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第19話 式典



 翌日は爽やかに晴れ渡り、式典が開かれる広間には国内の重鎮が押しかけている。


 神へ祈ることで巡る魔力の恩恵はこの国だけには留まらず、徐々に他国へ信仰を広げていた。

 今ではあちこちの領地で独自の神像を建てて祈りを捧げる習慣が出来つつある。


 特に荒廃していた土地ではその影響は顕著で、大地が乾き作物が育ちにくかった土地で定期的に雨が降るようになったとか。

 その奇跡を目の当たりにする発端になった一人の聖女。


 ルーディア領次期領主、エリサリール・シア・ルーディアを一目見ようとたくさんの貴族が式典に押し掛けた。


 式典場はいつも以上の賑わいを見せて、席が用意されていない下級貴族などはぎゅうぎゅう詰めになっていた。



「エリサリール・シア・ルーディア様、ご入場」


 ファンファーレと共に大きな扉が開く。

 真っ赤なドレスに身を包んだ見目麗しい女性が背筋を伸ばし歩き出す。

 ショコラブラウンの髪を綺麗に結い上げ、プラチナとダイヤモンドの豪華なアクセサリーが彼女の美しさを際立てている。

 落ち着いた琥珀の瞳は、意志の強さを表すようにキラキラと輝き真っ直ぐ前を見据えていた。


 その隣には王宮騎士を辞したソードマスター、ナイン・ロードが寄り添い、守るようにエスコートをしている。



「なんて美しい」

「本当に女神のようじゃないか」

「あれはソードマスターのナインじゃないか」

「ルーディア領にいるというのは本当だったんだ」


 ひそひそと囁く声が聞こえる。


 エリサの為に整えられた輝かしい道を真っ直ぐ歩く。

 隣にいるナインが何があっても守ってくれる。

 だから、何も恐れることはないし、怖くもない。


 王に近づくにつれ、左右に並ぶ貴族たちの爵位が上がる。

 見知った顔の貴族たちは皆呆けたようにエリサを見つめていた。


 誰も、エリサに気付かない。

 ここに居るのはエリサ・クロイドではなくエリサリール・シア・ルーディア。

 そんな当たり前の事を何度でも実感する。



 エリサの功績だと知りながらアレンを褒めていた子爵。

 アレンの陰口を信じ吹聴していた当時学生だった伯爵の子息。

 自分の方がアレンに相応しいと、会う度に嫌味を言った侯爵令嬢とその父。


 見覚えのある顔に付随する記憶を呼び起こすと、碌でもないものばかりだった。


 思い出すのも無駄だと途中から記憶を掘り起こすのを止める。


 通路はもう終わり、王はもうすぐ目の前だ。


 ここからは三大公爵家に入る。

 ネルツ、フィクロ、そしてクロイド家。



 ……父、義母。知らない異母弟。マリナはここに居ないのはアレンの傍に居るからだ。


 あら、弟が生まれていたのね。お父様に似ていますわ。

 ちらりと視線を向けると全員優雅に歩くエリサに見惚れていた。


 髪と目の色が変わった程度で、娘の顔すら分からない父に対して思う事は何もない。

 あの人たちの中でエリサがいないのと同じように、エリサの中にもこの人たちは必要ない。

 記憶の中からクロイド家の人間が消えて行く。



 そして玉座が迫る。


 その近くに控えているのは王太子であるアレンと、婚約者のマリナ。

 近く結婚式が開催される予定らしい。

 ある意味この式典は禊の意味もあったみたいだ。




 一瞬、アレンと目が合った気がした。

 けれどそれは気の迷いだったかのように溶けて消えて行く。

 真っ直ぐ背筋を伸ばし堂々と立つアレン。


 なんだか、雰囲気が変わった気がする。


 マリナも立派な淑女となっていた。



 あら、こちらのお二人は随分変わりましたのね。

 瞳には知性が宿り、振る舞いは王族に相応しいものとなっていた。

 あのまま王になられるなら本当にルーディア領を独立させてもいいかと思っておりましたが、一旦保留で良さそうですわ。


 浮かんだのはたったそれだけ。

 思慕の感情は一切浮かばない。


 アレンとマリナの前を通り過ぎ、エスコートしていたナインが一歩下がる。

 そしてエリサは前に進み出て跪き頭を下げた。

「エリサリール・シア・ルーディア、参上いたしました」

「面を上げよ」

 王の言葉で顔を上げた。


 宰相がエリサの功績を称える文面を読み上げる。


 病への対処法、新しい薬や石鹼の普及、そして荒廃した土地への恵みをもたらした神へ祈る概念を呼び起こした偉業。


 それらを無償で公開した慈悲深さと功績を称えると締めくくられた。


「功績を称え、ここに栄誉を授与する」

 王が手を上げるとプラチナとダイヤで作られたティアラが運ばれてくる。

 それをエリサは優雅に腰を屈め装着されるのを待つ。


 いや、この姿勢カーテシーと一緒ですっごくしんどいんだけど……!

 エリサの筋肉は相変わらず凄い。震えもしない。

 戦うのとは違う筋肉だわ……。



 やがて髪にしっかりティアラが乗せられ、それを見せるために一度王にカーテシーをして、今度は振り向き会場にしてみせる。



 途端に震えるような拍手と歓声が式典会場へ響き渡った。


 これは国に多大な功績を残した者にだけ与えられる特別な物で、歴史的に見ても授与された人物はそう多くない。

 女性にはティアラ、男性には勲章として贈られる。


 個人に与えられるそれは、国によって認められた英雄だということだ。



 ねぇ、凄いね。

 こんなにたくさんの人がエリサを称えてくれている。

 貴女にはこんな風にたくさんの人や世の中を、良い方向へ変える力があったんだよ。


 エリサを誰よりも誇らしく感じる。



「今日は其方を称えるためのパーティだ。存分に楽しんで行って欲しい」


 そう王が宣言すると楽団が音楽を奏で始め、貴族たちが動き出す。

 我先にとエリサの元へ向かおうとする貴族をナインが止め、列を作らせた。


 身分順なのか、まずアレンとマリナが歩み寄ってきた。


「エリサリール・シア・ルーディア」

「はい」

 アレンがこれほど近くにいるのに何も感じない。

 昔は自信なさげに彷徨うことが多かった空色の瞳には、強い意志を感じさせた。

 マリナも背筋を真っ直ぐ伸ばし、優雅に微笑み完璧な淑女の礼をして見せる。

「我が国にこれほどの貢献をしてくださり、感謝いたします」

「私たちも貴女様に負けぬよう、この国に尽くしたいと存じます」

 二人が感謝を表すように王族特有の敬意を示す挨拶をした。



 もうあの頃とは何もかもが違うのね。


 周りを取り巻く環境も、傍に居てくれる人たちも、エリサ自身も……。


 そう思うととても晴れやかな気持ちになった。




 クロイド家の人とも会話をしたが、相変わらずあの人たちの中にエリサはいなかった。

 父と義母はマリナの自慢に余念がない。


 エリサと会話をするために来たんじゃないんかい!


 心の中でそんなツッコミをして早々に会話を切り上げると、察したナインが父と義母に退席を促した。

 まだ話足りないと名残惜しそうな二人は別の騎士の誘導で引き剥がされて去って行く。

 そんな中エリサに見惚れ見上げるばかりだった今年五歳になる異母弟は、たくさん勉強をしてエリサのようになりたいと言った。

 利発そうな真っ直ぐで輝きに満ちた瞳は希望で溢れていた。

 うん、この子が居ればまだクロイド家は大丈夫ね。



 エリサの心の奥底に蟠っていたものが綺麗に解けて行くのを感じる。



 様々な人と一言二言挨拶を交わしているだけですっかり日も暮れて来た。


 まだまだ会話をしたいと並ぶ貴族はたくさんいたが、もう十分付き合ったしいいだろう。

 疲労を理由に退席を宣言して会場を後にする。


 危惧していた婚約者の斡旋はふんわりとしたものしかなかった。

 おばあ様が一筆書いて渡してあるから大丈夫だと言っていたから、もしかしたら事前に王から先ぶれでもあったのかもしれない。


 途中で合流したカリスと一緒に貴賓館へ帰ってきた。

 護衛の騎士たちに誰が来ても通さないようにとお願いして、部屋へ帰りようやく一息つくことが出来た。



「お疲れ様でした。お嬢さま、お茶をお淹れいたしましょう」

「ええ、ありがとう」

「食事も召し上がれませんでしたし、軽食もお持ちしますね。しばしお待ちください」

「ありがとう、カリス」


 礼をしたカリスが部屋を出て行くと、ナインと二人きりになった。


「……」

「……」

 ナインの視線がエリサから外れない。


「エリサ様、お疲れでしょう? お座りください」

「はい」

 ナインはエリサをソファにエスコートして座らせてくれる。

 けれどナインは傍に控えたまま、うっとりと愛おしそうにエリサを見つめたまま動かない。

 その熱視線があまりに熱量が高く、なんだか気まずくて顔を上げられない。


「エリサ様」

「はい」

 ナインがエリサの足元に跪き、エリサに視線を合わせ微笑んだ。

「ようやく落ち着いて言えます」

 手袋に包まれた指先を取る。

「!?」

「ドレス、とてもお似合いです。お綺麗で、本当に女神のようです」

「ナインが送ってくれたドレスが素敵なのです」

「いいえ、エリサ様自身の美しさには勝てません。今日のエリサ様は一際輝いておいででした。たくさんの民に称賛される貴女を俺は自分の事のように誇らしく見ておりました」


 ナインは蕩けるような笑顔でエリサを見つめる。


「貴女の傍にいることを選んだ俺は間違っていなかった。やはり貴女は素晴らしいお方だ」


 ナインがそっと手袋越しの指先にキスをした。

「エリサ様を好きになってよかった」

「……!」

 蕩けるような笑みを見たその瞬間、手の中に鍵が現れ光に包まれた。






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