「お前どうせヒマじゃろ? しゃあねぇけぇ誘っちゃるわ」
そう言って、優一はおれをバーベキューパーティへと招待してきた。前期の期末考査も終わって夏休み目前という今、確かにおれは暇である。というより、この期間に暇じゃない学生がどこにいるのか。何とも不思議な誘い文句だ。
だがそれ以上に、学生らしく夏にバーベキューに一緒行く様なキャピキャピと浮かれた友人が、優一にも存在していたということがおれには解せなかった。仏頂面で頭はたわしで、おれより愛想が無いくせに。
しかし、そんなことを口にしてしまったばかりに、やっぱり来なくて良いなどと手のひらを返されてはこちらも調子が悪い。快く参加させて頂く旨の返事をした。当日は、主催者とやらの車で迎えに来てくれるとのことだったので、待ち合わせの時間より少し前になると、おれはアパートの駐車場でタバコを咥え、彼らの到着を待っていた。
指定されていた時間を十分過ぎた。仕方がないのでもう一本とタバコに火を付けようと少し俯くと、顎から汗がポタリとアスファルトに落ちた。知らぬ間に、ティーシャツも汗ばんできている。七月の終わり。梅雨も明け、太陽も懸命に働いている。この炎天下に人を待たせるとは何事か。大方優一の奴が、いつも学校には寝坊して行くおれのことだから、時間丁度には準備できていないなどと思ってのんびりやってきているのだろう。若しくは、おれの寝坊を計算に入れて、予定よりも少し早めの時間を伝えてきていたのかもしれない。片腹痛いとはこのこと。確かに学校には寝坊してばかりだが、こと遊びとなると話は別だ。なんだかんだでおれも、今日という日を心待ちにしていたのは事実だった。
二本目のタバコが吸い終わる頃、駐車場に一台のミニバンが乗り込んできた。助手席に優一の姿が見える。そのまま空いている駐車スペースに停車すると、窓を開けながら優一が、「この暑い中外で待っちょったんか。ご苦労やったのう。とりあえず乗りいや」と偉そうに。そもそもお前の車ではないだろう。
暑さと優一の態度にイラッときたが、とりあえず乗り込もうと後部座席へのスライドドアを開けると、車内のキンキンの冷風が一気に溢れてきて、それだけですっかり身も心までも癒された気になった。
「ありがとう。今日はよろしく」と、おれは運転席に座る
「おつかれ〜。待たせちゃったね〜。あ、タバコ吸って良いから、灰皿適当に使って〜」
軽そうな喋り方と、どうせ親に買って貰ったであろう学生にはもったいない様な車を所有していけ好かない、ということを除けば普通の奴だ。いや、薄っぺらい交流しかなかったおれを、快く受け入れてくれている時点で、普通よりは良い奴なのだろうきっと。すでに優一もプカプカと煙をくゆらせていたので、遠慮なくおれもタバコに火をつけさせてもらった。
「じゃあとりあえず、女性陣も迎えに行きますか〜」
そう。今日のバーベキューは、三対三のコンパさながら、女の子達も参加するのだ。大学生の夏らしくて良いではないか。
迎えに行く道中聞いた話では、どうやら一年生の頃から、宗太が狙っている子がいるらしい。二人で遊びに行く程はまだ仲良くなっていないから、その子の取り巻きも含めた三人と、こちらは男三人で、夏らしく、学生らしく、バーベキューにでも精を出そうかというのが今日の企画であった。宗太にとっておれや周りの連中は、ただの人数合わせのオマケにも見えなくはないが、人の青春に付き合うのもまた、一つの青春の形なのであろう。おれの頭の中ではすでに、ケツメイシの男女六人夏物語が流れていて、砂浜で水鉄砲をかけ合っていた。
宗太の妄想話を背景に、ケツメイシを頭の中でヘビーローテーションしているうちに、待ち合わせのスーパーに着いた。女の子達三人は、揃ってこのスーパーで合流し、そのまま買い出しをして行こうという段取りであった。
あいのりの様な自己紹介は無く、合流後は挨拶もそぞろに買い出しへと店内へ。このメンバーの中で交流の少ない、新参者はおれだけなのか。そう思うと、全くの初対面ではないにしても、相手は女の子ということもあり、少し気後れしてしまう。とりあえず何か仕事をと思って、買い物カゴはおれが進んで持ち、何とか早く輪に入れる様にと、気の利く奴を演じ様としていた。
買い出しも終わり、いざ出発。当然の様に、宗太は目当てのその子を助手席へと導いた。
出発直後から、宗太は完全に二人だけの世界に入ってしまっている。もうお前らは最初から二人でどこにでも行けばいいのにとさえ思えてしまう。その他の四人はというと、新参者のおれに対し、三人がある程度話題を振ってくれるおかげで、なんとか後部座席組の空気は保たれていた。
「ってかさー、竜也君って、いっつも学食の前の芝生のとこに居るよねー?」
そう言いだしたのは
「あー……。そうね」
せっかく話を投げ掛けてくれているのだが、段々と取り繕う事にも疲れてきていて、適当な返事になりつつあった。上手に丁寧に話そうとすればするほどつまらない返しになってしまい、余計に疲れる。人間関係を築いていくのも骨が折れて仕方ない。
まだ今日のイベントは始まったばかり。何ならまだバーベキューすら始まっていないというのに、すでにどうでも良くなってきているおれがいた。もう停止ボタンを押したので、頭の中でケツメイシは流れていない。
「なんや竜也、その愛想の無い返事。お前女子と喋るん久々で緊張でもしとるんけ」
いよいよ優一は、おれが面倒がっているのを察知したのか、茶々という名のフォローを入れ始めた。
「うるせぇよ。それにな、女の話相手くれぇおれにもいるってんだ」
こいつにはどう思われても良いから、上手いこと舌が回る。優一が相手だとおれは普段通りだ。それにもう、女の前だからといって猫を被っているのにもうんざりだった。
「どうせお前のことじゃけぇ、タバコ買いに行ってコンビニの店員と話すだけじゃろ」
「舐めんな! 食堂のおばちゃんとも日に三回は喋ってる!」
やっと調子が出てきたおれに、優一も合わせる。
「なんやお前。コンビニのおばちゃんといい、食堂のおばちゃんといい、熟女が好きやったんか?」
「馬鹿だねぇ、お前は。コンビニはちゃんと若い店員の方に並ぶっての」
おれ達のやり取りを聞いて、「二人で漫才やってんの? 超ウケる!」と紗良が笑う。
紗良の隣に座る
「竜也くんってなんか近寄りづらい感じ出してるよね。いっつも芝生のとこでタバコ吸ってさ。おまけにいつも雪駄だし」
「ほうよ。こいつこんなんやけ友達おらんのよ。すまんな、こんな奴連れて来てしもうて」
優一がおれをダシにして、二人にウケるのも悪くはないが、お前もさして変わったものではないであろう。そう思って仕返しに出た。
「ってかさ、優一が今日来たのはあれだろ? バーベキュー終わった後の洗いもののためだもんな」
「誰の頭が金タワシじゃ。こっちは二十年これでやっとるんじゃ」
「え? 優一の髪って地毛だったの?」
「なんやと思っとるんじゃ。誰が好き好んでこんなチリチリにするか」
また由希子と紗良の二人がどっと笑う。ざまぁみやがれってんだ優一め。しかしまぁこの道中、優一のおかげでようやく彼女らとも、自分らしく話せる様にはなりつつあった。
バーベキュー場に到着すると、受付を済ませ、さっそく準備に取り掛かった。宗太は真由を誘い、二人で野菜を切りにと下ごしらえに流し場の方へと向かって行った。良いよ良いよ。お前ら二人は、好きな様にやっててくれれば。
自然と残りの四人で火おこしをしたり、飲み物や皿やら会場の準備をしたりすることになった。
「おい。全然火ぃつかねえんだけど」
炭に火をつけた新聞紙を放り込み、紙皿やなんやでパタパタとやっているが、一向に炭にまで燃え移らない。
「なんしよんやお前。そんな薪の組み方で燃える訳ねぇじゃろ」
ぶつくさと言いながら優一は、おれが組んだ炭やら薪木をまた一から組み直しはじめた。
「ええか。こう、空気入る隙間を作りながら順繰りに組んでやな……」
その眼差しは真剣そのもの。こんな事でさえ、いや、こんな事だからこそ性格が出るのか。
「相変わらず細けぇな。そんなもん、燃やしちまえば全部一緒だろ?」
「それじゃあ燃えんかったけぇ今こうして組みよるんじゃろうが。はーもうどいちょれ」
「ったく……。しょうがないねぇ、優一は」
邪魔者扱いされてしまっては仕方がないので、おれはクーラーボックスを物色し、取り出した缶ビールの栓をプシュっと開けた。
「あ! 竜也くんずるい!」
良い音をさせてしまったので、由希子はそれを聞き逃さなかった。
「火おこしは御奉行様に任せとけば良いよ」
そう言って缶ビールをゴッ、ゴッと喉に流し込んだ。
「か〜! やっぱ一仕事の後のビールは最高だねぇ!」
せっせと皿や焼き肉のタレの段取りをしていた紗良も、「お! それなら私も、ひとつ呼ばれようかなー」と言いながら、缶チューハイをおもむろに取り出した。
「あーあ。皆んなに怒られても知らないかんね」
そう言って由希子は逃げる様に、優一がごそごそとやっているバーベキューコンロの方を覗きに行った。一緒にいて、とばっちりを食らうのを恐れたのだろう。気にせずおれと紗良は酒盛りを始めた。こいつもなかなかいける口だ。
しばらくすると、コンロの方でやや煙が上がりはじめた。どれ。一つ様子を見てやろうと、缶ビール片手にそちらへ向かい、パタパタと必死に風を送っている優一の脇に立った。
「おう。火おこしは順調かい?」
「ええ感じや。もうだいぶ火ぃついたけぇぼちぼち……、ってもう飲みよるんかい!」
おれの後ろの方でも、「お先に頂いてまーす!」と紗良が、缶チューハイを持つ手を高く上げている。
「まったく。碌なもんやねぇの、お前らは」
優一の、火を仰ぐ手が少しだけ緩まった。
「良いんだよ。無礼講だよ」
そうこうしているうちに、下ごしらえの終えた宗太と真由も帰ってきた。
「なんだよ〜。もう始めちゃってんのかよ〜」
「良いんだよ。無礼講だよ、無礼講」
仕切り直して皆で乾杯。そこからは本当に無礼講。
「ビール足んねぇよ」
「こっちもチューハイ一つねー!」
「こっちはノンアルで〜」
「もー。それくらい自分で取りなよ」
「おい、肉ばっか食っとらんで野菜も食え」
「ビール足んねぇよ、ビール」
「もー。飲み過ぎだってば」
「おれが育てちょった肉取ったん誰や」
「ビール足りねぇってば」
――日も傾きかけ、片付けもひと段落した所で、「最後に皆んなで写真撮ろう!」と紗良が提案した。そういえば紗良はバーベキューの最中もずっと、チューハイ片手に酔っ払いながら、デジカメでパシャパシャとやっていた。たまにいる、ただただたくさん写真を撮るのが好きな奴。こいつもそのうちの一人なのだろうな。
紗良の仕切りで皆が並ぶ。
「もっとみんな、寄って寄ってー!タイマー押すよー!十秒ね!」
セルフタイマーをセットし、紗良も輪に入った。
……九……八……。
「おいおい。たわし片付けてねぇの誰だよ」
「うるせぇ。お前も網と一緒に洗って返却してきちゃろうか」
……五……四……。
「早く〜。目が乾く〜」
「皆んなお酒臭ーい」
……二……一……。
おれは、あまり写真を撮る事が好きではない。撮られる分には、勝手にやってくれるのなら別に良い。ただ、撮ることに必死になってしまっていると、この一緒に過ごす時間を共有できていない様な気がしてしまう。ファインダー越しに見るのではなく、今この風景をしっかりと、自分の目で心に焼き付けておきたいのだ。
でも、皆で並んで、バッチリとポーズをとって笑顔を作って。シャッターが降りるのを今か今かと待っているこの、傍から見れば何とも滑稽な時間は、悪くない。
ぐだぐだと言い合いながらフィルムに残したこの一瞬は、この先いつか大人になった時に見返してみれば、さぞ良い笑顔をしていて、さぞ煌いて見えるのだろう。
うん。悪くない。