「いやだってそうですよ。マリアお嬢様、お嬢様は前の奥様がお亡くなりになってからいらしたのですし、まだお小さかったからそういうお話も皆しなかったでしょうが、旦那様に対してもどうかという感じでしたよ」
「そうだったの?」
でしたねえ、と古参の数人はパンやらスプーンを手にしつつ、大きくうなづく。
そんなに彼等の目であからさまにわかる程お父様は冷たくあしらわれていたのか。
「でもお姉様にはその様なことはなかったのでしょう?」
「……どうでしょうかねえ……」
一人が苦笑する。
「少なくとも、今の奥様がマリアお嬢様にする様にはしてなかったですね。乳母任せだったというか」
「私にもばあやがいるけど……」
「でもお嬢様のばあやさんは、むしろ奥様のばあやさんでしょう?」
まあ確かに。
ばあやはお母様の乳母で、元々男爵家からついてきたひとなのだから。私にとっての乳母じゃない。
お母様はあの小さな家に居た時には侯爵夫人ではなかったから、私のお母様だけでいてくれた。
「やっぱりそこは公爵様のお嬢様、という気持ちがあったのでしょうねえ」
「そんなに違うものなのかしら」
さすがにまだ私にとっては、うちと公爵家の気位の差を想像するのは難しい。
お母様の男爵家と、うちの違いを比べるのならともかく、どちらも高位の爵位を持った家で、社交界でも上の方ではないか、と思うだけで。
私が怪訝そうな顔でお茶をすすっていたせいだろうか。古参の一人がつけたしてくる。
「そりゃあ、公爵さまと言えば、一番皇家の方々に近いということですから! 先の奥様は元々皇太子妃候補のお一人だったということでしたし」
「そうなの!?」
「と言うか」
住み込みで私に手芸を教えてくれている先生が話に加わる。彼女もここで食事を摂っていた。
よく私の縫い方が豪快だと言う先生だが、使用人の中で食事をする先生も大概だと思う。
無論彼女は私には言われたくないだろうが。
いや、むしろ私があまりに厨房の賄いの方が美味しいと言ったせいかもしれない。少なくともここではお代わりができるのだから。
「そこのところ先生、詳しく」
他の者も興味しんしんだった。
この先生は元々一応社交界のお披露目も済んでいた子爵令嬢だったのだが、事業の失敗で没落してしまった家の出なのだ。なのでこの類の話に詳しい。
私が耳年増になってしまっているのも、手作業を教えてくれている時についでに口も動いてしまうこのひとの影響も大きかった。
「私がまだお嬢様と呼ばれていた頃、あの方は本当に高嶺の花のお一人でしたわ」
ふう、と両手でスープの椀を抱え込みながら先生は話した。
「今の陛下、当時の皇太子殿下のお妃候補は、少し離れた皇族の年頃の姫君か、公爵家のお嬢様、まあ当時は隣国との関係も格別どうこうすることもありませんでしたから、国内からお選びになって」
時代によっては、隣国から友好というか、人質というかでやってくる姫君もあったという。だがまあここ何代かは国内で収まっているのだとか。
「でも公爵家も、お姫様達も、そう多くはないですよねえ」
そうだそうだ、とゴシップ聞きかじりの使用人達もうなづく。
「ところがあの時代は割と陛下と同じお年頃の方が姫君も公爵家も多かったのですよ。その中で実際に決まったのが、現在の皇后陛下ですが、このお方は公爵家の出ですからね。しかも決して裕福すぎるという訳ではなし」