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第12話

 この年の十二月は、月の中旬あたりから冬型の気圧配置が強まり、全国的に寒気の影響を大きく受けていた。ここ数日、日本海側では特に強い寒気が押し寄せ、テレビの向こう側では各地で大雪の報せが。そしてここ一二六号線沿いにも、本格的な真冬の寒さが訪れていた。

 土曜日ということに加えて、今日は二十四日。世間はクリスマスイブ。そのせいで、普段よりいくらも忙しかった様に思う。子ども連れの家族客が多かったのだろう。ディナータイムの客の入りも早く、流れて来る注文伝票の内容からもその様子が伺えた。てんてこまいのキッチンまでは、その声もさすがに届いて来なかったが、家族の団欒、子ども達の黄色い声で、店内はさぞ賑やかだったのだろう。

 二十一時になりピーク帯も乗り越え、夜番のシフトの人と交代しておれは勤務を終えた。仕事量が増えても時給が上がる訳ではないというのに、こんな日にバイトに入るのは失敗だったかと、いささか後悔をした。逆に言えば、こんな日に予定の無いおれが悪いのだろう。

 まぁ昼間はさて置きこの聖なる夜に、共に過ごすパートナーもいない。まぁ、声さえ掛ければ一緒に酒でも飲んでくれる、年中お茶を挽いていそうなチリチリ頭の奴ならいはするが……。どうあれ、わざわざ皆で寄り集まってクリスマスパーティーだなどと浮かれる歳でも無い。そもそもキリスト教信者でもないのに、なぜにキリストさんの誕生日を祝わなければならないのか。

 さあ、早いとこ帰って何か腹に入れて、あったかい風呂にでも浸かろうかと帰り支度をしながら、何気にパカっと携帯を開くと一通のメールが届いていた。由希子からだ。

「お疲れ様。窓際の方のテーブルにいるよ」

 はてと思いつつ、そのまま携帯を閉じた。今日誰かと約束をした覚えは無かったはずだが、いるというのなら帰る前に一度店を覗いてみようか。


 支度を終えタイムカードを押してから、改めて店内に入り客席を見渡した。まだポツポツと食事中の客の姿がある。入り口で突っ立っているおれを、新規の来店かと勘違いしたホールのバイトのおばちゃんがおれの方へとやって来たが、軽く挨拶だけして、連れが来ているからと言ってすぐに追い払った。

 手前からぐるっと窓沿いに視線をやっていくと、一番奥の窓際の席に、入り口に背を向けて、テーブル席にポツンと一人。窓のすぐ外には歩道を挟んで一二六号線が通っている。行き交うヘッドライトを眺めているのか、顔はずっと窓の方。テーブルには、ほぼ空のミルクティーのグラスと携帯電話。後ろから肩に一つポンっと手をやってから、向かいにおれも腰掛けた。

「あ。竜也くん、お疲れ様」

「何しに来たんだよ。もうおれ上がりなんだけど」

「だから来たんじゃん」

「あ?」

「わたしもバイトの帰りでお腹空いたからさ、一緒に食べてから帰ろうと思って」

「おれさっきまでそん中で働いてたんだけど。それで仕事終わって、なんでまた客としてメシ食ってかなきゃなんねぇんだよ」

「良いじゃん、たまには。わたしもうぺこぺこ」

 全く。まぁどうせ、帰ったところで冷蔵庫に大した物も無いだろうから、別に構わないと言えば構わないのだが。おれはメニューを開き、呼び出しのチャイムを鳴らした。「ちょっと。わたしまだ決めてないんだけど」と、慌てて由希子もメニューを開くが、「そんなもん、店員が来るまでに決めりゃ良いんだよ」と一蹴。ピーク帯はとうに過ぎているので、ホールの店員がすぐにオーダーを取りにやって来た。さっきのおばちゃんだ。

 おれがハンバーグセットを頼むと、いまいち決めきれなかったのか、由希子も同じ物を注文していた。オーダーを取る最中もおばちゃんは、あんたも隅に置けないねぇとでも言いたげな、好奇の眼差しをチラチラとおれに向けていたが、おれはあしらう様に淡々と注文をすませた。

 由希子がグラスを手に立ち上がろうとしたので、おれはタバコに火を付けながら、「おれのレモンティーも」と注文した。

「はいはい」とドリンクバーへと席を立ったところへ、

「氷ガチガチ。ストローもな」と追加注文。

「この寒いのにばかじゃないの」と、由希子は鼻で笑いながら注ぎに行った。

 料理が来るまでの間、国道の流れをぼんやり眺めながら、氷たっぷりのレモンティーとタバコを行ったり来たり。由希子もしばらく外を見ていたが、思いついた様に口を開いた。

「ねぇ? 竜也くん卒業したらどうするの?」

「前に言っただろ? 講師の口もまだ何も決まってねぇって」

「それはそうなんだけどさ。そうじゃなくて、もし決まったら今のアパートは?」

「あー。考えたことなかったな、そういや。でも、どうせ講師つっても県内だから、よっぽど遠くなけりゃ、今のとこから通うのも悪かねぇのかもなぁ」

 ミルクティーをストローからちびりちびり飲みながら、「そっか」と由希子。

「それこそ講師のお誘いが無けりゃ、別に今のとこを引っ越す理由も無ぇし、ここでバイトしながらまた採用試験受けても良いかなって」

「ふーん」

「お前は?」

「わたしもそんな感じになるかな。結局、配属校が決まるの年度末だし、それ聞いてから決めようかなって」

「ふーん」

「そうなるとあれだね。紗良も優一くんも地元に帰っちゃうから、寂しくなるね」

 遠い目をして話す由希子。

「そういうお前は地元帰んなくて良かったの? 手塩にかけて育てた娘を、わざわざ県外の大学にまで通わせた挙句、そのまま帰って来ないとくりゃ、親御さんも寂しがってんじゃねぇの?」

「んー……、まぁ、多少はね。でも、受かったって話した時にはやっぱり喜んでくれたし、なんだかんだ後押しもしてくれたし。せっかくだからここで頑張ってみようかなって」

「なるほどねぇ。ま、どうしても嫌になって帰りたくなったら、また地元の試験受けりゃ良いもんな」

「もう一回採用試験受けるのは嫌だなぁ」

「それはお前、おれに対する嫌味?」

 冗談っぽく目を泳がせて、「まぁ、一回で済むならそれに越したことはないよね」と、うそぶいて見せた。

 そんなやり取りが、遠目からもさぞ楽しそうに見えたのかもしれない。ハンバーグセットを運んできたおばちゃんは、普段の仕事中よりも、いくらも良い表情をしていた様に感じる。何とも厚かましい。

 同じものを頼んでおきながら、こんなに食べきれないと言いつつ由希子は、ライスを半分程、ハンバーグも四分の一くらいおれの皿に移してきた。ぺこぺこのお腹はどこに行ったのやら。まぁ、たくさん食べれるのはありがたい。仕事終わりで腹が減っているのはおれもそう。由希子から追加された分も含めて、ペロリと平らげた。

 由希子の皿を覗くと、まだ最初の半分くらい残っていた。女だからなのか、由希子だからなのか。別に悪くはないが、のんびり食うもんだねぇと爪楊枝をしがみながら、由希子が食べ終わるのを待ちながら、窓の外を見ていた。

「それにしても、早いよね」

 カチャンとフォークを置いて由希子が言う。

「お前は食うの遅ぇな」

「そうじゃなくてさ。……もうすぐ卒業だね」

「……そうだな。卒業式がもう、いよいよ目の前だもんな」

 食べ終わった皿に爪楊枝をプッと吐き出し、タバコに手を伸ばした。

「あっという間だね、四年間なんて」

「こうやってお前や紗良なんかとつるみ始めたのは二年生だったから、実質三年間も無ぇもんな」

「そうだね。初めて遊びに行ったのがバーベキューだっけ? 懐かしいね」

「あん時ゃ宗太も真由もいたな。ってか、あいつらがくつっきたいがために企画したイベントだったもんな」

「らしいねー。竜也くんも、よくその輪に入ってきたよね」

「今思えば本当そうだよな」

「あの二人の結婚式だって、もう一年前のことだもんね」

「懐かしいな! もうあれから一年かよ。あれだよな? お前も随分と小綺麗にしてたの覚えてるよ」

「そんな言い方してなかったよね? 野菜の妖精みたいなこと言って馬鹿にしてたじゃん」

「ん? ちゃんと褒めてなかったか?」

「褒めてないですー」

「一年前ってことは……そういやあいつら、今日が結婚記念日ってことじゃねぇか!」

「本当だ! これから先、クリスマスイブの度に思い出しちゃうね」

「こいつはしてやられたなぁ。でもまぁ、せっかく思い出したから、とりあえずお前の写メでも送っといてやるか」

「一人でとか恥ずかしいからやめてよ! せめて二人で撮ろ?」

「なぁにそこら辺の女子みてぇなこと言ってんだお前は」と言いながらおれは、携帯のカメラをセルフタイマーにして窓際に置いた。

「いや、普通にわたし女子だから」と言いながら、前髪を整えている所を見ると確かに、何とも女子っぽい。

 皿を端に寄せ、カメラに写る様に、ぐいとテーブルに身を乗り出した。机の真ん中あたりにきたとき、同じ様に乗り出してきた由希子の頭がコツンと当たった。

 戸惑い、目があった。向こうも目を丸くしている。一瞬時が止まった様な気になったが、すぐにまた頭を付け返し、

「お前、もうちょいそっち寄れ」

と軽く押し返した。

「それじゃわたし写んないじゃん」と、由希子も負けじと押し返してくる。

 良いから寄れ、痛い……。そう言っているところでセルフタイマーのシャッター音が鳴った。

 頭でおしくらまんじゅうをしている二人の様子を収めた一枚は、何とも滑稽で、特に、痛がる由希子の表情は心底愉快であった。それを見て二人で笑ったが、宗太と真由に送ると言ったら、それはやめろと言う。仕方がないので、由希子の携帯にだけそれを送った。

 届いた写メを見て由希子はまた、ふふっと朗らかに笑って見せた。

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