「裕福すぎるという訳ではなし?」
ええ、と先生は答えた。
「公爵家にも色々あるのね」
そうなのかなあ、そうなのかもねえ、そうですよ、と使用人達もうなづきあっている。
「こう言っちゃマリア様にとっても失礼ですが、奥様のご実家の男爵家も」
「馬鹿!」
隣に居た年かさが、その口をぴしゃりとはたいた。
「あ、いいの。知ってるし。お母様の実家が貧乏だから、お母様は愛人だったってことでしょ?」
「は、はあ」
申し訳なさげに切り出した一人は肩をすくめ、頭をはたいた。
「男爵家なんて貴族の中ではごろごろしているんですもん。そりゃあ更にその下の爵位の無い貴族ってのはもうどこが貴族だっての多い訳だし」
「お嬢様そういう話はどこから」
低い声で先生は聞いてきた。
「まあ、色々」
私が耳年増になってしまうのは仕方がない。先生すらあきれるほどに。
そもそも森の方の家に居た時、ばあやが常にぶつぶつ言っていた。
うちのお嬢様がこんなところで、なんて。私が居て、聞いているというのに独り言をぶつぶつ。
意味がわからないと思っていたのだろうけど、残念ながら私は記憶力が変なところで良かった。
ただ意味は後で知ったけど。
「それでも上の方の貴族ってのは、領地もあるんだし、皆もの凄く裕福だと思ってたんだけど」
「領地によるんでさ」
金庫番が茶の入ったカップを上げながら、口をはさんだ。
「領地?」
「うちの侯爵さまの領地はかなり実入りが良いんすよ。前の奥様のご実家のご料地は広いんですが、まあ経営がなっちゃねえ。領地自体の質も悪くないのに。それに比べるとうちの旦那様はさして広くもないところでずいぶん利益を上げてますしね。借金の肩代わりもできたくらいですよ」
「公爵家の肩代わり!」
そんなことができるほど!
「でもそんなことができるほどには、うちって無茶苦茶広い訳でも、働いてるひとが多い訳でもないのはどうして?」
すると皆顔を見合わせた。中には困った顔やら苦笑するのやら。
「マリア嬢様、この家が他と比べて小さいのは嫌ですかね?」
庭番の一人が訊ねた。
「いいえ? 前の家より、私達の棟はずいぶん広いし。離れのシリア姉様のところだって前の家より大きいもの。それにお庭が綺麗だし。嫌も何も」
そもそも比べる程、私には貴族の友人というものがいない。……ああ、そうか。
「お父様、そう言えばうちでパーティもお茶会もしないわね」
「そこなんすよ」
金庫番が再び声を上げた。
「確かにそのおかげで、うちは、というかうちでの出費が少ないんですがね、まあこれはあまり貴族では当たり前のことじゃあない。まあ旦那様がそういうのがお好きでないというのはあるんでしょうがね」
「そう言えば前の奥様はそういうのも無いからとぼやいてらしたわねえ……」
古参の一人が遠い目をした。
「あたし等はそういうもんだと思っていたけど、前の奥様のご実家では季節ごとや、お誕生日やら、お付き合いでのお茶会だの多かったってことですもん。お付き合いもめっきり減って」
「お寂しかったのかしら」
「気位の高い方でしたから決してそうはおっしゃらなかったですがね、こちらへ嫁がれてからずいぶんお付き合いが減ったとか」
皆口には出さないが、その上にマンダリンやお母様のこともあったのだろう。
そんな前の奥様のことを見て育ったエリアお姉様が私達のことを良く思う訳がないのだ。
「……あ、でも、マリア様、何も先の奥様はそういうことを口に出す方ではなかったんですよ」
「気位の高い方だし?」
ちょっとだけ嫌みかな。
「それもあるんですが、……何って言うか、そういうことをわざわざ気にしてはいけない、ってご自分を戒めていたところがあるんですよね」
「ご自分に厳しい方だったのね」
「もう少し気持ちを楽に生きてくだされば、早死にしないで済んだと思うんですよね。ご病気になられてからも、医者にかかるのを嫌がりましたし」
ん?
「先の奥様は、お医者にかからなかったの?」
「ええ。ですから旦那様がお薬だけお渡しになってましたよ」