お母様は話し始めた。
*
あなたには話したことがあったかしら。
いえ、してなかったかもね。する必要もなかったし。
お母様はね、子爵令嬢とは言っても、やっぱり子供の頃は正式な娘じゃなかったの。
あなたのお祖父様にあたる方は、街の有名な美しい歌姫に恋して、金を湯水のように注ぎ込んで、とうとう彼女を手に入れたの。
彼女との間に生まれたのが私よ。
だけど彼女は私の記憶にあるかどうかの時に亡くなったわ。
お産が厳しかったとか、突然な亡くなりようにお祖父様自体も慌てたそうよ。
私はシリアの様に離れ、というか小さな別宅で乳母によって育てられたわ。
私にとってのお父様は、それでもよく通ってくださったし、私を可愛がってくれた。
そしてある程度の教育も受けさせてくれたわ。ある程度のね。
でもそれは、あなたが思うような、あなたに森の家で受けさせたような勉強ではないの。
知っているでしょう?
私がどれだけあなたのことを放り出して、侯爵夫人としての教養を後から身につけなくてはならなかったか。
大変だったわ。
私にできたのは、読み書き計算と、ともかくできるだけ美しく自分の姿を見せることだけ。
着こなしとかのことはずいぶんと覚えたわ。
そのおかげなんでしょうね。
あなたのお祖父様は、ある時わざわざ私を本宅に呼んだわ。
そこでお茶の席に向こうのお嬢様ではなく、私を紹介したの。
侯爵はその私の姿とか下手な口出しをしないところを見て、愛人として私を買ったのよ。
私のお父様にはね、上に三人お嬢さんがいらしたの。
そのうちの一人に婿を取って、後は嫁に出したというのだけど、それも私より十も二十も上の方々よ。
お嬢さん方につけた持参金とか、事業の失敗とか、その上で私のお母様にかけたお金とか、もろもろで、その頃子爵家はぼろぼろだったのね。
それで切り札の様に、私という娘を売ったという訳。
私のお母様という方は、当時の絵姿を見ると、確かに本当に綺麗な方だったのよ。
私はそれよりは多少劣るけど、それでもあなたのお祖父様は、よく似ていると満足そうだったわ。
売られた、と思ったことに対しては別に何とも思わなかったわ。
乳母――そう、ばあやね。いつも私に言っていたわ。
お嬢様はとってもお綺麗だから、きっといい方がもらってくださいますよ。だからいつも綺麗にしていて、旦那様の言うことをよくお守りになってくださいね、と。
そして侯爵は私を森の家に囲い、あなたが生まれたの。
ああ、同じことの繰り返しね、とあなたを腕に抱きながらそう思ったわ。
でもあなたは私よりずっと元気そうで、頭もよさげだったし。
森の家でもイルドと仲良くして駆け回っていても、何も言わなかったのはそのせい。
ばあやは結構止めたてたのよ。
そんなことをしていては良い方に~、ってね。
でもそれじゃ良くない、って私も思ったのかもしれないわ。
あなたは私より賢い。
もっともっと、私より多くのことができるんじゃないかって。
だから、離れの、マンダリンやシリアのところに足繁く通っていたのも、悔しかったけど、それでも見守っていたわ。
マンダリンはとても賢い。シリアも。
私にはあなたにそう言ったことは全く教えられないから。
……ただ、それでも悔しかったの、ちょっとね。
*
お母様がこんなことを思っていたとは。
いや、言いたくは無かったのかもしれない。
親としては。
だが今は状況が状況だ。
だからこそお母様の口も開いたのかもしれない。
貴重な思いは大切に覚えておこう。