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プロローグ

 本格的に訪れた暑さが、優希ゆうきの背中をぐっしょりと濡らす。蝉たちは朝から大忙しで、八時半に出社する予定の優希を、その鳴き声で容赦なく襲いくる。蝉の声があろうがなかろうが暑いのには変わりないのに、体感温度が二度ほど上がる気がするのはなぜだろう。

 これでスーツ指定だったらやってらんねえな。

 社内規定では服装について「オフィスカジュアル」と決められている。入社当時は「オフィスカジュアル」がなんなのかよく分からなかったけれど、八年も働いていたらさすがに心得る。今年入社した新卒の若者たちは、ファストファッションで調達したようなラフなシャツとパンツを難なく着用してきたので驚いた。今の時代、オフィスカジュアルは珍しくもなんともないらしい。今年三十五歳になる優希も、まだまだ新人から学ぶことが多いなと実感していた。


 六本木にオフィスを構える「株式会社RESTART」のビルの真下まで辿り着き、空を仰ぐ。毎日の優希の日課だ。今日も頑張ろう——天に向かってそう誓えば、自分のやっている仕事を認められる気がしていた。

 ホテルのようなロビーを通り過ぎ、人事部のフロアである六階まで上がる。


岩崎いわさき部長、おはようございます!」


 部屋の扉を開けると、自分と四、五歳しか歳の変わらない部下が恭しく頭を下げてきた。優希も笑顔を浮かべて「おはよう」と返事をする。挨拶は我が社でもっとも重んじられている礼節の一つだ。部長である自分が軽んじるわけにはいかない。

 人事部のホワイトボードに、「インターン戦略会議」というタイトルが大きく記されていた。昨日、優希の指示で部下が書いてくれたものだ。今日の最も大切な仕事の一つ。学生たちを募って、宿泊型のインターンを実施するための、戦略会議だった。


「朝礼のあと、早速会議を開始する。みんな、準備しておいてくれ」


「「はい」」


 人事部のメンバーに一声かけると、優希自身、席について今日のスケジュールを確認した。

 さて、今日は忙しい一日になるぞ。

 優希はホワイトボードの文字を見ながら、両肩をぐるんと一回転させた。


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