気付いてふっと顔を上げると、すっとその視線の主は姿を消す。
それでも回数を重ねれば大体予想はつく。
エリア姉様だ。
*
「ところで取り調べは我が家の全員に行っているのですか?」
私はファゴット子爵に訊ねた。
「ああ。それぞれに応じた人員をつけていますよ。侯爵には私の上司が。エリア嬢には私の同僚が。使用人達には、部下達がそれぞれ」
「そして同僚の方は、エリア姉様の方をさせてくれとおっしゃったんではないですか?」
彼女を扱う方が位が上ということになる。
「ええ。彼はそれを望んでいましたから、私は内心喜んで」
内心、と来たか。
「つまり、子爵は私を担当するようにできたという訳ですね」
私はつ、と立ち上がった。
「場所を変えませんか? 離れの、シリア姉様の館の方に」
「それはいい考えですね。確かに、向こうに何があるのかというのは調査としては大切です」
食えないひとだ。
*
離れの館と言っても、もの凄く遠い訳ではない。本館の姿は常に見える程度の距離だった。
確かに林はあるが、それは本館の反対側だ。
本館は三階建て、南向きの主館と、その左右に対の館がついている。
主館にお父様と、かつての夫人、エリア姉様のお母様という方が住んでいたという。
で、西の対館にエリア姉様が、東に私とお母様が移ってきてからずっと住んでいる。
「私は主館には住めないのですか?」
お母様がそうお父様に聞いたことがあるそうだ。するとお父様は即座に「それはできない」と言ったという。
「エリアお嬢様がどうしても駄目だ、とおっしゃったのよ」
「お姉様が? でもお母様が今は侯爵夫人なのでしょう?」
するとお母様は黙って私の頭を撫でた。
「お母様はそれは嫌ではないの?」
「仕方がないことよ。それに考えてごらんなさいマリア。侯爵夫人の前に、先の奥様はエリア様の母君でもあったのよ。マリアあなた、私が死んだ後に私の部屋に誰か乗り込んできたらどう思う?」
なるほど、と私は思った。
それは感情的にはありうる、と今よりずっと小さい時でもわかった。
今だったら、もう少し複雑な感情ものわかる。
エリア姉様のお母様、先の侯爵夫人は我が家よりもっと格の高い貴族――公爵家の出だったのだという。
そして召使い達の話をイレーナからちょいちょい聞き出してみると。
曰く。先の奥様は旦那様のことを何処か見下していたらしい。
曰く。それなのに旅芸人の女に娘を産ませたり住まわせたりするのは不服だったらしい。
曰く。その上別宅に愛人(お母様のことだ)を新たに住まわせていたことで気鬱が酷くなっていったらしい。
そして曰く。
「先の奥様は本当にただの気鬱からお弱りになってお亡くなりになったのですが、お嬢様の方が、それだけじゃない、としばらくお騒ぎになったそうです」
私の髪を梳かしながら、イレーナはそうまとめてきた。