「エリサ・クロイド! お前の悪行の数々に俺は愛想が尽きた。今日もそのような飾り気のないドレスで俺の隣に立つつもりだったのか? 馬鹿にするのもいい加減にしろ!」
学園の卒業パーティで突然始まった断罪劇。
エリサの婚約者である神聖大国トラテアの王子であるアレン。金髪に空色の瞳の秀麗な顔を不快そうに歪めて、自分の瞳と同じ空色のドレスを身に纏うエリサを見下ろす。
その王子に腰を抱かれ悲し気な表情の裏側に愉悦を滲ませる、ピンク色の可愛らしいドレスを纏う異母妹であるマリナ。
茶色の髪と目の愛らしい顔立ちの少女はわざとらし気に涙を流し、エリサにされたという数々の嫌がらせを語り出す。
アレンはそれを擁護する様にさらに「エリサの悪行」を並べ立てた。
周りの参加者は指を突き付けられたエリサの周りから引いて行き、円の中心にはアレンとマリナとその取り巻き、そして相対するエリサ・クロイドだけが残された。
エリサは呆然とした様子で王子とマリナを見つめ顔を青褪めさせている。
美しい造形の顔に一際輝くペリドットの瞳は、教育された通り動揺を表に出さず、眉一つ動かしはしない。
けれど美しいプラチナブランドの髪と指先が緊張を示すように小刻みに震えていた。
アレン様、悪行とは何のことですか?
わたくしは、貴方に言われた通り仕事をこなしていただけです。
派手な衣装はお好みではないと申されておりましたから、ずっと簡素なドレスを着ていましたのよ?
お化粧は好きじゃないとおっしゃるから紅も最低限しか引いておりません。
わたくしは、愛する貴方のお言葉だからと忠実に守っておりました。
そうすれば、いつかわたくしを……。
「お姉さま、ごめんなさい。アレン様と私は愛し合っているの」
異母妹のマリナはわたくしの婚約者であるアレン様に腰を抱かれ、嬉しそうに頬を染めて寄り添っている。
アレン様の婚約者はわたくし、エリサ・クロイド……。
「俺はマリナを愛している。お前を愛することはない」
「……!」
血の気が引いて行き呼吸が上手くできない。
わたくしは、愛する貴方の為に……。
ここに来て、わたくしはようやくアレン様に疎まれていた事実を直視する。
ずっと見ないふりをしていた。
従順にアレン様の言う事をよく聞いて、望むようにしていればいつかわたくしを見ていただけると……。
「お前との婚約を破棄する!」
その言葉の意味が徐々にわたくしの心を絶望に突き落とす。
ああ、もう、わたくしは……これ以上頑張ることは出来ません……。
それでも作り上げられたエリサの表情は歪む事すら出来ない。
そんな様子をアレン様は不愉快そうに見ている。
お慕いしておりました、アレン様。
わたくし、貴方の為なら何でも出来ましたのに……。
例えあまりお会いできなくても、冷たい言葉しか投げかけられなくても、それでもわたくしが愛される未来があるのなら頑張れました。
でも……、もう。
本当はその場に崩れ落ちてしまいたい。目を閉じて全てから逃げ出してしまいたい。
誰か、誰かわたくしを……。
お願い、助けて……!
エリサは生まれて初めて助けを求めた。
「……っ!」
その瞬間全ての時が止まり、周りが真っ暗闇に覆われた。
音もしない。誰もいない。何も見えない。
闇の世界には自分一人だけ。
誰もいないのなら、もう耐える必要も我慢する必要もない。
「もう、いや……。わたくしは……」
ぽたりと涙が真っ黒な地面に落ちた。一粒落ちたら止まらなくなって後から後から溢れ出す。
「誰か、助けて……!」
泣きながら心の底から助けを求めた。