「まずは本宅の方の話の方が先ではないかと思います」
そうメルダが言ったので、イレーナが話し始めた。
「マリア様にはまだこの話はお早いと思っておりましたので、お耳に入れずにいました。厨房でもこの話は御法度にしてましたから」
「そうだったの!?」
「マリア様、貴女がいらした時、まだほんのお小さい頃でしたから。皆、可愛いお嬢様がにこにこして厨房で楽しそうにごはんをお食べになる姿がとってもいじらしくて。ですからまあ…… あまりお耳に入れたくはないと思ったのですよ」
そうだったのか、と私は改めて思った。
色んなことに探りを入れようと思ったとしても、皆それ以前に私のことを気づかってくれたのか、と思うと少し悔しいがそれでも何か、胸が熱くなる。
「今の奥様がお忙しすぎて、マリア様をお構いになれなかったということもありましたし。できるだけこの新しいお嬢様には優しくしようと結託していたのです」
すると皇女殿下がころころと明るい笑い声を上げた。
「良い使用人達だわ。ところでその使用人達から見て、先の夫人が急な食中毒だったというのはどうなの?」
イレーナは首を大きく横に振った。
「あり得ません」
「言い切れるの?」
「その時の料理人が責任を負って辞めさせられたのですが、彼は腕の良さだけでなく、非常に食材について厳しいひとでした。ですから、食材が傷んでいたとかのことはあり得ません。皆様のお好みや、これを食べたら身体の調子が悪くなるというものも把握しておりました。しかも同じ食事をなさった旦那様やエリア様には何もおこらなかったのです」
「つまり?」
「先の奥様が亡くなる原因が食事にあったとしても、料理ではなかった、と皆考えています。腕の良い料理人でしたのに、解雇されまして」
「そうね、でも腕は良かったから街で店を始めたのでしょう?」
イレーナはうなづいた。
「時々皆で食べにも行きます。……私達のことも心配してくれています」
「え、じゃあこの近くにその頃の料理人が居るってこと?」
イレーナはうなづいた。そしてメルダの方を向くと。
「私からはこれくらいです」
「そうですね。この先はこちらの話になります。先の奥様が亡くなった時にはまだマンダリン様が生きていらして、時々旦那様に呼ばれて――そう、今のシリア様のように。何やら話をしては難しい顔をして、作業場に閉じこもることがしばしばでした」
「作業場、と言うと……」
「はい、あの壁一面の引き出しの部屋です」
メルダは笑顔になる。目が笑っていない。
「マンダリン様は、旦那様から依頼を受けて、薬を調合しておりました。用途は様々です。単純に最近腹の調子が良くないから、とか、寝汗が凄いとか、そういう時に効く薬を調合する場合が多かったのです。それ自体は楽しんでおられました。ですが、ある時期から本宅から戻ると暗い表情をなされることが多くなりました。そしてこう私にこぼしたのです、『跡の残らない毒なんてどうするのよ』と」