それでも森の家の生活は人も少なく、静かで穏やかでした。
侯爵は事業が忙しかったのか、それとも、暗躍する様になったからでしょうか、以前の様に頻繁には来なくなりました。
ばあやは旦那様の訪れが無い、と心配していたようですが、私はほっとしました。
訪れは無くとも、必要な金や物は届けてくれます。
そして何より貴女が次第に可愛くなってきました。
ごめんなさい。
私は貴女のことが、三つくらいまでは可愛く感じられませんでした。
貴女が私のことを、かあさまかあさまと呼ぶ様になって、まとわりつくのがなかなか慣れなくて。
だって私はその頃まだ、今の貴女と同じくらいの歳だったのです。
妊娠した時の違和感と同じものが、まだ私にはあったのでしょう。
乳はやっても、ばあやが世話している関係もあったでしょう。
自分の子供という意識が、それでもまだ薄かったのだと思います。
私が貴女を自分の子供とちゃんと心の底から認識できたのは、貴女がイルドと一緒に花畑に行って、急な雨でずぶ濡れになり、風邪で寝込んでしまった時です。
その時ようやく貴女が死んでしまったらどうしよう、と血が引く思いでした。
無論、世間の母親達よりは感情が薄いのかもしれません。
それでも私はその頃から、ようやく自分を貴女の母親と認めることができる様になりました。
貴女は無邪気に私に甘え、私もそれを嬉しく感じることができるようになりました。
ところが、そんな時間はほんの一年かそこらでした。
先の奥様が亡くなったということで、急に侯爵は私を本宅に呼び寄せました。
それからというもの、私には侯爵夫人としての教育が課せられました。
侯爵は私を正式な夫人にどうしてもしたかったのだ、と言いました。
そして私もそれに相応しい夫人となって欲しいと。
それからまた、怒濤の教育です。
私は日々、考える間も与えられない程でした。
貴女の世話そのものはばあやが居たので心配はしていませんでした。
ですが、ようやく芽生えた愛情の様なものには満たされない日々が続きました。
連日の教育にくたくたになって戻ってきても、私と貴女の部屋は別々でした。
それに、昼間は離れでシリアや、向こうに住むマンダリンと一生懸命遊んでいた貴女は私が戻る頃には疲れて眠っていることが殆どでした。
私は再び気持ちが荒んでいきました。
マンダリンのことを聞いたのも、そんな時期です。
侯爵にとって彼女は正式な側室という訳でもなく、ただ子供を産ませて同じ敷地内に住まわせている愛人に過ぎないはずでした。
ですが、私と違い、ずっとこの敷地内に居ること。
私より年上で、立ち居振る舞いもそつないこと。
何やら侯爵の部屋に呼ばれ、身体の関係というよりは、別の大事な用事を任されている様なこと。
そして何より、窓から見える離れの様子で、貴女がずいぶん懐いていること。
それが酷く苦しかったのです。