」老人は叫びながら、逃げる。吸血鬼は、必死に追いかける。老人にぶつかりナイフを突き立てる。何度か突き立てると、老人の体から生命が漏れ出していることに気がついた。吸血鬼は慌てて、背中から漏れ出す血を吸い付くように啜った。血に混じり、老人の垢の匂いと汚れた衣服の味がした。脈動はすぐに途絶えた。

 ほんのわずかな血しか吸えなかった。

 汚れた血とナイフを川であらい、あらかじめ用意しておいた衣服に着替えた。人が近づく気配はない。ホームレスの老人の死体をどうするか少し悩んだが、どうにかできるような体力は吸血鬼にはなかった。

 その後、飢えに耐えかね近くの一人暮らしであろう老婆を襲った。

「せっかく吸血鬼になったというのに」

 へまばかりしていると思った。



 捜査


「ここだな」

 イーサンは一軒の家の前で立ち止まった。

「本当なのか」

 エドワードは言った。

 エレン・フィッシャーの家から、五キロほど離れた場所にある郊外の一軒家である。

「かすかだが魔力の反応がある。眠っているとはいえ、それなりの魔力が漏れ出る」

 イーサンは手のひらの上にコインを一枚のせていた。そのコインが、かすかに揺れていた。イーサンとエドワードはコインを手に、エレン・フィッシャーの家の周辺を朝から夕方まで、ひたすら歩いていた。三日ほど歩き、ここにたどり着いた。

「便利だな、そのコイン」

「昔作ったものだ。触媒としてそれなりに優れている」

 吸血鬼時代に魔力を込めて作った銀貨である。コインにはイーサンによく似た若い男の横顔が刻まれていた。

「ここにいるのか」

 エドワードは背伸びした。石垣に囲まれ、外から中の様子は見えない。かろうじて赤い屋根が見える。

「厳重だな。中に入るのは骨が折れそうだ」

「金持ちの吸血鬼か。きっと嫌みな奴だぜ。すぐに乗り込むか」

「いや、調べてからだ。ただの金持ちならいいが、場合によっては応援を呼ぶことになる」

「あんまりぐずぐずしていると、新しい犠牲者が出ちまうぜ」

「その、新しい犠牲者になりたくなければ、慎重に行動した方がいい」

 イーサンは屋敷に背を向けた。


 三日ほど、その家について調べた。石垣に囲まれた赤い屋根の屋敷の持ち主は、ジェフリー・グレン、元大学の教授だったが三年ほど前にやめている。その前後に、この屋敷を購入している。土地と建物の持ち主をさかのぼってみたが、何人か代理人を挟んでいるらしく、途中でわからなくなった。付近の住人に話を聞いたが、ジェフリー・グレンをあまり見たことが無いそうだ。

「なんか、組織だった感じがするな」

 エドワードはジェフリー・グレンの屋敷を見ながら言った。

「そうだな、手助けをしている者がいるのは間違いない」

「あれか、親って奴か」

 血を分け与えた吸血鬼のことを、親と呼ぶ。

「かもしれん。すぐに死んでもらっては困るので、家を贈ったのかもしれん」

「わざわざ、そんなことをするのか」

「利用価値があればするだろうね」

「生物の研究者だったんだろ」

「そうだね」

「何の研究をしていたんだが、いやな予感しかしねぇな」

 顔をしかめた。

 自動小銃を持った赤い髪の男が近づいてきた。

「付近の住人の避難は完了した」

「ありがとう、ビル。地下の出入り口はあったか」

「この家の地下に人が這い出ることのできる下水溝が一本あった。穴に鉄板をたてかけ、つっかえ棒で固定し封鎖した。部下を張り付かせている」

 吸血鬼対策課戦術部隊のビル・カークランドはいった。赤髪の若い男だ。屋敷の周りはビル・カークランドの部下が取り囲んでいる。

「本当に生け捕りなんかできるのか」

 エドワードは不安そうな顔をした。

 通りに止めてある馬車の中から、人が一人、入れるぐらいの縦長の鉄の箱が運ばれていた。

「あまりお勧めはしないが、本部からの命令だ。相手の弱り具合によるが、人間が手に負える程度なら捕まえることができるだろう。お勧めはしないがね」

「鋼鉄製の棺桶よ。吸血鬼がいくら力が強いからって、抜け出ることなんてできないわ」

 女が鉄の箱をなでながら言った。

「吸血鬼は力だけでは無いのだよ。パメラ」

「でも、若い吸血鬼なんでしょ。しかも弱っている。きっと大丈夫よ」

 パメラと呼ばれた女は笑った。濃い紫色の長い髪で少し太めである。

「捕まえてどうするんだ」

 エドワードがいった。

「あら、あなた新人さんね。私はパメラ・モートン、調達部よ」

「エドワード・ノックスだ。それで、捕まえてどうするんだ。裁判にでもかけるのか」

「あら! 裁判だなんて、おもしろい。吸血鬼に裁判なんて不要だわ。例外はありますけどね。お話を伺うのよ。この棺桶、顔の部分が開くようになっているの、それでゆっくりとお話しをするのよ」

 パメラが留め金を外すと、箱の上部に小さな窓が開いた。

「尋問をするのだろう。彼を吸血鬼にした親がいるからな」

「どこで吸血鬼を尋問なんかするんだ。あぶねぇだろう」

「さぁ、それ専用の施設があると聞いたことがあるわ。きっと、日差しの強い南の島にあるのよ」

「そんな島でバカンスなんてしたくねぇな」

 顔をしかめた。

「どちらにしろ、捕まえてからの話だ」

「そうだな、ぐずぐず言ってたってしかたねぇ、やるか」

 エドワードは杭打ち銃を構えた。

「やっぱり、それ、使うのかい」

「おう、なんかしっくりくるんだ。あんたは何を使うんだ」

 イーサンは手に何も持っていなかった。

「私は死刑囚だよ。武器を持って出歩けるわけがないだろう」

 両手を広げた。


 門の扉は鍵がかかっており、ビル・カークランドが梯子を使って門を越え扉を開けた。

 中に入ると庭に樹木のたぐいは無く、砂利が敷き詰められており、雑草が所々生い茂っていた。

「がんばってねぇー」

 パメラの脳天気な声が門の外から聞こえた。

「殺風景だな」

 エドワードがつぶやいた。庭と家、飾りのような物は何も無く、日差しを避けるように分厚い屋根が家全体を覆っていた。

「樹木のたぐいは手入れが必要だからな。夜中に植木ばさみで枝葉を落としていたら、怪しまれる」

「庭師を雇うわけにもいかないってわけか」

「どうする。一挙に制圧するか」

 ビル・カークランドは言った。

「いや、罠か警報装置が設置されている可能性がある。吸血鬼の眠りは深いが特定の音には敏感だ」

 屋敷を一周した。窓はあったが、どれも鉄の格子がはめ込まれており、雨戸がかたく閉められていた。

「どこから入るんだ。窓をたたき割るか」

 エドワードは杭打ち銃を叩きつける仕草をした。

「いや、窓には、魔術による警報装置があった。それは最終手段だ」

「じゃあ、どうするんだ。呼び鈴でも押すか」

「玄関から入る」

「それができりゃ苦労しないだろう」

 玄関の扉には魔術鍵がかかっていた。

「こじあける」

 イーサンは懐から細い棒状の工具を出した。

「あんた、そんなことまでできるのかよ。空き巣じゃねぇか」

 エドワードはあきれた顔をした。

「時間があったからね」

 イーサンは鍵穴をのぞき込んだ。


 二時間ほど、イーサンは玄関の扉の前でしゃがみ、紙に術式を書きながら、玄関の鍵と格闘した。魔力を込め、細い金具をまわすと、カチャリと、鍵が開く音がした。

「開いたか?」

 庭で寝転びながらエドワードが聞いた。

「ああ、シリンダー錠に、魔術記号錠を組み合わせてあった。記号錠を解き、シャーラインをそろえながら術式をはめ込むのは、なかなか苦労したぞ」

 イーサンは汗をぬぐった。

「それで、開いたのか」

「もちろんだ。魔術記号の解明には、集積魔術を駆使して、音を頼りに」

「よし、いこうぜ」

 エドワードはドアノブに手をかけ、ひねって開けた。

「少し休まないか」

 イーサンは腰をさすった。

「そんな暇あるかよ。ぐずぐずしてると日が暮れちまうぜ」

 エドワードは中に入った。

「ちょっとは、いたわってほしいものだね」

 イーサンはため息をつき後へ続いた。


 中に入る。屋敷の中の空気は、よどんでいた。窓を閉め切っているというのもあるが、何か異質なものが漂っていた。

「暗いな」

 エドワードは懐中電灯をつけた。外は昼間だが、雨戸が閉じられているため、屋敷の中は暗闇だった。

「人形のたぐいはなさそうだな」

「人形ってのは何だ」

「防犯用のゴーレムだよ。侵入者に反応して襲ってくる」

「家に、そんなもんおいてるのかよ」

「悪魔を召喚して守らせる者もいるが、それにはそれ相応の対価が必要になってくる。夜間に魔力をためておいて、昼間はゴーレムに守らせる。それほどめずらしくはない」

「どうせゴーレムも、昔作ってたんだろ」

「ああ、ずいぶんたくさん作った。ほとんど城においてあるから、使えないがね」

「城? あんた自分の城を持っているのか」

「昔はな、だが今は、人間になってしまったから入れない。高度な結界を張っているから、城の入り口がどこにあるのかすら視認できない。けっこう高価な物があったんだがね」

 イーサンは肩をすくめた。

「そりゃあ、残念だな」

「どうする。部屋を一つ一つ調べるか」

 ビル・カークランドは自動小銃を腰だめに辺りを警戒しながら言った。

「いや、窓側の部屋にはおそらくいないだろう。逆に罠を仕掛けている可能性がある。家の中央か、地下で眠っているはずだ」

「例のコインで吸血鬼の位置を探れないのか」

「室内だと魔力が反射して、正確な位置はわからない」

「そうか、じゃあ、がんばって探すしかないか」

「そういうことだ」

 暗い廊下を懐中電灯を頼りに歩きはじめた。

 音がした。

 蠅の群れが耳の穴で暴れ回るような、耳障りな音が繰り返し聞こえた。

「なんだこの音」

 エドワードは辺りを見渡した。

「警報装置の音だね」

 イーサンは、何かを探すように懐中電灯で辺りを照らした。 

「警報器にひっかかったってことか」

「どこにそんなもんあったんだ」

 ビルは銃を構えながら辺りを警戒した。

「この鏡か」

 イーサンは懐中電灯の光を鏡に当てそらした。それを何度か繰り返した。

「その鏡がどうした」

 玄関の近くの壁に姿見の鏡が立てかけられていた。イーサンとエドワードとビルがうつっている。

「鏡に光を当てると、うっすらとだが魔術紋が浮き上がった。おそらく、鏡に強い光を当てると、音が出る仕組みになっているのだろう。吸血鬼は懐中電灯なんて使わないからね。良くできている」

「感心している場合かよ。吸血鬼が目を覚ましちまうぜ」

 エドワードは懐中電灯で辺りを照らした。照らされた部分は明るく、廊下の曲がり角には暗闇が広がっていた。

「もう、目を覚ましているようだ」

 ざわりと、うなじが総毛立った。


 吸血鬼


 ジェフリー・グレンは背中から引きずり込まれるような眠気を感じながらも、起き上がった。地下室、ベットの上、暗闇の中、よく見えた。

「この音は、警報装置か、誤作動、ではないな、誰か、いるのか」

 耳をすませた。人の歩く音、何かが割れる音がした。警報装置の音が消えた。

「鏡を壊したか」

 最悪の事態だった。鏡に仕掛けられた警報装置を見つけ出し壊すということは、それ相応の知識と目的を持っているということだ。つまり、侵入者は、ジェフリー・グレンが吸血鬼であることを知っており、なおかつ、昼間寝ているジェフリー・グレンを殺しに来た人間であるということになる。

「にげないと」

 体は重く、日差し一つ無いというのに肌がひりつくような感覚があった。

 地下室の角に排水口がある。そこに、人一人這い出るぐらいの穴があり、降りると下水溝へ繋がっている。

 服を着替え、下水構内の地図などが入ったバックを手に、排水溝のふたを開け、狭い穴に潜り込んだ。二メートルほど下に降りると横穴があった。体を曲げ横穴に入り、しばらく進むと下水溝へと出る穴があるはずだった。

「ない」

 穴が鉄板でふさがれていた。

 一体誰が、少しパニックになりながら、ジェフリー・グレンは鉄板を押したがびくともしなかった。

「残念ですが、そこは行き止まりですぜ」

 鉄板の向こうから声が聞こえた。

「誰だ」

「吸血鬼対策課と言えば、わかるでしょう。おたくらの天敵、と自称しておりやす」

「なんだって」

 こんなところにまで手を回しているのか。

「あんたが、どれだけの命を奪ってきたか知りませんが、ここは出口の無い雪隠詰め、あきらめてくだせぇ」

 笑い声を上げた。

「くそ!」

 ジェフリー・グレンは鉄板を叩いた。拳の皮が剥け骨が見えるほど叩いたが、鉄板はびくともしなかった。



 屋敷の中


「部下から連絡があった。ジェフリー・グレンらしい人物が地下の下水溝から逃げようとしたそうだ」

 ビル・カークランドは無線機を使って部下と連絡をとっていた。

「それでどうなった」

「鉄板に歯が立たず、しばらく泣き言を言っていたが、捨て台詞を吐いて、どこかへ移動したそうだ」

「下水溝の位置から考えて、地下室の入り口は中央の部屋あたりだろう」

 不動産屋を通じて、屋敷の間取りは手に入れたが、地下室の入り口は記入されていなかった。

 ビル・カークランドを先頭に中央の部屋に向かった。

 中央の部屋の扉を蹴破り、ビル・カークランドと部下二名が中になだれ込んだ。

 長テーブルがあり、部屋の側面には薬品棚があった。テーブルの上にはフラスコなど実験道具が多数あった。ビル・カークランドとその部下は、部屋の中の収納棚の扉を開き、人がいないか確認したが誰もいなかった。電球のスイッチを探し押してみたが、電力が落ちているのか、つかなかった。ビル・カークランドと部下は地下の扉が無いか床を探した。

 イーサンとエドワードは部屋の外でその様子を眺めていた。

「俺ら、別の部屋を調べた方が良くないか」

「いや、彼らが調べ終わるのを待とう。彼らしか銃を持っていないからね」

「俺も持ってるぜ」

 エドワードは杭うち銃を見せた。

「そうだな、彼らを待とう」

 イーサンはいった。

「うん?」

 エドワードは廊下の先の暗闇に、なにかいるような気がした。懐中電灯をそこへ向ける。廊下の曲がり角に人の足のような物が見え、すぐに引っ込んだ。

 イーサンがエドワードに体当たりした。

 その直後、銃声と火花が散った。

 イーサンとエドワードはビル・カークランドがいる部屋の中に転がり込んだ。

「な、なんだ」

 床に押し倒されたエドワードが驚いたような声を出した。

「ショットガンかな、ジェフリー・グレンだろう」

「大丈夫か」

 ビル・カークランドが言った。

「ああ、イーサンのおかげで助かったよ」

 エドワードは肩をさすりながらいった。

「どうする。生け捕るように言われたが、銃を持っているなら話は別だ。滅ぼすか」

 ビルが鏡を使って、廊下の様子をうかがいながらいった。

「その方が良さそうだ。窓ガラスと壁を壊してくれ、ただし、部屋の中には罠があるかもしれない。不用意に入らないでくれ」

「わかった」

 ビル・カークランドは無線機を使って部下に指示を出した。窓ガラスが割れる音がした。

「銃があるなら、近づけねぇな」

 エドワードは杭うち銃を握りしめながら言った。

「だから、普通の銃にしとけと、言ったのだ」

 イーサンは少しきつめの口調で言った。


 吸血鬼


「当たらなかったか」

 ジェフリー・グレンは、暗闇の中、ショットガンを手に、辺りの様子をうかがっていた。人間のおよその位置はわかる。実験室に数人、家の外にも何人かいるようだ。囲まれている。下水溝もふさがれている。

 外には太陽、逃げ場は無さそうだった。

 日が落ちるまで戦うか。

「現実的では無いな」

 日が落ちるまで、五時間はある。

 銃があり、吸血鬼の生命力があるとはいえ、昼間、しかも弱っている体では、限界がある。

 しかも、壁に穴を開けるような音が家のあちこちからしていた。おそらく、家の壁を壊し日の光を取り入れようとしているのだろう。

 屋敷内に光が入れば終わりだ。日に焼かれて死ぬか、銃で撃たれ動けなくなったところを日で焼かれるか、それぐらいしか選択肢は無い。

「ここで終わりなのか」

 永遠の命のはずが、人の寿命より短く尽きてしまう。何とかならないものかと頭をかきむしる。

 一つ、アイデアが思い浮かんだ。


 屋敷の中


 壁を打ち壊したことによって、屋敷内に光が入ってきた。

 ビル・カークランドを先頭に前に進む。地下室の入り口を探したがまだ見つからなかった。別の部屋の扉をビル・カークランドが蹴破った。窓がなく本棚と机があった。書斎のように見えた。

「窓が無い部屋なんて、息が詰まりそうだ」

 エドワードが部屋の中の様子をうかがいながら言った。四方がコンクリートで固められており、窓が無かった。

 壁に貼り付けられている黒板には、チョークで書かれた文字とメモがはられていた。本棚に置かれている本は、所々抜かれており、机の上に積まれていた。

「奥の部屋に地下室の入り口があったぞ」

 もう一つ部屋が続いており、床に地下への階段があった。

「床に傷があるな」

 地下室の階段の入り口付近に、何かを引きずったような跡があった。

「ずいぶん新しい」

 イーサンはしゃがみ込み床の傷を調べた。つい先ほど、何かを引きずったような跡があった。

「地下室にバリケードを作ったんじゃ無いか」

「なるほど」

「けっこう頑丈そうな扉だな」

 懐中電灯で階段の奥を照らすと、鉄の扉が見えた。

「蹴破って何とかなりそうな扉じゃなさそうだな」

「破城鎚を使う」

 ビル・カークランドは部下に破城鎚をもってこさせた。


 吸血鬼


「来たか」

 ジェフリー・グレンは、部屋の角で横倒しにした洋服ダンスの後にいた。

 地下室の中はガスが充満していた。

 ジェフリー・グレンはガスボンベを何本か担いで、地下室に持ってきた。排水溝にガスボンベのホースを差し込み噴出させ、残ったガスボンベは地下の扉の前に栓を開いて置いた。空気より少し重いガスが、排水溝と地下室に充満していく。

 地下室の扉の前に人が集まる音がした。

「さて、吸血鬼の耐久実験といこうか」

 ジェフリー・グレンはライターを手に取った。 


 屋敷の地下へ


 扉をこじ開けるための破城鎚を部下に持たせ、ビル・カークランドは銃を持ち先頭に立った。

四人の部下に破城鎚を持たせ、階段を降りた。扉の前に立ち、耳を扉に押しつけた。何か音がしていた。何かが漏れるような音、何の音だろうと再び耳を押しつけると、匂いに気づいた。

「ガスだ! 退避! 退避しろ!」

 四人の部下は破城鎚を捨て、階段を上った。捨てた破城鎚が階段を滑り落ちる。ビル・カークランドは走りながら無線機のスイッチをひねって、下水溝にいる部下に連絡を取った。

「ガスだ! にげ」

 爆発した。

 下水溝にいたビル・カークランドの部下は、無線機の声を聞いて、体を丸め、脱出口を塞いでいた鉄板から離れた。

 鉄板から炎が吹き出す。鉄板を固定した木材がへし折れ、鉄板が飛ぶ。炎と爆風、下水道にいたビル・カークランドの部下は、爆風に転がるように吹き飛ばされた。


 吸血鬼


 焦げ臭い匂いがした。ジェフリー・グレンの体が燃えていた。

「ひぃいいいいい」

 ジェフリー・グレンは体をはたき床に転がった。痛い、とても熱い。

 地下室は所々燃えていた。

 どれぐらい、意識を失っていたのかわからなかった。体中に木や金属の破片が突き刺さっている。

 それを抜いていく。抜きながら、自分が次は何をしなければいけないのか思い出そうとしていた。内蔵が音を鳴らしている。爆発の衝撃波でつぶれた内蔵が元に戻っているのだろう。粘度の高い血液が体中から漏れ出ていた。それは傷口や皮膚から徐々に吸いこまれていく。

 水が降り注いでいた。

 屋敷の天井には、熱に反応して水をまくスプリンクラーが設置されている。昼間寝ている間に家が焼ければ、悲惨なことになるからだ。

 だが、地下室にそのような設備は無い。なぜ水が地下室に落ちてきているのだと、上を見ると理由がわかった。地下室の天井に穴が空いていた。その穴から水が落ちてきていた。

 火が、徐々に消し止められていった。所々穴が空いたガスボンベからは火が噴き出していた。

 ジェフリー・グレンは体を動かせるぐらいに回復した。それにともない、地下の排水溝から下水溝に逃げなければならないことを思い出した。

「たいしたものだな。吸血鬼の体というものは」

 ジェフリー・グレンは笑った。

「その程度では無いよ。吸血鬼というものは」

 声がした。

 老人がいた。壊れた地下室の扉からあらわれた。

「生き残りがいたか」

「逃げ足だけは自慢でね」

 イーサンは手に火かき棒を持っている。

「それで戦う気なのか」

 ジェフリー・グレンは首をかしげた。

「いけないか」

 イーサンは左手を腰の後ろに回し、火かき棒を前に構えた。

「別にかまいませんよ」

 ジェフリー・グレンは両手を広げた。ショットガンは爆発の影響でどこかへ行ってしまった。

 焼け焦げた匂い。水が落ちる音があちこちからしている。けが人を運び出す人の怒声がしていた。

 ジェフリー・グレンとイーサン・クロムウェルは瓦礫と水がしたたる地下室で向かい合っていた。

 その時、地下室の天井に空いた穴から、人影が落ちてきた。エドワードである。手には杭うち銃がある。

 ジェフリー・グレンは左腕を振った。

 エドワードの脇腹に、ジェフリー・グレンの左腕が当たり吹き飛んだ。

 エドワードは地下室の壁に頭をぶつけ、そのまま意識を失った。

「水と煙でごまかせると思ったんだろうが、耳はいいほうなんでね」

 ジェフリー・グレンは耳たぶを引っ張った。爆発で破れていた鼓膜はすでに治っている。

「やめておいた方がいいと、言ったんだがね」

 イーサンは首を振った。

「あなたがおとりになって、彼が上から銃で攻撃する。そんなところですか。しかし、変わった銃ですな、これは杭を打ち出す銃ですか。吸血鬼の心臓に杭を打ち込む。古き良き伝統ですかな」

 ジェフリー・グレンはエドワードの手から離れ、床に転がっている杭うち銃を見ながら言った。

「古いのも、悪くは無いと思うがね」

 イーサンは火かき棒をまっすぐ前に、体は横に構えた。火かき棒の先端はとがっており、先端付近にフックがついている。

「老人が一人で、何ができる」

「剣術を少々」

 イーサンはステップを踏むように前に出た。床は水で少し滑る。

 火かき棒でジェフリー・グレンの顔をついた。ジェフリー・グレンは左手で払おうとした。イーサンは、火かき棒を下にさげ、ジェフリー・グレンの腹を軽くついた。先端が少し刺さる。すぐに抜く。

「ぐっ」

 ジェフリー・グレンは顔をゆがめた。こぶしを振るう。イーサンは後に避ける。床が水で滑るため、ともに動きにくい。

 イーサンはジェフリー・グレンの目を狙い火かき棒でつく。ジェフリー・グレンは首をひねって避ける。

 ジェフリー・グレンは左手で顔をかばいながら、前に出てこぶしを振るう。イーサンは左に避ける。少し距離を取る。イーサンは、すでに肩で息をしている。

 ジェフリー・グレンが飛び込むように近づき、こぶしを振るった。イーサンは下にしゃがみ避け、ジェフリー・グレンの腹をついた。ジェフリー・グレンは火かき棒を掴もうとした。すぐに火かき棒をひき、イーサンは、火かき棒を跳ね上げ喉をついた。ジェフリー・グレンの喉に突き刺さる。イーサンは体ごとぶつかるように押し込む。気管を突き抜け、頸骨に入り込む。そのまま、火かき棒を両手で持ち振り回すように、ジェフリー・グレンを押し倒す。

 イーサンも脚がもつれ、倒れる。

「はぁ、はぁ、さすがに、こたえる」

 イーサンは、ふらつきながら何とか立ち上がった。

 ジェフリー・グレンは仰向けに倒れたまま動かない。喉には火かき棒が突き刺さっていた。

「ぐ、ぐがっ」

 ジェフリー・グレンは体を動かそうとしたが動けなかった。

「頸骨まで、貫いた。手足は、すぐには動かせないだろう。まだ若い吸血鬼では、肉体を精神で動かすことはできまい」

 イーサンは息を切らせながらしゃべった。

 床に落ちているエドワードの杭うち銃を拾った。

「がっ、なにを、なにをする」

 ジェフリー・グレンは目だけでイーサンの行動を追った。

「古き良き伝統だよ」

 イーサンは杭うち銃を床に転がるジェフリー・グレンの胸に押しつけた。


 地下室


「これ生きているのか」

 エドワードは包帯を巻いた頭をさすりながら言った。

 喉に火かき棒が刺さり、胸に穴の空いたジェフリー・グレンが地下室の床に転がっていた。

「仮死状態になっている。吸血鬼特有の回復能力もほとんど停止しているが、夜になれば、また生き返る」

「こんな状態で、まだ死んでないんだから、ずるいぜ、まったく」

 エドワードは顔をゆがめた。

 上ですすり泣くような声が聞こえた。部下を逃がすため、逃げ遅れたビル・カークランドは爆風に巻き込まれ死んだ。ビル・カークランドの部下は、怪我をした者がいたが全員無事だった。

「有能な男だった。残念だよ」

 イーサンはいった。

「そうだな、俺なんかよりずっと使える男だった」

 エドワードは自分の手を見つめた。

「生き残った。それが一番重要なことだよ」

 イーサンはエドワードの肩を叩きながらいった。

「ご苦労様、ちゃんと生け捕りに、できるなんて、すごいわ」

 パメラ・モートンが瓦礫をまたぎながら近づいてきた。その後には例の棺を、パメラの部下が数人がかりで地下室に運び込んでいた。

「俺は何にもしてないけどな」

「あら、そうなの、次がんばればいいじゃないのー」

 パメラは軽やかに言った。

「パメラ、やはり、私は反対だよ。弱っているとはいえ、吸血鬼を甘く見てはいけない。昼間は良くても、夜になると、どうなるかわからない」

 イーサンは眉をひそめた。

「そうね。でも、私が管理するわけじゃないから、何とも言えないわ。その時はその時じゃないかしら」

「誰がどう管理するんだ。そんな危ないもん」

「さぁね。みんながその情報を知っていたら危ないじゃない。ほら、仲間の吸血鬼が助けに来るかもしれないでしょ。だから、内緒なのよ」

 パメラは特注の棺桶をジェフリー・グレンの横に置かせた。

「急に動いたりしないかしら」

 パメラ・モートンはジェフリー・グレンの喉に刺さった火かき棒を、うんしょと引き抜いた。

「さ、早く棺の中に運んでちょうだい」

 ジェフリー・グレンは棺の中に納められ、運ばれた。


 吸血鬼対策課第九分室


「そうか、犠牲者が出たか」

 イーサンとエドワードは第九分室に戻り、ブライアン・フロストに報告をした。

「まさか逃げるために自分ごと爆破するとは思わなかったよ」

 イーサンはいった。

「災難だったな、本部の余計な命令もあったようだしな」

 ブライアン・フロストが眉をひそめながらいった。

「生け捕りの指示があっても無くても、結果は変わらなかっただろうがね。だが、いいこととは思えない」

「君は反対かね」

「もちろんだよ。いくら弱っているからといって、吸血鬼は吸血鬼だよ。捕らえようなど間違っている。いずれ力を取り戻すぞ」

「その前に始末する気なんだろう」

「捕らえて何をするつもりなのかしら」

 シャロン・ザヤットがいった。

「いろいろお話しするって言ってたぜ」

 エドワードがいった。

「何かの拍子に、脱獄しそうね。それでもって、尋問を担当していた捜査官がむごたらしく殺されちゃうのよ。別の捜査員が慌てて部屋の中に入ると、ピザの上に、捜査官の生首を乗せてあって、”召し上がれ” て、メッセージが残してあるのよ」

「悪趣味だが、そういう話は結構好きだぜ」

「ジェフリー・グレンの親については何かわかったか」

 ブライアン・フロストがイーサンに聞いた。

「いや、今のところは何も、いろいろ燃えてしまったようだしな」

 爆発と水で、ジェフリー・グレンの自宅の捜査は思うように進んでいなかった。

「そうか、今日はもう帰って休んでくれ。エドワードは少し残ってくれ、渡したい物がある。イーサン、ご苦労さん」

「では、お先に」

 イーサンは部屋を出た。


「どうだ。イーサンと組んでみて」

 ブライアン・フロストはエドワードにいった。

「なんちゅうか、いろいろ詳しいっすね。危ないところを助けてもらったし、頼りになるっていうか、年の功って感じですかね」

 エドワードは頭をかいた。

「あいつは、いろいろ器用だからな」

「そうね。ただのおじいちゃんではないわね」

「君には、これを持っていてもらいたくてね」

 ブライアン・フロストは、親指程度の大きさの筒状の物を渡した。

「なんです」

 金属製でふたがついている。ふたを開くと、ボタンがあった。

「イーサン・クロムエルの首輪の起爆装置だ」

「えっ」

 エドワードは落としそうになった。

「五百メートル以内で、そのボタンを押せば、首輪は爆発する。あいつが怪しい動きを見せたら迷わず押せ、少しでも不信感を感じたら迷わず押せ、間違っててもいいから押せ。躊躇するな。あいつを誤って殺しても誰も罪には問われない」

「何言ってるんですか」

「あの男は、元は吸血鬼だ。九百年の長きにわたって人の生き血を啜り続けた男だ。絶対に信用するな」

「でも、イーサンは三十年も、ここで働いているんでしょ。仲間なんじゃ」

「三十年? 人にとっては三十年は長い。だけど彼は元吸血鬼だ。九百年吸血鬼だった男だよ。三十年なんてわずかな時間だ」

「そうよ。エドワード、どうやって彼が人に戻ったのか知らないけど、もう一度吸血鬼に戻りたいって、思うかもしれないでしょ。吸血鬼になるのは、ここでは、それほど難しいことでは無いのよ」

「しかし、イーサンは」

 ジェフリー・グレンの屋敷で、撃たれそうになったとき助けてくれた。

「彼は裏切り者だよ。一度は人類を裏切り、今度は吸血鬼を裏切っている。信用してはいけない」

 ブライアン・フロストは、真剣な表情をしていった。


 町


 町はすさまじい速度で変わっていく。知らぬ間に道は増え、建物は壊され、新たに作られる。

(今頃、起爆装置を渡されている頃かな)

 イーサンは自身の首筋をなでた。銀色のわっかが首に付けられている。

 変わりゆく町並みを眺めながら歩いた。


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