「その様な毒性のものの場合、毒消しそのものがありません。飲ませないようにすること自体でしか、シリア様を守る方法は無くなります」
「そんな」
私はくらり、とその場にしゃがみこんだ。
「マリア様!」
メルダは私に近寄る。
「ともかくあの部屋の扉は開けておきます。瓶の蓋は閉めてきましたが、室内の空気が薄まるまで周囲に近づくことはしないように伝えておきます。マリア様は一旦本宅の方でお休みください」
そして作業用につけていたエプロンをも取るように言われた。
薬が何処かに染みついていてもいけない、と。
*
私は軽く頭痛を関しながら自分の棟へと戻っていった。
そして自室に入ると、窓から風を入れつつ、長椅子に横になった。
「お嬢様、もうお帰りだったのですか!」
開けたままの扉から風が吹き出していたのに気付いたのだろう、イレーナが慌てて入ってきた。
「ああ、イレーナ」
「酷い顔色です。何かありましたか」
そう言って心配そうな表情で私を見るので。
思わずわっと泣き出してしまった。
お茶を用意します、落ち着いてください、と彼女は言って軽く身を翻した。
戻ってきた手のトレイの上には、お茶のポットと、私の好きな焼き菓子があった。
お茶はともかく、今はさっきの吐き気のせいで、焼き菓子に手をつける気にならない。
「イレーナ聞いて、どうしよう、私、お姉様を助けられない!」
私はそれでも小さな声で、今あったことをイレーナに告げる。
「できることが毒消しを作ることだと思っていたから、それが駄目だと思ったら、今の私には、それ以上のことが考えつかない!」
そう言いながらも、まだ頭がくらくらとしている。
それが先ほどの毒の入った空気のせいなのか、それとも気持ちが一杯一杯のせいなのか、私には判らなかった。
「しっかりしてください!」
イレーナは私の肩をぐっと掴んで、低くもしっかりした声で言った。
「毒消しができないことが判ったなら、すぐさまそれをしかるべき方に伝えるのが先ではないのですか? メルダさんに確かめてきます。それを子爵様に伝えに行ったのか」
はっとする。
時間が無いのだ。
一つの案が駄目なら、次の案を。
急がなくては。
「そうね、伝えなくちゃ……」
立ち上がろうとしてふらふらとまた長椅子にへたり込む。
「お嬢様はそこで休んでいてください。イレーナがメルダさんがどう対応しているのか聞いてきます。 それでまだ子爵様に早馬とか飛ばしていなかったとするならば、それこそ私が行きますよ」