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王敦2  盧江人の何充さん

王敦おうとんの兄、王含おうがん

盧江ろこう郡の長官として赴任した。

が、これがまあ、ひどいのなんの。


王敦、そんな兄を庇おうとする。

宴会の席上にて、こう発言。


「うちの兄貴は赴任先でよくやってるよ。

 盧江の民は上から下まで、

 兄貴を讃えているからな!」


ちなみにこの時、何充かじゅうさんが

王敦の部下として、この席上にあった。


王敦の話を聞くと、何充さん、

きっと表情を引き締め、反論。


「私は盧江の人間です。

 この耳に届くのは、

 公の仰ることとは真逆であります!」


ふがっぐ。


おい何充おめえ、

そう言うこと言っちゃうのかよ。

黙り込む王敦。ちょう怖い。


何充のそばにいた人たち、

王敦の目から逃れるように、

そそくさと離れていく。


が、何充は悠然と構え、

平然と王敦のにらみを

受け止めるのだった。




王含作廬江郡,貪濁狼籍。王敦護其兄,故於眾坐稱:「家兄在郡定佳,廬江人士咸稱之!」時何充為敦主簿,在坐,正色曰:「充即廬江人,所聞異於此!」敦默然。旁人為之反側,充晏然,神意自若。


王含の廬江郡に作さるに、貪濁狼籍たり。王敦は其の兄を護り、故に眾坐にて稱うるらく:「家が兄は郡に在りて佳なるを定め、廬江の人士は咸な之を稱えたり!」と。時に何充は敦が主簿と為り、坐に在れど、色を正して曰く:「充は即ち廬江の人なれど、聞きたる所は此に異ならん!」と。敦は默然とす。旁の人は之が為に側より反りたれど、充は晏然とし、神意は自若たり。


(方正28)




王含

王敦さん周りは「王敦が乱を起こした」から逆算されてる印象しかないので、人物評価「クソでした」については鼻くそほじりながら接するべきだと思っています。


何充

庾亮ゆりょう期~桓温かんおん期に掛けて、微妙にビッグネームが失われる期間がある(本当は簡文帝かんぶんてい司馬昱しばいくがビッグネームなのだが、のちの神輿に担がれる~一年ほどでさくっと死ぬ、を強調したいがためになのか、この辺の実績はスポイルされている)のだが、その時期に大きな発言力を持っていた人。ちなみに、かれの弟の家系がのちに劉宋で大きく皇帝家と姻戚を結ぶ。

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