「貴女はきっと私のことを嫌いだったでしょうが、私は別に嫌いではなかったわ」
不意にエリアお姉様はそう言った。
表情は先ほどとさして変わってはいない。
「いつも貴女方が外で遊んでいるのを見ていたわ」
「やはり、ごらんになっていたのですか?」
「ええ。
まあ時々貴女がこっちを眺めていたのも知ってはいたし。
知っている? 何かを見る時には、何かもまたこちらを見ているものよ」
ごくり、と私は生唾を飲み込んだ。
「ああ、怖がらなくてもいいわ。
結構楽しく貴女方の様子は見ていたし。
でも誤解はしないで。
私は土いじりも虫が出るようなことも嫌いよ。
だから楽しく見てはいたけど、私には無理、と思っていたから」
それなら良かった、と私はあからさまにほっとした。
それがエリアお姉様に知れたことに対するものか、それとも彼女に対して悪いことをした、と心の何処で思っているせいなのか。
「私は私のお母様に、骨の髄まで公爵令嬢のたしなみや誇りを教え込まれたから。それに外れたことに関しては、まあできっこ無いわ。
花は庭師が整えて命じて持ってこさせるものよ。
薬も同様。
自分で作るのを学ぶのではなく、最適な者に作らせること。
それが一番重要。ただし、その選択は絶対に間違えてはいけない。
それがお母様の教えだった。
人を使う側の人間は、使い方を間違えてはいけない、と」
そして優雅に首を傾けると。
「それは貴女や侯爵を見る時も同じなのよ」
「私や…… お父様も」
「私からしてみれば、たまたまお母様に胤を植え付けた人間に過ぎない。
それで生を受けたのも、もしかしたらお母様の意思には反していたかもしれない。だからあの男がお母様を――したことを許せはしない」
「……お姉様」
「何?」
「お姉様がお父様を憎む理由は理解できます。
きっとそれは私のお母様にとっても同じ部分があります。
たぶん、先の奥様とお母様は、こんな関係でなければ、きっと知り合い程度にはなれたかもしれないのですね。
憎むことは無く」
いいえ、とお姉様は首を振る。
「私のお母様は、今のマドレナ夫人とは会う機会すら無かったでしょう。
それだけ普通はこの国での公爵令嬢と、男爵令嬢の居る場所は違うものよ。
特にどちらの家も経済的に困窮していたならば。仮定そのものが無意味なことだわ」
「……ではお姉様は、私がそう呼ぶことも嫌でしたか?」
私はややためらいつつ、答えを待った。
私にしてみれば、旅芸人の娘というシリア姉様も、公爵令嬢の娘であるエリア姉様も、どちらもお姉様には変わりなかった。
いや、そう思いたかった。
たとえその血のつながりが、決して好ましい思いをしたことの無い―― エリア姉様のお母様を死に至らしめ、シリア姉様に罪を押しつけようとしているお父様であったとしても。