「何の話かと思えば」
意外にも、エリアお姉様は突然の私の訪問をあっさり許してくれた。
と言っても、向こうの棟に足を踏み入れ、部屋の扉を叩いただけなのだが。
「まあいいわ。暇を持て余していたから、貴女の話とやらの真意も聞きたいことだし」
「世間話をしたいだけですわ」
私はとりあえずそう言い放った。
「エリアお姉様は、エプロンのポケットの代わりになる様なものは何だと思います?」
「淑女としては、バッグがあれば充分でしょう。大きな荷物は持たせればいいのだし」
「あ、だからなんですね!」
そこは私も本気で感心した。というか、私には思いつけないことだったのだ。
「淑女である以上、沢山なものを自分で持つなどということは無いわ。そういう役目の者が付いてくることが必要でしょう」
「だけど、どうしても誰かに秘密の場合もあるではないですか」
「淑女にそれはそうそうあるものではないわ。そもそも従者は『誰か』の範疇には入らないでしょう」
「何故ですか?」
「彼等は私達とは違うでしょう?」
何を当然のことを、とばかりにエリアお姉様は言った。
私はぽん、と手を叩く。
「なるほどそれで私、ずっと思っていた謎が解けました」
「何?」
「お姉様、夜会にお出かけの時のお着替えの際、途中に用事を告げにゼーターが入ってきても、そのまま下着で平気でいらっしゃるでしょう?」
ゼーターとはこの家の執事だ。使用人の中では格が高い方だが、時々それでも厨房で一緒になる。その時にやや困った様な顔をしていたので、訊ねたことがあったのだ。
「それがどうしたというの?」
「お姉様は、執事の前では露わな格好でも恥ずかしくはないのですね」
「恥ずかしいも何も。見られたところで何だというの?」
「お姉様は、彼等を同じ人間とは思っていないということですか?」
彼女は少し不思議そうな顔をした。
「逆に聞きたいわ。貴女よく食事を厨房でとっているそうじゃないの。そんな恥ずかしいこと、よくできると思うわ」
「恥ずかしいこと、ですか」
「お父様は碌でもないけどそれでも貴族だわ。本当に碌でもないし、人でなしでもあるけれど。それでも貴族に生まれた人間としてはそう間違ってはいない行動をしているのよ」
「お姉様は、お父様を軽蔑なさっているのですか?」
「軽蔑しても仕方はない、と思ってはいるけれど」
「お好きではないのですね」
「言い切るのは淑女らしくはないわ」
「では私はきっと淑女にはなれないのですね」
私は真っ直ぐエリアお姉様の方を見た。
視線が正面からぶつかった。
そしてお姉様は言った。
「わざわざなる必要など無いわ」