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第31話 のこり5日5 母夫人はとても美しいひとで

 私は自分の棟の、奥の部屋の扉を叩いた。


「お母様、入ってもいいですか?」


 私達の棟は幾つかの部屋に分かれているが、その中でも大きな二つの続き部屋が私とお母様、それぞれのものとなっている。

 階段を上ってすぐの方が、何かと家庭教師など来ることがあった私の部屋だった。

 お母様と私の部屋は結構離れている。

 少し大きくなってから、それがお父様との夜のためであることに皆から気付かされた。

 朝寝をするのもその方が良いのだと。

 どうぞと声があったので、扉を開けた。

 お母様はぼんやり窓に寄りかかり、外を眺めている。

 そこから見えるのは、中庭であり、更に遠くの林。離れも見えない訳ではないけど。


「ああ、マリア」

「顔色か良くないですよ。あまり眠っていないのではないですか?」

「……そうね、確かによく眠れていないわ」

「駄目ですよ、そんなことじゃ。今は色々大変だとは思いますけど、お母様はこの家の何と言っても主婦なのですから」


 ふふ、とお母様は私の言葉に対してやや苦しそうに笑った。


「そうね…… 主婦だから、ちゃんと色々考えなくてはね……」

「お母様!」


 何だろう。私は思わずその身体にすがりついていた。


「どうしたのマリア珍しい。あなたが甘えてくるなんて」

「私、そんなに甘えていませんでしたか?」

「そうね…… 昔は向こうのひとがちょっと羨ましいほどにはね」


 向こうのひと。

 私ははっとした。

 私のこの家に来てからの時間は、確かにお母様より、シリアお姉様やマンダリンと過ごす方が多かった。

 特に、まだ小さな頃は。


「お母様」

「なあに?」


 結い上げた髪の一房がぽろんと落ちる。

 その様子が、まるでふんやりとした花びらが舞い落ちるかの様で。

 部屋着の柔らかな服地のせいかもしれない。

 その上に大きなストールを肩に掛けた様は、私という大きな子供を持った女性とは思えない。

 お母様は美しいひとなのだ。

 今さらのように思う。

 お父様がわざわざ愛人にした程に。


「何か…… ごめんなさい」

「何をあなたが謝ることがあるの?」

「お母様が忙しいからと、私、いつも離れに行ってばかりで」

「それはあなたのせいではないでしょう? マリア。あなたが小さな頃、私はあなたを構っている暇が確かになかった。それは私があなたに謝ることがあっても、その逆ではないはずよ。本当にあの頃は、私の勉強不足で、ただただ忙しくて…… それは判っているのだけど、それでも、遠くであなたとシリアの笑い合う声とか、あなた方を大きな声で笑わせたり叱ったりするあのひとのことは、……やっぱり、ちょっと…… いいえ、かなり羨ましかったわ」

「お母様」


 少しばかり瞼が熱くなる。鼻の奥が痛くなる。


「ずっとあの森の家に居られたら良かったのに、とよく思うわ」

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