「美奈……、美奈ぁ……」
零れ落ちる涙はどれほど拭っても止まらない。
「ひっ……ぐす……美奈ぁ」
泣きながらそれでも足を動かす。
だってもし止まってしまったら、体が勝手に踵を返し美奈の元へ帰ろうとしてしまう。
けれど美奈はそれを望んでいない。
だから、前へ。ひたすら前へ。
とにかく真っ直ぐ進んで行く。
澄んだ音を立てながら光を散らすこの領域は、わたくしが目覚めた事でその役目を果たし消えようとしている。
わたくしが望み、作り上げた特別な空間。
……そして、わたくしが呼んだ美奈。
その全てが役割を終えようとしている。
「美奈、ありがとうございます」
一方的に呼びつけて、助けてと縋った見ず知らずの人間の手を躊躇わず取った優しくて強くて愛情深い人。
「貴女に会えて、わたくしは幸運でした」
貴女の人生を狂わせてしまってごめんなさいと謝りたい。
けれど美奈はそれを望んでいない。
わたくしが幸せになったのなら嬉しいと美奈は笑う。
だから、たくさんの感謝を述べる。
「ありがとうございます、美奈。貴女に会えてわたくしは幸せでした」
顔を上げ、笑い、走り出す。
だって、美奈はそう望んでいたのですから。
「美奈、見ていてくださいね! わたくし、幸せになってみせます!」
涙を吹き飛ばし、迫ってきた光の中へ飛び込んだ。
久しぶりに感じる体の感触。
目の前には指先に口付けるナインがいる。
わたくしは、そっとその頬に空いている手を添えた。
「……? エリサ様?」
ナインが戸惑っている。
それはそうですわね。美奈がナインにこんなことをしたことは一度もないのですから。
小さく息を吸い込んだ。
「ナイン。わたくし、あなたが好きですわ」
緊張で掠れる声で、自分の想いを口にする。
相手に気持ちを伝えるのはこんなに緊張するものなのですわね。
それなのにナインは溢れるほどわたくしに注いでくださった。
その熱意と愛情に応えたい。
「今まで、たくさんお心を下さりありがとうございました」
「エ、エリサ……様?」
「これからは、わたくしもナインに想いを返して行こうと思いますわ」
ナインは一瞬呆けた後、目を見開き口を戦慄かせ、躊躇いがちに口を開く。
「エリサ、様……?」
「はい、わたくしです。ナイン」
驚くナインに微笑みかける。
「ただいま戻りました」
「エリサ様、エリサ様!! お帰りなさいませ、エリサ様!!」
頬に添えられているわたくしの手にナインの掌が重なる。
手袋越しにナインの温かい涙を感じた。
ナインはエリサの事になると涙腺が弱くなるよね!
そんな美奈の言葉を思い出し、わたくしは心の中でくすりと笑う。
本当にそうですわね、美奈お姉さま。
涙を拭うと、ナインは柔らかく微笑んで掌に頬を寄せる。
「貴女をお慕いしております! エリサ様を、愛しております」
「ええ、知っているわ。ナインのお心、嬉しゅうございました。温かく、幸せで、全てわたくしに届いておりました」
「エリサ様……!」
「ナイン、抱きしめてくださいませんか?」
「はい!」
立ち上がったナインはわたくしを強く抱きしめる。
でも潰してしまわないようにと力加減がされていて、その気遣いが嬉しく幸せだった。
「貴方の腕の中はとても温かくて、安心できますわ」
「今度こそ、俺は貴女を二度と傷つけさせない。ずっと、お傍で守ります」
「わたくしにも、貴方を守らせてくださいまし」
「! ……はい!」
「ああ、とても幸せですわね」
「ええ、とても幸せです」
美奈、この世界には貴女が下さった幸せがたくさん満ちていますわね。
貴女に頂いた全ての物はわたくしの宝物です。
生涯忘れることはありません。
美奈お姉さま、ありがとうございました。
胸の奥でまだ存在を感じる美奈に何度も感謝を捧げた。