マンダリンが死んだのは、五年前のことだ。
私は十歳、シリア姉様は十三になっていた。
お母様は相変わらず侯爵夫人という仕事に忙しかったので、私は自分についた家庭教師からの勉強が終わると相変わらず離れに行っていた。
シリア姉様には家庭教師は付かなかった。
何で? と二人に聞いたことがある。
「私はマリアのように社交界に出ることはないからね」
「私が教えられることは教えているから生きていくぶんには大丈夫だよ」
なるほど魔女であるからには、その知識は直接教えられるのだな、とふわっと私は納得した。
「薬を扱うのは、本当に気をつけないと大変なことになるからね」
マンダリンはそうも言った。
だから小さな頃から厳しく教え込むのが魔女なのだと。
そして私はと言えば、そのシリア姉様が教わったことを後で聞くのが楽しみだった。
姉様は自分の教わったことを私に話すことで復習できたらしい。
この草は乾燥させるといい香りが出るとか、この分厚い葉を折って出る汁は傷薬になるとか、庭を歩き回って楽しそうに。
そんなある日、離れの庭の林が火事になった。
夜だった。
離れに住む少ない人数の者が皆総出で消そうと井戸の水を一生懸命汲んでは渡し、火そのものは館には燃え移らなかったということだ。
だが、その時燃えていたのがキョウチクトウの密集していたところだったのがいけなかった。
消火に当たった中で、一番火の近くに居た者と、それを引きずり出して手当しようとしたマンダリンが深く煙りを吸い込んでしまったのだ。
「キョウチクトウは花にも葉にも枝にも強い毒があるって言っていたのに」
シリア姉様は何故、どうして、とそこから火が出た理由にしばらく憤っていた。
やがて、お父様に呼ばれてシリア姉様は屋敷の方へとやってくるようになった。
私は嬉しかった。
やっと自分の部屋でシリア姉様と会うことができる、と。
それ以前も別に禁じられていた訳ではない。
ただ行ったところであまりいい顔はされないから、と遠慮していたのだ。
それだけではない。
何より、エリア姉様の視線が辛かったのだと思う。
エリア姉様は先の奥様が母様よりも、そして父様よりも家格が上の公爵家の出であることを誇りにしていた。
だから子爵家出のお母様を義理でも母と呼びたくはないらしく、常に「マドレナ夫人」と言い続けていた。
確かにエリア姉様にとって、お母様は全くの他人なのだ。
そしてお母様自身も「エリア様」と呼んでいた。お父様もまた、それを当然の様に済ましていた。
そんなエリア姉様が、シリア姉様を良く思う訳がない。
しかもお父様の直々の用件である、ということが特に面白くなかったようだ。
実際よく嫌がらせはあった。
お父様と何かしらの用件が済んだ後は、お茶の時間ということで皆で顔を合わせる習慣が始まっていた。
幾度となくお茶を出し忘れられる。
出されたお菓子は砂糖と塩が取り違えられたもの。
お茶そのものをスカートの上にこぼされる。
カップの持ち手が取れかけのものだった。
実に面倒なことをいちいちされたものだった。
お母様に抗議したこともあった。さすがにそれはまずいだろう、と。
だが無駄だった。
そしてシリア姉様も平然としたものだった。
「私が同じテーブルについていることが気に食わないんだよね、あの方は」
だったら同じテーブルに付けさせようとしなければいいのに。
私はお父様にその頃から反感を持つようになっていった。