「実際に薬を作っていたのは、マンダリン様とシリアお姉様だけではないのです。助手が常に居た訳です。それが」
そこで私はメルダを紹介した。
「メルダはマンダリン様の助手でもありましたし、亡くなられてからは、半ば未熟だったお姉様に教えたこともある程です」
助手、使用人という形で目をつけられなかったのはありがたいと思う。
「そして私も、少しは手助けができます。お姉様ほどではありませんが、一緒にマンダリン様から教わりもしました」
「それは頼もしい。では私がしなくてはならないのは」
「毒の特定と、できれば一部が入手できればと」
わかった、とファゴット子爵はうなづいた。
「一言私からも申し上げてよろしゅうございますか?」
そこでメルダが口を開いた。
「後、以前に『不慮の死』を遂げた方々について、追跡調査を一度なさってくださればありがたいと思います」
「それは何故だ?」
メルダは一度くるりと辺りを見渡した。
この部屋で話している以上、誰の目も気にしなくてはいいと思うのだけど。
「亡くなったマンダリン様は、侯爵から命じられるままに毒を調合していたのですが、途中でそれがどう使われているのか知って、酷くお苦しみになりました。自分の作るのは薬であるべきで、人を殺めるための目的のものであったなんて、と間接的であれ、殺める手伝いをしてしまったことがお辛かったのです。そこでマンダリン様は、必死で二つの薬の研究を始めたのです」
「二つ」
私と子爵の声が揃った。
「一つは、先ほどから話題にされている毒消しです。これは状況如何ですので、そういう薬そのもの、ではなく、毒一つに対してどういう対応をすれば消す効果が出るか、ということをまとめました。シリア様もそれはご存じです」
「作り方…… 対応そのものをまとめたのか。それは医学的にも有効だな」
「毒を持つ虫や植物に触れてしまった時の対策から考え出したそうです。ご存じでしょうが、この離れにはそんなものが多いですから。そしてもう一つは、仮死になる薬です」
「それは、ある程度研究されてはいるが……」
はい、とメルダはうなづいた。
「ですが、シリア様が街の医者達と交流した中で知った範囲では、それはどちらかというと手術をする際に意識を失わせるものではないか、と」
「手術…… というと、酷い傷を負ったりした時に切ったり縫ったりするあれ?」
さすがに私はそちらの知識は乏しいので、簡単な言葉で訊ねた。
「それでしたら、まあよほど大きくない限りは、我慢していただきます」
びし、とメルダは言った。つ、と見上げると子爵もそれには苦笑していた。
「残念ながら、傷の部分だけ痛みを無くさせるという薬はまだできておりません。ですが、例えば腹を切らなくてはならならい場合…… お産で子供が出てこない時とかですね、そういう時に強制的に眠らせ、痛みも感じないようにする薬は現在でもあるのです」
「そうだったの……」
「確かに、そのおかげでお産で死ぬ女性は少し減った様だしな。少なくとも子供は生き残れる」
「はい。まだまだその辺りは改良が必要でしょうが。ただマンダリン様が作ろうとしていたのは、もっと強いものでした。それこそ、死んだと確認される程の」
それは、まさか。
「マンダリン様は、ある程度目処がついた辺りで、毒の代わりにそれを侯爵に渡すことにしていました」
「ちょっと待て」
子爵は驚き、手を挙げた。
「では、死んだとされた中に、生き残っている者も居るということなのか?」