突然ですが、私の名前は御堂美咲。二つ名はまだ無い。県立松阪牛高等学校の科学部所属だ。
現在、我が部は先日の実験により、今月分の部費を使い切ってしまった。
その実験とは「おならに火をつけるとどうなるか?」という、ただのバカかこいつと言われかねないものだった。
あれはよかった……。部費で思う存分、美味しい焼き芋を食べれたのだからな……。
実際に制服のスカートをめくって、ショーツ越しにチャッカマンを押し当てながら、おならをするような、はしたない行為はしていない。
残念だったな? 期待していた諸兄たちには悪いが、私はそういうことをしないという設定の淑女なのだ。
さてと……、来月は部費でどんな実験をしようか。来月は10月だ。ハロウィンにかこつけて、そのイベントのために部費を使いこんでやりたい……。
「先輩。せ、ん、ぱーーーい! 聞いてます?」
「ああ……。いつもの物思いにふけっていた。すまない、何かようか?」
「先輩、忘れたんですか? 先輩に似合う二つ名を考えろって話」
ふっ……。思いっ切り忘れていたな。科学室の机を挟んだ向こう側に後輩がお人形さんのようにかわいらしくちょこんと座っている。
彼女の名は立花アリス。彼女はフランス人形がそのままひとの形になったかのような美しさだ。
白い肌、金色に染まる髪。ふわふわのボブにブラシを通すのを言い訳にして、変態のようにクンカクンカと嗅いでやりたくてしょうがない。
「で、何か良いのは考えついたのかい? 私のアリスくん」
「いつ、先輩のものになったのかは知りませんけど。とりあえず、こういうの考えてみました」
アリスくんがノートをこちらによこしてきた。おぅ~。なんと美しい字だ。彼女の端正な顔立ちのようだ。
この字を見ているだけで、ノートに鼻をこすりつけて、匂いを存分に味わいたくなる。
いかんいかん。これではただの変態だ。ただでさえ、アリスくんはたまに私を毛虫でも見ているような目で見てくる。
毛虫ならまだ許せる。だが、これ以上、変態なところをアリスくんに見せたら、きっと彼女は私のことをミジンコを見るような目で見てくるであろう。
その証拠に、アリスくんがノートに書いた私の二つ名は、毛虫、芋虫、蓑を剥された蓑虫だ。まだぎりぎり、地面をのたうちまわる虫ですまされている。
「あのー。これの中のどれが良いです?」
「うむ。却下だ。出来るなら、虫以外で頼む」
「虫以外ですか……。微生物でも良いです?」
ふっ。無理な注文はやめたほうが良さそうだ……。
「ところで先輩。部費を使い切って、活動できないのになんで部活に出なきゃならないんです?」
「活動実績を積まなければ、部費が降りんからだ」
「はぁ……」
ああ、その心底、呆れかえっているため息! そのため息を私の顔に吹きつけてほしい!
いや、やめよう。私の表情から気持ちを汲み取ったのか、私から奪い取ったノートに『ゾウリムシ』とでかでかと書いている。
このままでは本当に『ミジンコ』扱いだ。それだけは耐えられない……。
しかし、なかなかデコレーション文字の才能があるな、アリスくんは。シャープペンシルで文字の太さ48インチにして、なおかつシャドウもかけている。
しかもフォントは丸文字だぞ。まるで女子高生が好んで使う丸文字だ! 私は彼女の新たな一面を見つけてしまった!
そうだ、今日はママにお赤飯を炊いてもらおう!
「あ、すみません。反省してます。ミジンコはさすがにショックです」
「えええ? せっかくミまで書いたんですよ?」
やれやれ……。油断も隙も無いとはこのことだ。いや? 何か言葉が違う気がするが……。まあ良い。私は科学部であり、文芸部じゃない。
「でも真面目な話ですけど、先輩は損していると思いますよ?」
「ん? それはどういう意味だい? アリスくん」
「いや……。キモイところを抜けば、先輩は十分に美人の範疇に入るのにって」
ふっ……。それは嫌みかい? 私の可愛いアリスくん。アリスくんは松阪牛高等学校で1番を争うほどの美少女だぞ?
そんな美人にあなたは美人と言われても……。
「すまん。素直に嬉しいな?」
「そうでしょう? というわけで、あたしを見ながら、鼻息を荒くするのを控えてください。あと、あたしに焼き芋をたくさん食べさせて、オナラをさせようとかも金輪際しないでください」
うーーーむ。さすがにアリスくんのオナラの音を聞きたいという実験は反省すべきだったな。彼女も私と同じくオナラとかそういうことをしない設定だった。
しかしだ……。禁忌を乗り越えてこその本当の愛だと思うのだよ、アリスくん!
この気持ち、わかってほしい!
あっ、すいません。ミジンコって書かないでください、お願いします。
「こほん……。えっとだな……。アリスくんは来月、どんな実験を行いたいのかね?」
「二つ名の次は、来月の部費の使い道ですか? うーーーん。来月はハロウィンでしたよね」
「そうそう。トリックオアトリート! で大騒ぎするアレだ!」
「いたずらしてほしいならお菓子を寄越せであってますよね?」
「うんうん! どんないたずら、いや違う。どんな実験をしてほしい?」
アリスくんが一生懸命考えてくれてる。首を傾げてだ。さらには腕を組んでうんうんと悩んでくれている! 今すぐカバンからスマホを取り出して、100枚ほど、写メを撮りたい!
「そうですねー。じゃあ、お菓子を作りましょう!」
「お菓子? 買ってくればいいんじゃないのか?」
「ダメです! 我が部は科学部ですよ! 科学部らしく、ビーカーとかアルコールランプを使って、ふわふわのマフィンを作りましょうよ!」
ああーーー。なんて賢いんだ、アリスくんは! しかもお菓子作りとなれば、自然とスキンシップも生まれる……。
「というわけで、マフィンの材料はあたしが調べておきます! 先輩は実験に必要な器具のチェックをお願いします!」
天使の笑みだ……。天使様がここにおらせられるぞーーー!
「んじゃ、決まりましたんで、あたし、そろそろ帰りますね!」
「うむ。来月のハロウィンが楽しみだな!」
「はい!」
アリスくんがカバンを手に取って、可愛らしくパタパタと足音を立てている。ああー、可愛いなあ。追いかけて、後ろから抱きつきたくなってしまう。
「では、お先に失礼します!」
アリスくんが丁寧にもこちらにお辞儀してくれる。彼女のふわっと揺れる金色のボブについ目が奪われてしまう……。
って、あれ? アリスくん。ノートを忘れていったぞ。ったく……。
私がしっかり預かっておこう。
んんん? んんん?
ふふふ……。あはははははは!
「なんだいこれは。二つ名にしてはこれは行き過ぎてるぞ、アリスくん」
彼女が忘れていったノートの片隅には『先輩、大好き』と書いてある。
これはノートを預かるわけにはいかないな。このまま、科学室に置いておこう……。