私の視線に気付いたのか、お父様は黒い髪の女の子の方を向くと言った。
「そんなところでこそこそのぞくものではない!」
冷たい声に私はびくっとした。それに気付いたのかお父様は、すぐに穏やかな顔に戻った。
誰なのだろう、という私とお母様の視線に、お父様はああ、とやや口をゆがめながら。
「あれも娘の一人だ。名をシリアという」
「おねえさまなの?」
私は思わず声をあげていた。
「そうだ」
「じゃあこのおうちでくらしているのね」
「いや」
「ちがうの?」
「あれは離れで母親と共に暮らさせている」
「……旦那様」
お母様はその言葉に不安そうな顔になった。
「あれの母親はな、お前と違い貴族でも、いや平民でもない。渡り者の芸人一座の女だ。だからこの家のこれからの侯爵夫人はマドレナ、お前だ」
「……本当によろしゅうございますのですか?」
「無論だ。マリアもこの先はエリア同様、この家の令嬢として必要な教養を付けさせよう」
私はその話を耳にしながら、ぼんやりと、黒髪のシリアという姉様は違うのかしら、と思っていた。
それは間違っていなかった。確かにお父様は確実にシリア姉様は別物としていたのだ。
*
侯爵家の令嬢として暮らす様になり、お母様はやや堅苦しそうではあったけれど、元々が男爵家の令嬢、すぐに馴染んだようだった。
私も小さかったので、森が広い庭に変わった程度にしか当時は考えていなかった。
ただ、遊び相手が居ないのは寂しかった。
森に近い家では下働き一家の息子が私の少し上で、ちょうどいい遊び相手になってくれていたのだ。
だけど彼はこちらへ連れてはこられなかった。
あの家自体が侯爵家の別館、狩猟の時に使う様な場所だったので、管理人は必要だったのだ。
だから私は一人でひたすら広い庭をうろうろしていた。
いや、あの黒い髪のシリア姉様を無意識に探していた。遊び相手になってほしい、と。
そしていつもより少し遠くまで足を伸ばした時、森の家と似た様なところにたどりついた。
細い、濃い緑の葉の木をかき分けて進む。すると声が飛んだ。
「その木の葉っぱに触っちゃだめ!」
黒い巻き毛を高く結った女性がスカートの裾を持ち上げながら私のところへ駆けてきた。
「毒があるから! じっとしていて」
「どうしたの母さん」
その女性の後ろから、あの時見た少女がついてきた。
「シリアねえさま?」
気付いて呼んだ時、私はざっ、と巻き毛の女性に引き寄せられていた。
大丈夫、かぶれたところはないわね、と言いながら私の手や頬をじっと見つめた。
濃いピンクの鮮やかな花の咲いた木。
それがキョウチクトウだと知るのはもうしばらく後のことだったが。
ともあれ私はその時、シリア姉様と、その母というひとに出会ったのだ。