私にとって、マンダリンはお母様より「母親」だったと言っていい。
お母様は自分自身を磨かなくてはならなくて、私を放っておいてしまった。
お父様はその辺りに目が届いていなかった。
だからこそ私はイレーナ一人連れてひょいひょいと離れに毎日の様に行けたのだけど。
これがもしお母様が忙しくなかったら、止められていただろう。
こう言って。
「あんな旅芸人の出の女のところになんて行っちゃだめ」
そう、マンダリンは旅芸人一座の出だったのだ。
彼女は別に隠さなかった。
「旦那様が仕事で国境近くに暮らしてた時、しばらくそこで興業していたんだよ。そこで私をお気に召して」
その辺りの深い事情は当時はよく判らなかった。
「マンダリンはきれいだものね」
「違うよお嬢さん。私はね」
陽気な笑顔で言った言葉はなかなか物騒なものだった。
「魔女なんだよ」
魔女、というのはたとえだ。
この国でのそれは「流しの医者」に近い。
それが男性なら「魔法使い」だ。「錬金術師」でもいい。
ともかく正式な経路ではなく様々な技術を使って何かしら庶民を助けている人々に対する呼び名だ。
正式な医者にかかると金がかかる。
だから民間の治療法で何とかしたい、そこいらに生えている草を加工したもので何とか病気やケガを治せないか、という庶民の要望に応えているのが彼女らだった。
「たまたま旦那様が馬車の事故に遭った時に、医者が出払っていてね。私が手当てをしたんだよ」
それで見初められたのだ、と彼女は言った。
「私はそのまま旅を続けても良かったんだけど」
シリアを飢えることない環境で育てることはやはり魅力だったのだという。
お父様も、「魔女」な仕事は続けてもいい、と約束したという。
だからこそのこの離れであり、花壇や菜園や薬草園なのだと。
ただしその時、マンダリンは条件をつけた。自分の周囲の使用人は仲間の中から出していいか、と。
お父様は了解した。
そこまでしてマンダリンが欲しかったのだろう。
私はそんな彼女から、シリアお姉様と一緒に色んなことを教わったのだ。
意外なことに、マンダリンはお母様より礼儀作法も知っていた。
「この役目は、色んなところに出入りするんだ。だからその時その時に応じたやり方が必要だったんだよ」
私達はそんな彼女の姿から、様々なことを見て覚えた。
「ただ、言葉はちゃんと奥様のそれに合わせておくんだよ。お嬢さんのお母様は奥様なのだからね」
その辺りはけじめをつけていた。
私はよくシリア姉様に言っていた。
「私もマンダリンの子どもだったらよかったなあ」
するとシリア姉様は笑って自分の髪をつまみながらこう言った。
「母さんの娘だったら、絶対これが出るよ」
何でも、代々この髪と目なのだという。
「マリアのふわっふわのはちみつの様な色の髪と、薄青の目っていうのはこの国では上等中の上等。奥様に感謝しようね」
「そういうもの?」
「そうだね。隣やその更に向こうの国では当たり前だけど、この国では黒い髪黒い目は、すごく目立つし、『魔女』としても結構ハクが付きすぎるというものだ」
ハクがつく、という言葉の意味は彼女が生きていた頃には知らなかったものだった。
そんな彼女が死んだのは、その「魔女」としての仕事の準備のせいだった。