「それが美味しいと思っていても、私の中の公爵の孫、という存在はあまりに大きくて、それに反することはできない。社交界も知っている。そして私はここでこのまま生きていくことにしている」
けど、とお姉様は続けた。
「マリアはこれからどうしたい? せっかく目の上のたんこぶが消えたことだ。もう侯爵が貴女を利用しようとすることも無いだろうし、私の名で社交界に出るもよし。でもまあ」
エリアお姉様はカップを両手で覆った蔭で少しばかりにや、と笑った。
「きっと、この家から出ていきたいのではないかな?」
「ええ」
私はうなづいた。
「シリアお姉様が助かったなら、街の皇女様の施療院で共に働きたいと子爵様がおっしゃってました。皇女殿下は、二人を他国の大使の部下として逃がそうともお考えの様でしたが、シリアお姉様が無罪ということになれば、できれば街の方で、私もそちらのお手伝いをしていきたいです」
そうか、とエリアお姉様はうなづいた。
「だったらそうするがいい。前も言ったけど、貴女は決して侯爵令嬢に向いていない」
「そうですね」
そう言って私もスープをもらう。
「私はやっぱりスープは熱いまま受け取りたい方ですから」
*
昼近くになって、司法省の役人が一週間ほど前より沢山やってきた。
以前やってきたのは、お姉様の逮捕と、私達への聴取のためだからさほど多くは無かった。
だが今回は、やっと消えて、窓を壊し、有毒な棟の空気を入れ換えるという作業と、亡くなった私の両親の確認の件もあった。
「こんなことになるとは……」
ファゴット子爵は愕然とした顔で、焼けた棟を眺めていた。
「確認をお願い致します」
司法省から、エリアお姉様と私、そしてばあやと執事に、二人の確認を要求された。
「勘弁してくださいまし…… 私は奥様が扉を閉め切ってしまうところまで見てしまっているのです……」
「私がでは先に」
エリアお姉様は先に立って遺体の確認をする。
顔を一瞬しかめるが、大丈夫、と一言、私をうながした。
お母様は美しいままだった。
火事の中亡くなったとは思えないほど、綺麗な姿だった。
鼻の奥がつん、とすぐに痛くなった。涙があふれてあふれて仕方がなかった。
一方、お父様は酷かった。
顔はともかく、手が。
どれほど叩いたのか、手がガラスの破片でずたずただった。
「掃き出し窓が全て漆喰で固められていました。いえ、窓という窓が」
司法省の役人はそう言った。
「そのせいで侯爵は体当たりしても、ベランダに出ることができなかったのでしょう。ガラスを割ったとしても、あの格子の大きさでは出ることができませんしね」