バーの片隅に初老の男が二人いた。
「新しい相棒はどうだ」
「悪くはないよ。あまり頭を動かすことが得意では無いようだがね」
イーサン・クロムウェルは答えた。短く刈り込んだ灰色の髪に、首には、つなぎめのない銀色の首輪が巻かれている。イーサン・クロムウェルは、九百年吸血鬼として生きた元吸血鬼である。
「前は、ギャングの取り締まりをしていた奴だ。ギャングから賄賂をもらっていた上司を半殺しにして、こちらに来た。頭より拳の方が役に立つと思っているタイプだ」
「私も殴られないように気をつけるよ。バーンズ、君の方はどうだい。ずいぶん出世したと聞いたが」
「なに、たいしたことは無いさ。説得と懐柔、肩のこる仕事ばかりだよ。お前さんと仕事していた頃の方が気楽だった」
バーンズと呼ばれた男は答えた。目つきが鋭く、イーサンより年をとっているように見えたが、年齢だけでいえば、イーサンの方がずっと上である。バーンズはラム酒を少し口に含んだ。甘みが広がる。
「こっちはこっちで大変だよ。なんせ首がかかってるからね」
イーサンは首輪をなでた。
「今年に入って三人目だっけ、順調だな」
バーンズは笑みを浮かべた。
「ああ、間抜けな吸血鬼が多くてね。おかげで命拾いしている」
「ここ数年、吸血鬼の数が、多いような気がするな、何か知らないか」
「いや、知らないね。誰かが増やそうとしているのかもしれないな」
「何か企んでいる吸血鬼がいるのか」
「どうだろう。力を与えるということは、己の力が弱まるということだ。何を成すにしろ夜のあいだの吸血鬼は大概のことは一人で、できる。昼間は、何人吸血鬼の仲間がいようと、役にたたない。若い吸血鬼を増やしても、あまり意味のあることとは思えないがね」
血を吸い、己の血を分け与える。それによって、新たな吸血鬼が生まれる。血を分け与えた方は、その分弱体化することになる。
「だが、かつてはその力を使い一つの国を支配しようとした吸血鬼もいた」
「馬鹿な吸血鬼もいたものだな」
イーサンは笑った。
「最近は、吸血鬼を信仰している教団なんておかしな連中も出てくる」
「最近だけじゃないさ。昔からそういう連中はいた。信仰して喜ぶ人間も、信仰されて喜ぶ吸血鬼もいる。吸血鬼の力を欲する人間はいつの世にもいるよ」
「わかるね。この年になると、ときどき吸血鬼になりたいと、思うよ」
バーンズは自分の肩を揉みながら言った。
「そうか」
「ああ、そうだとも、何せ奴らは年をくうってことを知らない。腰の痛みも病気のつらさも、感じない。朝起きる必要性も無いしな」
笑った。
「おぞましくはないのかね」
「血を吸うことか。蚊だって血を吸うだろ。コウモリもだ。肉を食うのとどう違う。食事は人間の生き血、偏食なだけだろ。しかも、月に一回程度の食事ですむ」
「だが、吸われた人間は死ぬ」
「人間は死ぬさ。時間と共に、時が来れば死ぬ。吸血鬼は別だ。時間と共に生きている」
「人は、死ぬのが正しいことなのだよ」
イーサンはこの話を切り上げようとした。
「俺は死にたくないね。イーサン、もし、そういう、話があれば、俺にも教えてほしいんだ」
バーンズはイーサンをのぞき込むようにいった。
「そんな話があるわけ無いだろう」
「吸血鬼に戻る気は無いのか」
「あいにく、吸血鬼に戻る気は無いよ。その方法も無いしね。今の生活が気に入っているんだ」
イーサンは言った。
「そうかい、でも、気が変わったら言ってくれよ。何でも協力するからさ」
バーンズは、二人分の支払いを済ませ先に店を出た。
「しつこい奴だ」
残されたイーサンはグラスに残ったワインを飲み干した。