ふむ、とフレスティーナ様はそれを聞くと真顔になる。
「その辺りをもう少し詳しく。そう、マンダリン殿について」
「お言葉ですが、シリア様はお母上のことを殿下には申さなかったのですか?」
「かたくななまでに、そのことは口にしなかったな。優しく厳しい母ということは聞いていたが」
「そうですか…… マンダリン様は、そもそも旦那様に無理矢理連れてこられた様なものなのです」
「そうなの!?」
私は思わず声を上げた。
「はいマリア様。元々我々旅芸人衆にとって、定住はさして好むところではございませんでした。だから侯爵が当時赴任していた地でもある程度の期間芸を見せたり、薬を売ったりとか、その程度で、また次の街へと行くことにしておりました。ですが、当時まだ二十歳にもならなかったマンダリンに侯爵が目をつけたのです」
「手込めにしたのか?」
「ありていに言えばそうです」
はあ、とフレスティーナ様はため息をついた。
「それ自体はまあ、侯爵――というか、貴族の方がすることですから、よくあることです。我々は仕方がないと思うし、それで子供ができても、そのまままた次の街に行くのみです。それが我々の望みですから。ただここで侯爵は、何故かシリア様がお腹に宿ったマンダリンを引き取ると言ったのです。我々はそんな必要はない、と抗議しました。それが彼の善意だと受け取ってしまったからです。ところが違いました」
メルダは悔しそうな表情になる。
「侯爵の狙いは、あくまで魔女としてのマンダリンの知識だったのです。そのために彼女を孕ませ、引き取ることにしたのです。しかも我々をも共に引き連れることで、善意の顔をして」
「とは言え、余裕ある暮らしにはなったのだろう?」
「確かにそうです。定住には定住の良さはあります。ですが、我々の血はやはり基本は移動にあります。ですから実のところ、離れの人員は、時々変わっております」
それはさすがに気付かなかった。
確かに離れにはずいぶん使用人が多いな、と思ったことはある。知ってる顔を見ない時もあるな、とも。
だがそれが、入れ替わりのせいだとは気付けなかった。
というか、思いつきもしなかった。
「我々の半分が離れにいて、残りは常にまた旅芸人をしておりました。やはり血が騒ぎますし、それを止めることはできません」
「けどメルダさんはずっと居たような気がするのだけど……」
イレーナが口をはさんだ。
「私はマンダリンと一番の仲良しでしたから、ずっと付いていることにしていたのです」
なるほど、とイレーナと私はうなづいた。
「それに、薬の調合に関しても、今まで以上に細かい条件がつけられるようになったため、補佐が必要でした。それで私がマンダリンの側を離れる訳にはいかなくなったのです。ただ」
「ただ?」
フレスティーナ様がうながす。
「侯爵は、旦那様は、私が補佐である程度以上の知識があることは知りません」