イレーナの言葉を聞いて安心したのか、私は長椅子の上でそのまま眠ってしまった。
頭が混乱していたせいなのか、それともどうしようもない、という事実に絶望して考えることを拒否してしまったのか。
やがて目を覚ますと、お母様が心配そうに私をのぞき込んでいた。
「イレーナが慌てて飛び出して行くから、貴女がどうしたのかと思って
「お母様……」
思わずそのままお母様の胸にすがった。
「あらあらどうしたの」
「お母様、どうしても難しいんです。シリアお姉様を助けることができそうにないんです」
お母様には何をしているのか詳細に話したことはなかった。
なのについ、口から出たのは、イレーナにこぼしたのと同じ内容だった。
「危険なことを…… 貴女本当に、シリアのことが大好きなのね」
「お姉様ですもの。小さな頃からずっと一緒に遊んでくれた……」
「そう…… ともかくお茶を淹れるわ。ちょっと待っていてね」
私は長椅子の上に座り直す。
どうやら毒のせいで起こっていためまいや吐き気は治まったようだ。
イレーナはちゃんと向こうの様子を見てきてくれているだろうか?
子爵様にもうこの事実は伝わっただろうか?
そう思うといてもたってもいられず、今度は立ち上がって、うろうろと部屋の中を歩き回り始めた。
そしてふと窓の外に視線を移す。
離れの方から駆けてくる姿。
「イルド?」
こちらにやってくることは珍しい。
再会した後は、離れで今回の件の話をするだけだったのに。わざわざ。
彼は私の窓には目もくれず、屋敷の裏口へと回って行く。
何だろう一体。
「まあもう大丈夫なの?」
言いながら、お母様は小間使いに部屋の入り口までお茶の道具の乗ったワゴンを押させてきた。
「ここでいいわ」
そしてそのまま、私の居る辺りまで、手ずからワゴンを押してくる。
お母様は長椅子にお座りなさい、と私に言う。
言われるままに座る。お母様は左隣に。
ポットに入った茶をそっと私のカップに入れて差し出す。甘い香りの茶だ。
「取っときのお茶よ。香りが良いので、お気に入りなの」
「果物の香り」
「色々とね、こういう香りのついたお茶というものは多いのだけど、私はこれが一番好きなの」
「お母様そういうのにこだわるのね」
「ええ。お菓子もどう? 厨房の子達が、貴女はこれが好きだと言っていて……」
「ええそう! さっきちょっとお腹の調子が悪かったんで、お夕飯は食べられそうにないんだけど、これだったら」
「それなら良かった」
お母様はふんわりと微笑む。
「私、貴女が好きなお菓子も知らなかったのね」
「え」
「厨房の人達の方がよっぽど貴女のことを良く知っていたわ。無論イレーナも」
「そんな! お母様は忙しいんですもの。仕方ないわ」
「そうかもしれないわ。でも、もう少しどうにかしようがあったと思うの」
ぽりぽり、と焼き菓子を口にしつつ、水気が欲しくなって、お茶を更に含む。
と。
唐突に眠気が来た。
何かに引きずり込まれるような、身体が上手く動かない。頭の中心がしびれるように重くなって――
*
次に気付いた時には夜の離れだった。
そして、それまで居たはずの私達の棟が燃えているのが見えた。