美奈お姉さま、ありがとうございました。
わたくし、幸せになりますわ。
絶対忘れません。
「うん、幸せになってね。私もエリサを忘れないよ」
頭に響くエリサの声に私は返事をする。
目の前に浮かぶモニターのような物には、抱き合うエリサとナインが見えた。
まるで映画を見ているようだ。
エリサは眠りながらこんな風に見ていたのかな。
抱きしめ合うエリサとナインは幸せそうで、これこそ最高のエンディングだと拍手をした。
「よかったねぇ、二人とも幸せになってね。おめでとう!」
その拍手にもう一つ音が加わった。
音の方に目をやれば、執事服のカリスが立っていた。
「? あれ? カリス、何でここに居るの?」
「おいおい、こんなところで高みの見物か? いい趣味じゃねぇか」
「カリスはエリサの傍に居なくていいの? 」
「今あそこにいるのは野暮だ」
「確かに!」
「それに、一人で感動のシーンを見るのも味気ないだろ」
「それはそう! 折角だから分かち合おう!」
「ふっ。ああ、美奈はそうでないとな」
何で笑われたのかは分からないがなんだか遺憾である。
けれど感動シーンを一人だけで観覧なんて味気ないとは思っていたから丁度いい。
二人とも想いを伝え合い、幸せそうに笑い合っている。
全てに絶望していたエリサが喜びに満ちた笑みを浮かべていて、それだけで胸が一杯になった。
「エリサ、幸せそうだね」
「ああ、お前はよくやってくれた」
「うん、自分でもそう思う」
ナインと抱き合うエリサが、心の中で私に感謝を送ってくれている。
エリサにもきっとこんな風に伝わっていたんだね。
私が嬉しく思うこの心もエリサに届いているといいな。
可愛い可愛い、私の妹……。
「幸せになってね、エリサ……」
「なるさ、お嬢だからな」
「ナインも、おじい様もおばあ様もいるしね」
「ああ、ルーディア領の民もいる」
「エリサの味方はいっぱいいるねぇ、安心だわ」
「そうだな」
もう私が居なくてもエリサは幸せになれる。
……私の役目は本当に終わったんだ。
「はぁ、それにしてもエリサは絵になるわ。素敵、可愛い。美人」
「お嬢だからな、ドレスもよく似合ってる」
「ナインもエリサの魅力を良く分かっていよね!」
「……美奈も似合ってるぞ」
「は!? 私!? いやいや、どう見てもドレスに着られてるでしょ!」
エリサが着ると神々しいほどに似合っている豪華なドレスだが、私はどう見てもドレスに着られている。
カリスは上から下までじっくり私を見て柔らかく微笑んだ。
「美奈は赤も合うな。背が高いからそういう型のドレスが映える。綺麗だ、本当によく似合ってる」
「いや、うん、もういいです。アリガトウゴザイマス……」
すらすらと真顔で褒めてくれるから恥ずかしくなり、カリスの口を手で塞いだ。
「何だ、まだ褒め足りないぞ」
「もういいってば! それにしてもこんな豪華なドレス、結婚式の花嫁になっても着られないよ。そもそも結婚できるか分かんないし、最初で最後だわ。折角だし堪能しとこう」
「またそういうのが着たいなら俺が美奈にドレスを送ってやるよ。それを着て結婚式をしたらいい」
話題をドレスに逸らしてみたのにこの聖獣、サービス精神の塊か! 最後だからって過剰サービスが過ぎる。
でも、悪い気はしない。
「やだもー、カリス優しい。その時はよろしく!」
「任せとけ」
カリスがおどけた様に胸を叩く。
うむ、最後までリップサービスのいい聖獣さんだ。ありがとう。
それから二人で画面に映るナインとエリサの様子に見入った。
エリサが作った空間はもう半分ほど消えかけていて、ここの消滅と同時に私は消える。なぜか私にはそれが理解できた。
消滅なのか、元の世界に戻れるのかは分からない。
もうこの世界にはいられない。そしてエリサとは二度と会えない。
終わりの時が近い。
でも、覚悟は出来てる。
「ねぇ、カリス。ここに居たら消えちゃうし、もう戻っていいよ?」
いくらエリサの聖獣とはいえ、空間の消滅に耐えられると思えない。
「一人で消えるのも寂しいだろ、付き合う」
「ええ、いいよ。何で!?」
「何でって、一人くらい美奈に寄り添う奴が居てもいいだろ」
「カリスはエリサの聖獣なんでしょ? エリサの傍に居ないと……」
「お嬢はもう俺が居なくても大丈夫だ。それに俺はお前の傍がいい。嫌か?」
カリスが私の手を取った。
その愁いを帯びたお綺麗な顔で覗き込まないで欲しい。
嫌なワケがないんだけど?
「俺は、美奈の傍に居たい」
カリスは取った私の手の指先にキスをする。
その仕草に胸の鼓動が止まらない。
「美奈の傍がいい」
真っ直ぐそう言われて、私の心臓が今までで一番大きく跳ねた。
カリスは本気で私と一緒に居てくれるつもりなんだ。
傍に居たいと願ってくれるカリスに、申し訳ないより嬉しいの方が勝ってしまった。
……私、カリスが好きなんだ。
でも、今自覚してもどうしようもない。
私たちはもうすぐ消えてしまう。
この想いを告げても未来はない。
ときめく鼓動をなんとか落ち着かせて、呆れたような笑みを作った。
「物好きねぇ」
「そういうのが一人くらいいてもいいんじゃないか? 俺、お前にドレス送るって約束したし」
「本気なんだ?」
「約束は守るさ」
「律儀ね」
「聖獣は嘘を吐けないんだ。それに美奈は噓つきは嫌いだろ?」
「嫌いだけど、リップサービスだけでも十分嬉しかったよ?」
「リップサービスじゃない」
カリスは握っていた手を引いて私を抱きしめた。
「美奈。俺、お前が好きだ」
「……!」
破天荒で、前向きで、愛情深くて、優しくて……。
いつも他人の為に一生懸命。
そんな姿を見ていたら、いつの間にか目を離せなくなっていた。
カリスが真摯な目で私に想いを告げてくれる。
「だから最後まで傍に居させてくれ」
「……うん」
私もカリスが好きだ。
けれどそれを言ってしまったら消えることを悔いてしまいそうで、私は想いを伝える言葉を飲み込んだ。
その会話を最後にどちらも喋らなくなった。
徐々に空間が崩れていき、互いの姿が薄くなっても握った手を放さない。
そしてついに何も残さず消え去った……。