八月の第一週目の土曜日の朝。東京の天気は良く、本日も暑くなる予感をさせる天候である。
東京豊島区の閑静な住宅街にある、とある一軒家。
エアコンの掛ったリビングで一人、トーストを食べながら、テレビから流れる音を聞いている牧原がいた。
牧原は、中年男で、身長は高めでやや痩せ型で、今はポロシャツにジーンズを履いていた。
テレビは、ニュースを放送しており、牧原は興味なさげに聞き流していた。しかし、突然池袋の話題になり、テレビに注目する。
『池袋周辺で、立て続けに残虐な殺人事件が起きております。警察は捜査本部を立ち上げ、それぞれの関連について調査中とのことです』
「物騒だな。こんな事件が身近に起きているなんて」
牧原は独り言を言った。
一人暮らしをしていると何かと独り言が出る。そう言うと、今度はおかずの目玉焼きを食べ始める。
今から三ヶ月前、池袋駅東口にあるライトピラー周辺。
すでにサラリーマンたちは、すでに仕事を終えている時間帯であったが、駅前の繁華街の為、店や建物のネオンや明りで非常に明るかった。
今や観光地化したライトピラーも目印として目立つので、待ち合わせ場所として利用されていた。
ちなみにライトピラーとは、今年、一月になって直ぐのころ、東京特別区内、三ヶ所に突如発生した構造物で、見た目が光りの柱のように見えることから名付けられた。そして、そのライトピラーの一つが池袋駅東口にあった。
友人と待ち合わせで、ライトピラーを背に立っていたサラリーマンが、倒れた。背後から鎌のような手をしたモンスターに背後から袈裟懸けに斬られたからだ。即死だった。
倒れたサラリーマンの遺体から流れた血で、地面に水溜りならぬ、血溜まりを作る。
「いやー!」
ただならぬ状況に気付いた近くに居た女性が悲鳴を上げた。
羽目を外した女性が上げる、奇声ではない。本当の悲鳴だと近くの人たちは気付く。
そして、鎌の形をした手から血が滴っているモンスターの存在に気付く。
モンスターは、二足歩行をしており、胴体の頭から腰のあたりまで、サツマイモを大きくしたような形をして、色は黒っぽいこげ茶色。頭の辺りにのっぺりしたサルのような顔。それに肩から肘までは人間などと同じ形であるが、肘から先が鎌。胴体に対して短い脚と言うすがたをしていた。
モンスターは倒れたサラリーマンと一緒にいたもう一人男性を鎌で斬りつける。男性はカバンで何とか受けたが、カバンは大きく斬り裂かれる。カバンの状況を理解した当の男性は尻もちをつく。
「何、変な着ぐるみを来て、悪さしてんだ」
そう言って、勇気ある男性が飛び膝蹴りを決める。
モンスターは少し後ろによろめいたが、倒れなかった。そして反撃しようとする。男性の蹴りはあまり効いていなかった。
飛び膝蹴りを決めた男性はモンスターから、距離を取る。
勇気ある男性たちがモンスターへ攻撃するが、素手での攻撃はほぼほぼ効き目がなかった。
五分ほどして、警察官が二人やって来た。
スマホで警察に通報した人がいたからだ。
駆けつけた警察官二人の内一人は、警棒で殴る。もう一人の警官は、危険だから下がるように周りにいる人たちに声を掛ける。
我に返った人々は、モンスターから離れていく。
警察官が何とか本気で戦える状況にはなったが、両手の鎌を振り回すので、警棒で取り押さえるのも難しかった。そもそも警棒が当たっても痛がっている様子はあるが、怯む様子もなく反撃してくる。
人一人殺されており、長引くと危険だと判断し、仕方なく、警察官は上空に威嚇射撃をした。当然、モンスターは止まらない。もしハズレてもライトピラーに当たるだけの状況になったので、警察官は拳銃で撃つ。弾はモンスターの腹に当たる。
モンスターは倒れ、動きを止める。
二人の警察官は着ぐるみを脱がそうと慎重に近づく。モンスターは着ぐるみではないので、当然チャック等は無い。
「これ本物のモンスターじゃないのか?」
警察官の一人が言った。
その後、すぐ警察官が射殺したのは、着ぐるみを来た人間ではなく、完全なモンスターだと分かるが、それは都民には伏せられ。マスコミも報道することはなかった。
この一件以降、非常線が張られ、池袋東口に通じる道路は封鎖されていた。
しかし、人間が刃物のようなもので斬られる事件は続き、犯人はライトピラーから出て来たモンスターであると、気付くのにそれほど時間は掛らなかった。
ライトピラーのある自治体や都は、ライトピラーから出てくるモンスターの対処を警察にやらせた。モンスターは拳銃で撃てば倒せたので、見つけ次第即撃って良い許可を警察に与えると、最初のウチは何とかなっていた。しかし、数が多くなり、警察だけでは手に負えなくなった。
都は、都民に気付かれないように、モンスターの駆除を自衛隊に要請しようとしたが、自衛隊は断った。自衛隊は、都民に事態を告知すること、都民を安全な場所まで避難させること、この二つの条件を都知事が受け入れなければ、モンスター討伐に出動しないと都に答えた。そして、都はそれを受け入れなかったので、今に至っているが、当然、一般都民の知る由もなかった。
今回の連続残虐殺人事件は、ライトピラーから出て来たモンスターたちが犯人であった。
牧原は、食後のコーヒーを飲み始めた。
そして、ライトピラーが出来て直ぐ、非常線が張られる前に、見に行った事を思い出す。人混みのせいでライトピラーには触れなかったし、中に入れなかったが、外から見ている分にはあまり面白くなかった。
「さてと、スーパーに買い出しに行くか」
コーヒーを飲み終えた、牧原が独り言を言った。
牧原は、リュックを背負うと、エアコンを止めて部屋を出る。
「今日は暑いな」
牧原は、家を出るとまっすくスーパーへ向かう。すると、近所に住む中村のおばちゃんと焼肉屋のおばちゃんが立ち話ししていた。
「こんにちは」
「どこ行くの?」と焼肉屋のおばちゃんが答える。
「近所のスーパーまで買物に」
「たまにはウチに食べにきなさいよ。独身なんでしょ。よかったら良い娘紹介するよ」
焼肉屋のおばちゃんが営業を掛けて来たので、牧原は苦笑いする。
「一昨日食べに行ったばかりじゃないですか。期待しないで待ってますから紹介してくださいね」
「私があと二十若かったら、牧原ちゃんと結婚してあげるのに」と中村のおばちゃん。
「中村さんは結婚しているでしょう」
牧原がそう言うと苦笑し、二人のおばちゃんも笑う。
牧原は、手を振って二人のおばちゃんと別れようとすると、そのタイミングで、二人のおばちゃんと牧原の頭に石が降って来る。頭に当たって跳ね返り、キラリと輝く。
牧原と焼肉屋のおばちゃんは反射的に受け取ってしまう。しかし、中村のおばちゃんは、石を取り損ない地面に落とし、石は地面を転がる。
牧原は受け取った石を掌に乗せると、綺麗な虹色に輝く魔法石だった。
金粉がついているかの様に所々がキラキラ光る黒髪。白を基調にした金色のラインが入った和装の様な服の魔法少女に変身した。
牧原は、自分の袖や腰のあたりの服が変っていることに気付いた。
焼肉屋のおばちゃんは、受け取った石を見ようとする。掌に痛みが走り「いたっ」と、小声で言った。そして、石は焼肉屋のおばちゃんの手の中に減り込んでいき、手の中に入って行く。
すると、中村のおばちゃんの目の前で、姿かたちが変わり、両手が鎌の形のモンスターに姿が変わる。額には掌の中に減り込んだはずの石が浮き上がって来る。そして、右手の鎌で驚きのあまり固まっている中村のおばちゃんを斬り裂く。中村のおばちゃんは倒れ、地面に血の海を作る。
魔法少女に変身した牧原は、早くも自分の生存の危機を感じると、顔を向けているわけでもないのに、焼肉屋のおばちゃんがモンスターに変化し、中村のおばちゃんを殺しているのを見た。
元焼肉屋のおばちゃんのモンスターは、今度は魔法少女に変身した牧原に標的を変える。
「な、なんだよ。これ」
牧原は、自分自身が変身してしまった事や、焼肉屋のおばちゃんがモンスターに変わってしまい、中村のおばちゃんが殺されたこと、すべてを認識した。しかし、どうしてこんなことになったのか理解できなかった。
モンスターは、牧原の方へゆっくり歩き出す。それを見て、牧原はモンスターから逃げる為、道なりに走り出す。
今いる道はカーブになっており、行先は建物の壁や塀しか、本来の肉眼では見えない。
しかし、牧原には進行方向から黒い大きな乗用車が爆走してくるのが見えた。その為、道路の端に寄る。
元焼肉屋のおばちゃんのモンスターは、牧原を追って、道路の中央をちょこちょこ走る。
そこに黒い乗用車が、制限速度三十キロの狭い道路を六十キロを超えるスピードで爆走して来て、元焼肉屋のおばちゃんのモンスターに激突する。
ドスンッという激しい音と共に、モンスターは三メートル程飛ばされ、地面にドシャッと激突する。モンスターは血の海を作り、動かなくなる。
車から男が二人、右側と左側と一人ずつ出てくる。日本語ではない言葉で二人の男は話している。
牧原は、知らない言葉なのに、二人の会話が理解できた。
『おい。なんか轢いちまったぞ』
運転席から出てきた男が言った。
『だから、スピードの出し過ぎだと言ったんだよ』
助手席から出てきた男が言った。
二人は元焼肉屋のおばちゃんの傍へ行く。
『これは、人間じゃないじゃないか。モンスターだよ』
助手席から出てきた男が言った。
『良かった。人間じゃないなら殺人罪にならないよな』
運転席から出てきた男がホッとして言った。
『物損事故だから、殺人ではないが、事故は事故だぞ』
『殺したのはモンスターであって、ペットや動物じゃない。感謝されこそされ、怒られるいわれはない。死体を道路のわきに退けるぞ』
二人の外国人は、元焼肉屋のおばちゃんの遺体を転がし、道路の脇に移動させる。二人は、事故が原因で前面が凹んだ車に乗り込むとまた走り出す。
二人は牧原が様子を伺っていたことに気付かず、走り去った。
牧原は、自分に起きたことが理解できずに何をすべきか悩む。悩みながら道なりに歩き続けると、豊島第十高校の校門の近くまでくる。すると、別のモンスターに襲われている高校生を発見する。そして、目の前で高校生は無残に殺された。
「ま、マジか」
牧原は、頭の中が真っ白になる。
「いったい何が起きているんだ」
高校生を殺したモンスターは、今度は牧原に標的を変える。
牧原は、モンスターからの殺意を感じるが、どうしたら良いのか混乱した。
すると、和装のような服を着た美少女、いかにも魔法少女と呼ぶに相応しい姿の少女が現れ、手に持っていた剣で高校生を殺したモンスターを殺す。地面にモンスターの血が流れる。
「大丈夫かい」
牧原は、呆然としてみている。
魔法少女は、長い黒髪で、毛先を紐で結わえている。薄い水色の和装のような服で、白い足袋のような靴下に黒い草履のようなサンダルを履いていた。
牧原は、凛々しい魔法少女に見惚れた。
「君は一体……」
牧原が言いかけると、魔法少女は殺された高校生の元へ駆け寄る。
「助けられなくて、ごめんな」
そう言うと、魔法少女は手を合わせる。
そして、倒したモンスターを足でひっくり返す。モンスターの死体の額には、楕円形の石が付いていた。
「元人間だ」
魔法少女の言葉に牧原は驚く。
「元人間ってどういう事?」
「額に石が付いているのは、元人間の証。魔法石の成れの果てだ」
魔法少女は、モンスターの死体から額の石を取ると、死体はゲル状になって流れる。
嫌な臭いに、牧原は顔を顰める。
魔法少女は、牧原に石を渡す。
牧原は、受け取った石をマジマジと見る。非常に微弱だが魔力を感じ、とても興味が引いたので、ポケットティッシュを取り出すと、それを包んでポケットにしまう。
「魔法石って何ですか?」
牧原が聞いた。
「君も持っているはずだけど」
魔法少女は、ポケットから綺麗な石を取り出し、掌の上に乗せて、牧原に見せる。
「運が良いと君のような魔法少女になり、運が悪いとこれみたいになる」
魔法少女はゲル状の物を指差して言った。
「それじゃあ、さっき貰った石のせいで、人間がモンスターになったのか?」
「そう言う事」
だから、焼肉屋のおばちゃんがモンスターになったのだと理解できた。
牧原は、朝のテレビのニュースを思い出す。
「最近、池袋周辺で殺人事件が頻発していることと関係しているのか?」
「証拠はないけど、たぶんそうだと思うよ」
牧原は、驚きで呆然とする。
「驚いている所悪いんだけど、用がないなら帰った方が良いよ。モンスターが増えているから」
牧原は、そう言われてやっと我に返る。
「近所のスーパーで買物したいんだけど」
「ボディガードが必要なら付いて行ってあげるよ。その代わり奢ってよ」
「背に腹は代えられない。頼むよ。僕は牧原って言います。君は?」
「霧島です」
「魔法少女なのに、平凡な名前なんだね」
「あのね。魔法石で変身しているけど、中身は普通の高校生だからね」