さて翌日、私は皇女殿下の手回しで、ファゴット子爵と会う算段をつけてもらった。
今回の捜査はフレスティーナ様が主導していたものなのだと。
*
「では何故? シリア姉様が犯人ではないとご存じの上で」
私は殿下にそう訊ねた。
「目的は三つあるのよ」
フレスティーナ様は指を立てた。
「一つは、真犯人をあぶり出すこと」
今までの話の中で、それが誰だかは私も既に予想はついていた。
簡単な話だ。
実際に薬や毒を作っていたのはシリア姉様かもしれないが、それでもって誰かを直接攻撃していたのは――お父様、侯爵だ。
「シリアはその理由を知っていたかもしれない。だけど、あの家の中で侯爵に逆らうことはできないのじゃなくて? もし離れの皆と逃亡したとしても、追っ手がかかった場合、数の差で勝てないわ」
「そうですね」
メルダもうなづいた。
「私達は何かと人々や闇に紛れて活動することはできますが、やはり通関で引っかかります。旅芸人一座はそれをくぐり抜けるには良い方法なのですが、現在はその査証を本隊の方に預けてありますので、『今』は無理です」
査証。
そんなものがあったのか。
領地から出ることが無いせいもあるけど、それすら知らないというのは、世間知らずの証拠だ。
少々自己嫌悪。
「旅芸人の一座というのは、元々がある程度その様な背景がありながら許可されているものです。一座によっては、他国に逃亡したいという政治犯などを紛れさせることもあります」
「え、そんなことができるの?」
「そこはまあ、政治的な問題ね。全くの抜け穴が無い世界というのは、なかなかに崩れやすいものなのよ。だから合法的に抜け穴を残してあることもあるの。法は遵守するけど、その法を作る時点でせ抜け穴を残しておくもののも手段の一つね」
「我々の存在とその行動が黙認されているのも、その一つです」
どうしよう。
何となく我が家の離れの使用人がシリア姉様から借りた娯楽本の中の闇の仕事人のように思えてしまった。
「二つ目は、そんな風にシリアを使う場所から、彼女を救い出すこと」
「それなら無論! 大賛成です!」
私は思わず大声を立ててしまった。
しっ、と瞬時に殿下は口の前に人差し指を立て、一方イレーナは私の口を思いっきり塞いでいた。
「でも、お姉様は現在お預け処で監視されているのでしょう? そこからどうやって逃がすと?」
「ただ逃がすのは簡単なの。侯爵や、それにつながる有象無象に知られないことが大切なのよ。ぎりぎりまで」
ぎりぎり。
それこそ処刑の場まで、ということだろうか。
「出てしまえば、シリアはその風貌からして、まず侯爵家の令嬢の一人と見破られることはないわ。実際街でも、シリアは侯爵令嬢だなんて言ったことはないの」
何と。
「言ったところで信じられない、とか庶子だとか、色々勘ぐられるのが嫌だったのでしょうね。彼女の黒い髪と目はやはり異国のものだし。侯爵があえて社交界に出さなかったのが逆に良かったわ」
ころころ、とフレスティーナ様は笑った。
「そして三つ目は、この機にファゴットとシリアを結婚させて、他国大使館へ旅だってもらおうと思うの」