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第32話 幕間4 母夫人は語る

 お母様は話し始めた。



 あなたには話したことがあったかしら。

 いえ、してなかったかもね。する必要もなかったし。

 お母様はね、子爵令嬢とは言っても、やっぱり子供の頃は正式な娘じゃなかったの。

 あなたのお祖父様にあたる方は、街の有名な美しい歌姫に恋して、金を湯水のように注ぎ込んで、とうとう彼女を手に入れたの。

 彼女との間に生まれたのが私よ。

 だけど彼女は私の記憶にあるかどうかの時に亡くなったわ。

 お産が厳しかったとか、突然な亡くなりようにお祖父様自体も慌てたそうよ。

 私はシリアの様に離れ、というか小さな別宅で乳母によって育てられたわ。

 私にとってのお父様は、それでもよく通ってくださったし、私を可愛がってくれた。

 そしてある程度の教育も受けさせてくれたわ。ある程度のね。

 でもそれは、あなたが思うような、あなたに森の家で受けさせたような勉強ではないの。

 知っているでしょう? 

 私がどれだけあなたのことを放り出して、侯爵夫人としての教養を後から身につけなくてはならなかったか。

 大変だったわ。

 私にできたのは、読み書き計算と、ともかくできるだけ美しく自分の姿を見せることだけ。

 着こなしとかのことはずいぶんと覚えたわ。


 そのおかげなんでしょうね。

 あなたのお祖父様は、ある時わざわざ私を本宅に呼んだわ。

 そこでお茶の席に向こうのお嬢様ではなく、私を紹介したの。

 侯爵はその私の姿とか下手な口出しをしないところを見て、愛人として私を買ったのよ。

 私のお父様にはね、上に三人お嬢さんがいらしたの。

 そのうちの一人に婿を取って、後は嫁に出したというのだけど、それも私より十も二十も上の方々よ。

 お嬢さん方につけた持参金とか、事業の失敗とか、その上で私のお母様にかけたお金とか、もろもろで、その頃子爵家はぼろぼろだったのね。

 それで切り札の様に、私という娘を売ったという訳。


 私のお母様という方は、当時の絵姿を見ると、確かに本当に綺麗な方だったのよ。

 私はそれよりは多少劣るけど、それでもあなたのお祖父様は、よく似ていると満足そうだったわ。

 売られた、と思ったことに対しては別に何とも思わなかったわ。

 乳母――そう、ばあやね。いつも私に言っていたわ。

 お嬢様はとってもお綺麗だから、きっといい方がもらってくださいますよ。だからいつも綺麗にしていて、旦那様の言うことをよくお守りになってくださいね、と。

 そして侯爵は私を森の家に囲い、あなたが生まれたの。

 ああ、同じことの繰り返しね、とあなたを腕に抱きながらそう思ったわ。

 でもあなたは私よりずっと元気そうで、頭もよさげだったし。


 森の家でもイルドと仲良くして駆け回っていても、何も言わなかったのはそのせい。

 ばあやは結構止めたてたのよ。

 そんなことをしていては良い方に~、ってね。

 でもそれじゃ良くない、って私も思ったのかもしれないわ。

 あなたは私より賢い。

 もっともっと、私より多くのことができるんじゃないかって。

 だから、離れの、マンダリンやシリアのところに足繁く通っていたのも、悔しかったけど、それでも見守っていたわ。

 マンダリンはとても賢い。シリアも。

 私にはあなたにそう言ったことは全く教えられないから。

 ……ただ、それでも悔しかったの、ちょっとね。



 お母様がこんなことを思っていたとは。

 いや、言いたくは無かったのかもしれない。

 親としては。

 だが今は状況が状況だ。

 だからこそお母様の口も開いたのかもしれない。

 貴重な思いは大切に覚えておこう。

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