「マリアお嬢様……」
早足で連れて来られたのか、まだ息が荒い。
「大丈夫ばあや、お母様は、お母様は一体どうしたって言うの!」
膝を落としてうずくまるばあやに、私は詰め寄った。
「奥様は…… 奥様は…… すみません
すみません、止めることができませんでした……!」
「止めたの?」
「止めました、だけど奥様は旦那様を迎え入れると、その場でそっと鍵をお閉めになったんです…… 本当に、そっと……」
もっと詳しく、と私はばあやを揺さぶった。
するとエリアお姉様がそんな私の肩にぽん、手を置いた。
「慌てても仕方がないのよ」
「え」
「皆が何故消火もせずに逃げてきたのか」
ぱっ、と私は本邸の方を見る。
確かに火事は火事だが、もの凄く範囲が広がっているという訳ではない。
一つの部屋から出火したならば、一気に皆で水やら灰やら持ち出せば消し止められないことも。
「煙が毒だから、皆逃げてきたのよ」
「そうなのですマリアお嬢様」
その場でばあやはわっと泣き崩れた。
「奥様は、鍵を閉める直前に私にこれを」
そう言って私に二つ折りの紙を差し出した。
『これから毒の煙を充満させるから、皆は逃げてちょうだい。消火は要らない』
毒の煙?
「キョウチクトウだよ」
イルドがいつの間にか、私の側に居た。
「どういうこと?」
「気がついたら、この離れでも普通に使う薪とは別々に保管していたキョウチクトウの剪定枝と、生枝が無くなってた。昨日の昼、奥様に呼ばれて眠ったマリアを運び出す時に、それがそっちの棟の薪置き場にあったのを見てぎょっとしたよ。何考えてんだ、って」
私は自分の棟の使用人の方を見た。
「え…… 奥様が前々から、離れの薪や、林の木を切って薪にするために運んで来る様にと……」
「でもあんた等は、こっちの木の中に毒性があるものがあること、知らなかったろ? マンダリンさんがキョウチクトウの煙で亡くなったことも」
そう言いながら、イルドはキョウチクトウの葉のついた枝を見せる。
「断面に触るなよ。かぶれる」
「あ!」
使用人達は、顔を見合わせた。
「確かにこれも混じっていた……」
「だけど切ったばかりの奴は湿っててすぐには使えないから、乾燥するところに置いといたんだよな」
「ああ」
そうか。
薪は乾燥させなくてはならない。
だから皆が使うことはなかった。
「あれは虫も食わない、樹液で手がかぶれる、そんで、燃やせば毒の煙が出るシロモノだ。綺麗だし丈夫だけど」
「ちょっと待ってイルド。それを、お母様が持ち出したってこと?」
「奥様は知ってた、ってことだろうな。生木が燃えると煙だらけになるということを」
「え? どうしてそんなことを」
「奥様は森の家で暮らしてたから。薪の扱いくらいは知っていたと思うんだ。ただ俺も離れの人に聞くまでは、キョウチクトウが毒があるなんて知らなかった」
「じゃあ! お母様はいつ……」
はっ、とその時私の脳裏をよぎったことがあった。
「……昔の火事……」