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第2話、バー

 バーの片隅に初老の男が二人いた。

「新しい相棒はどうだ」

「悪くはないよ。あまり頭を動かすことが得意では無いようだがね」

 イーサン・クロムウェルは答えた。短く刈り込んだ灰色の髪に、首には、つなぎめのない銀色の首輪が巻かれている。イーサン・クロムウェルは、九百年吸血鬼として生きた元吸血鬼である。

「前は、ギャングの取り締まりをしていた奴だ。ギャングから賄賂をもらっていた上司を半殺しにして、こちらに来た。頭より拳の方が役に立つと思っているタイプだ」

「私も殴られないように気をつけるよ。バーンズ、君の方はどうだい。ずいぶん出世したと聞いたが」

「なに、たいしたことは無いさ。説得と懐柔、肩のこる仕事ばかりだよ。お前さんと仕事していた頃の方が気楽だった」

 バーンズと呼ばれた男は答えた。目つきが鋭く、イーサンより年をとっているように見えたが、年齢だけでいえば、イーサンの方がずっと上である。バーンズはラム酒を少し口に含んだ。甘みが広がる。

「こっちはこっちで大変だよ。なんせ首がかかってるからね」

 イーサンは首輪をなでた。

「今年に入って三人目だっけ、順調だな」

 バーンズは笑みを浮かべた。

「ああ、間抜けな吸血鬼が多くてね。おかげで命拾いしている」

「ここ数年、吸血鬼の数が、多いような気がするな、何か知らないか」

「いや、知らないね。誰かが増やそうとしているのかもしれないな」

「何か企んでいる吸血鬼がいるのか」

「どうだろう。力を与えるということは、己の力が弱まるということだ。何を成すにしろ夜のあいだの吸血鬼は大概のことは一人で、できる。昼間は、何人吸血鬼の仲間がいようと、役にたたない。若い吸血鬼を増やしても、あまり意味のあることとは思えないがね」

 血を吸い、己の血を分け与える。それによって、新たな吸血鬼が生まれる。血を分け与えた方は、その分弱体化することになる。

「だが、かつてはその力を使い一つの国を支配しようとした吸血鬼もいた」

「馬鹿な吸血鬼もいたものだな」

 イーサンは笑った。

「最近は、吸血鬼を信仰している教団なんておかしな連中も出てくる」

「最近だけじゃないさ。昔からそういう連中はいた。信仰して喜ぶ人間も、信仰されて喜ぶ吸血鬼もいる。吸血鬼の力を欲する人間はいつの世にもいるよ」

「わかるね。この年になると、ときどき吸血鬼になりたいと、思うよ」 

 バーンズは自分の肩を揉みながら言った。

「そうか」

「ああ、そうだとも、何せ奴らは年をくうってことを知らない。腰の痛みも病気のつらさも、感じない。朝起きる必要性も無いしな」

 笑った。

「おぞましくはないのかね」

「血を吸うことか。蚊だって血を吸うだろ。コウモリもだ。肉を食うのとどう違う。食事は人間の生き血、偏食なだけだろ。しかも、月に一回程度の食事ですむ」

「だが、吸われた人間は死ぬ」

「人間は死ぬさ。時間と共に、時が来れば死ぬ。吸血鬼は別だ。時間と共に生きている」

「人は、死ぬのが正しいことなのだよ」

 イーサンはこの話を切り上げようとした。

「俺は死にたくないね。イーサン、もし、そういう、話があれば、俺にも教えてほしいんだ」

 バーンズはイーサンをのぞき込むようにいった。

「そんな話があるわけ無いだろう」

「吸血鬼に戻る気は無いのか」

「あいにく、吸血鬼に戻る気は無いよ。その方法も無いしね。今の生活が気に入っているんだ」

 イーサンは言った。

「そうかい、でも、気が変わったら言ってくれよ。何でも協力するからさ」

 バーンズは、二人分の支払いを済ませ先に店を出た。

「しつこい奴だ」

 残されたイーサンはグラスに残ったワインを飲み干した。



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