「知らないことはさして問題ではないですよ。街から遠い所領のご令嬢など、そういうものです。まあごちゃごちゃおっしゃってないで、さくさく参りましょう。時間は宝石の様に貴重です」
メルダはそう言って私の手を引いた。人混みの中をするすると、よくまあぶつからずに済むものだと感心した。
「ここです。今日お会いして欲しい方がいらっしゃるのは」
メルダが足を止めたのは、大きい店構えの薬屋だった。
「ここは……」
先ほどのショックが抜けていないところで、さあさあ、と私は二人に押されるように店の中に入っていった。
「いらっしゃい…… おお、メルダさん、大変なことになったらしいね。お? そちらがシリアさんのお妹さん?」
「ええ店長。マリア様です。で、例の方は」
「二階にいらしているよ。新しい薬についての本があるので、それで待ってもらっている」
わかりました、とメルダは再び私の手を引いていき、イレーナは後ろについてくる。
「例の方?」
「今日マリア様に会っていただきたい方です」
外で、メルダがわざわざ私を動員してまで会わせたい人……
「メルダさんこっちこっち」
二階に就くと、イルドが私達を手招いていた。
ぎい、と音を立てる板張りの廊下を歩いて行く。
「お待ちだよ」
扉が開く。するとぱっ、と長い銀色の髪を後ろで三つ編みにまとめた女性がそこには居た。
「フレス様、マリアお嬢さんをお連れしました」
イルドがそう言って私達を通す。フレス様?
「まあ」
快活そうな声を立てて、長身の美女は本にしおりをはさんで置くと立ち上がる。
どうぞ、とうながされて私はフレス様の前に押し出される。
「貴女がマリア? シリアがよく話していたわ、見所のある妹だって!」
「あ、あの」
圧は無い。だけど何か侵しがたい迫力がある。そして何より美しい。
「お、お初にお目にかかります」
「そう硬くならないで。……と、もしかして、あなたたち、ここに連れてきた目的とか、言っていないの?」
ちら、と後ろの三人に彼女は視線を巡らす。
「伝言ゲームになると、真意が曲げられることが多うございます。直接お伝えしたほうが良いかと」
メルダは淡々と答える。一方イレーナは、何やらぼうっとして「フレス様」の方を見ていた。
「あの、フレス様、とおっしゃると、もしや」
「ああごめんなさいね。私はフレスティーナ。この国の第一皇女で、――何よりも、シリアの友達よ」
五つくらい頭の上にら雷を落とされたようだ。